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第5話 没落令嬢とマーケットの秘密


きっと現実リアルの方で、涙で顔がぐしゃぐしゃにでもなってたんだろうと思う。

流石に仮想現実こっちじゃあ涙は出てこないけれど……。


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警告

大きな精神状態の変調を確認

速やかにバイタルチェックをしてください


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「おっとマズいマズい……」


こんな警告ウィンドウが代わりに出てきた。

いくら感傷に浸りたいといっても、またゲームから叩き出されてログインできなくなってしまったら目も当てられない。


大きく息を吸って吐いて、ゆっくりと立ちあがる。


「……よおし、次だ次!」


そしてウインドウの操作をして、お金を回収して、私は走り出す!

まだまだ、ここでやりたいことがあるからね!



なんで【マーケット】にはこんなに人がいるんだろうか?

その答えはジンが別れ際、釣銭とか言ってよこした情報にあった。


──実はのう、あそこには【クエスト】がぎょうさんあんねん──


これには首をかしげたもんだ。

【クエスト】っていうのは【ギルド】なる斡旋所で契約書めいた形で張り出してあって、そこからやりたいものを選ぶのが普通なんだと、調べた限りでは書いてあった。


けれどこのイフオンでは、【ギルド】に依頼を張り出してもらうためにPC、NPC問わず少なくない手数料が必要なのだという。

リアリティを尊重したためなのか、施設の一極集中を避けるためなのか定かじゃないけれど、これではビンボー人はギルドに依頼を持ち込むことができない。


困ったビンボー人たち……のAIは考えた。


──そうだ、NPCも冒険者PCも集まる場所なら他にあるじゃないか!

──そこで個人的なやり取りをすれば、ギルドに高い金を払わずにすむ!


そうして非合法的な、クエストによる取引が始まったのである。

時間がたつにつれ、そうしたビンボーAIたちはどんどん増えていき……ついにはビンボーなプレイヤーたちに目を付けられ……。


「はい【薬草】! これでいいのかしら?」


「ありがと、ちょうど足りなくって困ってたんだ……はいコレ! お礼に受け取ってよ!」


「まいどあり!」


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クエスト【忘れ物】クリア

報酬 200エンを入手しました


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それが今日における【マーケット】のありようとなったのである。


「どーりで人がごった返すわけよ」


何個かのクエストをこなし、フードをかぶりなおしてからため息ひとつ。

たとえゲームのいち施設だとしても、下地があれば需要ができる。取引も起きる。

それらが叶うのであれば、自然と人は集まってくる。


そして人がすごくたくさん集まれば──治安が悪くなる。


「ヤツは居たか?」


「いいえ、まだ発見できておりません隊長!」


「早くしたまえよ! こんなところ1秒だって居たくないんだから!」


「はあ、本当にこんなところにヤツがいるんですかね……」


ガシャガシャと。

雑踏らしからぬ金属音のほうを見やればそこには、【獣兵隊】と銘打たれた騎士のNPCたちだ。

物々しい雰囲気のまま悪態をつくその姿は、まるで悪人でも探してるかのよう。


「明らかに無法地帯のひとつ手前、これじゃあ貧民街だわ……」


見知らぬ国では、人がたくさんいるところは避けよう。

まだ旅行で外国を飛び回っていたころに、みんなして言ってた言葉だけど、今ならその怖さがよくわかる。


「そんなところのド真ん中で、無理して動き回る意味はある……?」


いや、ない。

絶対にない。

自らの質問で首を横に振る。


「HPに余裕があるうちに、さっさと【マーケット】から抜け出しましょうか」


このまま居続けて、さっきの二の舞にはなりたくない。

というわけで【イヴェイド】発動。

そのままさっきの抜け道を目指して南下──しようとしたところで。


「まって!」


「おわっ!?」


待ったの声とともに、何かに外套のすそを強く引っ張られる。

そうして大きく前につんのめってしまったら、後はもう、びったーん!と転ぶしかない……!


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スキル【イヴェイド】の効果が解除

再び発動できるようになるまであと15秒


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ああもう、なんなのよー!

今日に限ってやたらめったら呼び止められるし、せっかく発動した【イヴェイド】もダメージで解除されちゃったし、踏んだり蹴ったりじゃないのよ!


「わ、わ、えっと……!」


「いきなりなにすんのよ、痛いじゃない!」


振り向いた先には、ボロいフード付きマントを被った小さな子供。

今の私と同じく、フードを目深にかぶっているから全貌は見えないけれど……声からして男の子だろう。

流子ちゃんをはじめ、最近は子供を相手にすることが多いからすぐわかる。


さて、当の少年はというと。

困惑を振り払うようにふるふると顔を左右にふるってから。


「たすけてほしいんだ、【錬金術士】!」


そう、確かに口にした。




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