「ありあとしたーーー!!!」
いつも通り元気よく挨拶をし、新たに注文が入ったラーメンを作り始める、鬼彰
湯気が立ち込める厨房で、彼は慣れた手つきで麺を茹で、スープの温度を調整しながら、次々とラーメンを完成させていく。
昼時の忙しさが過ぎ去り、店内に静けさが戻ってきた頃、中休みの時間が訪れた。店主は勁亮に賄いを作ってくれ、それを食べながら二人は談笑する。
「勁亮が厨房入ってくれるようになってからだいぶ楽になったよ。バイトじゃなくてさ、うちで正式に働かない?」
店主は冗談めかしてそう言いながらも、その目には本気の色が見え隠れしている。厨房のカウンター越しに彼を見つめる店長の顔は、どこか期待を込めたものだった。
「あ、でも顔怖いから絶対厨房な。若い女性客とか、すぐ帰っちゃいそうだからさ」
店主の言葉に、勁亮は苦笑いを浮かべる。自分の外見が人を怖がらせるのは承知しているが、そんなことを面と向かって言われるとやはり少し傷つく。
「ちょ、酷いなオヤジ。オヤジだって大して変わんないすよ」
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った店内に、二人の笑い声が響いた。勁亮は店主が用意してくれた賄いを口に運びながら、心の中で安堵感を覚えていた。
「あ、でも正社員の話はもう少し待ってもらえませんかね?とてもありがたい話ではあるんですけど……」
勁亮は申し訳なさそうに、店主の申し出を丁寧に断る。心の中では店主の気持ちを有難く感じつつも、今はまだ決断できない理由があった。
「わーってるよ!妹さんの大学費用稼ぐために、いくつもバイト掛け持ちしてんだろ?本当に困ったら言えよ?少しくらいなら蓄えあっからよ!!」
店主は少し笑って、そんな風に言ってくれる。勁亮は心の中で感謝の気持ちが湧き上がり、言葉にできない思いが胸に込み上げてきた。
勁亮の父親は警察官で、彼がまだ幼い頃に殉職した。その後、母親が一人で兄妹二人を育て上げた。高校生になった勁亮は、家計を助けるためにバイトを始め、さらに妹が大学に通うための費用を稼ぐため、高校卒業後も複数のバイトを掛け持ちして働いている。
「いやいや、ホントに大丈夫ですよ!俺、体力だけはありますから!」
勁亮は笑顔で店主に答える。まるで自分自身に言い聞かせるように、彼はその言葉を発する。異世界ムアルへオラから帰還し、やっと手に入れたこの日常――それがどれほど貴重なものか、彼自身もよく理解していた。
「その代わり、その時が来たらホントに正社員にしてくださいよ!?」
「おう、約束だ!男に二言はねぇ!!」
店主と勁亮は固く握手を交わす。これまでの人生で、辛いことも多かった勁亮だが、今は目の前にあるこの日常が何よりも大切だった。
そして、店主のような人に支えられながら働けることに、彼は心から感謝していた。
「んっ?なんか外が騒がしいな」
店主がふと外の様子に気づき、耳を傾ける。その瞬間、外から聞こえてくる異様な音に、勁亮の心がざわめく。
「なんかイベントかなんかやるんですか?」
勁亮も気になり、店主に問いかけるが、首をかしげる。
「いやあ、そんなの聞いてねぇな」
その時、遠くから聞こえてきたのは、明らかに異常な音――人々の悲鳴、そして何かが壊れるような破壊音――さらには、勁亮の耳に覚えのある、獣のような雄叫びだった。
「―――!!」
「おいおい、なんの騒ぎだぁ!?」
瞬時に、勁亮の脳裏に嫌な予感が走る。まさか、そんなはずはないと、自分自身に言い聞かせるものの、その答えは既に心の中に浮かんでいた。
そんな中、店主が外の様子を確認しようと、扉を開けようとする。
「ちょっ、オヤジ!!」
勁亮が止める間もなく、扉が開かれたその瞬間、爆発音が耳をつんざき、店内が揺れ動いた。次の瞬間――、店主の体は爆風に吹き飛ばされ、店の奥へと投げ飛ばされた。
「オヤジ!!大丈夫ですか!!?」
勁亮は急いで駆け寄るが、店主の体からは血が流れ出ていた。爆発で飛んできた破片が腹部に深く突き刺さり、彼の命を蝕んでいた。
「……あ……あぁ……」
店主の顔は苦痛に歪んでおり、その目には既に生気が薄れていた。
「……あぁ……こりゃ……ダメだ……。」
勁亮は絶望的な状況に直面しながらも、なんとか店主を救おうと、頭に巻いていたタオルで出血を抑えようとする。しかし、血の勢いは止まるどころか、ますます激しく流れ出している。
「す、すぐ救急車も呼びます!!意識保って!寝ないで下さいよ!!!」
勁亮は必死に店主に声をかけ続ける、涙がこぼれ落ちそうになるのを堪えきれない。
「……すまねえ……約束守れなさそうだ……」
店主の声はかすかに聞こえ、勁亮の心に鋭く突き刺さる。まるで命が少しずつ失われていくかのように、彼の言葉が途切れ途切れに紡がれる。
「な、何……言ってんすか!!まだ……オヤジのラーメン……母親にも妹にも食べさせてないんですから……!!……この人の……おかげで……お前は大学卒業できたんだぞ!て……妹に自慢しなきゃいけないんですから!!」
勁亮は涙で震える声を必死に堪え、店主に語りかける。しかし、その声が届いているかどうかも分からない。店主の目は、次第に光を失い、彼の呼吸は浅くなっていく。
「……な……けい……す……け……。」
「オヤジ!!オヤジ!!」
店主の言葉は、やがて途切れ、静寂が訪れる。勁亮の声はもう店主には届いていなかった。