「こりゃまた年季の入った家やなあ」
サビきった看板をぎしぎしと揺らしつつ出てきた、ジンの言葉がこれである。
「貴族街のアカデミーってところに通えるように建てたんだけど、評判がめっちゃ悪かったんだって」
「なーる、貴族街は街の中心部やから立地サイアクやしのう……引き払うのも面倒だから売って放置か。教材とかそのままなんやったらごっつええ条件やん、これいくらで買ったんや?」
「聞かないで」
「え~、気になるんやけど~」
「聞、く、な☆」
これを購入するにあたり起きた出来事は……思い出しても後悔しかしないのでトップシークレットです。墓までもっていきます。
私は前しか向きませんので。
「そんなことよりさっさと入っちゃいましょ、こんなところでさっきみたいなのに見つかったら、情報どころじゃなくなっちゃうわよ?」
言いながら扉を開けて迎え入れると、「ちぇ」と短く言いながらジンが入っていく。
そのまま上がり込もうとしてきたところで、ふと思い立った私はバッタンと扉を閉めた。
「今度はなんや? なんか見られたくないもんでもあったんか?」
脇をすり抜け、前に立った私にジンが問う。
……わかってないなあ。
ここは確かに私の家なのだけれど、それ以上に作業場であり、工房であり、お店になるところだ。
であれば──招かれた人へいちばん最初に言うべき、決まり文句ってものがある。
「いらっしゃいませ、私の工房へようこそ!」
こうして、この工房初となるお客様がやってきたのである。
*
「ほーん、中はずいぶんキレイやな」
「でしょー! ここまでするの大変だったのよ!」
……どっかでアルがクシャミしてそうだ。
でも掃除じたいはアルがほとんどやったけどさ、出てきたモノの始末や模様替えは私がしたのよ?
もとからあったモノを並べなおしただけだからまだまだ殺風景だけど……やったことないなりによくできたとほめて欲しい!
「そいじゃ、お手並み拝見といこうやないか……わざわざここまで足を運んだんや、何やとっておきの1つでも──ってなんで本探しとるんや?」
「レシピよレシピ、アイテムを新しく作るのにレシピがいるの!」
「レシピって……錬金術のレシピまであるんか? 釜といいコンテナといい至れり尽くせりやん、これ全部放置してどっかいったお貴族さまの気が知れんわ」
ジンの声を聞き流しつつ、棚に収まっているレシピ本を取りだし、ぱらぱらとめくっていく。
「そんで、わざわざ取りだして何作るんや? 【回復薬】とかでもええんやぞ」
「どうせなら今すぐ欲しいモノを作っちゃおうと思ってさ……たーしか【リキッドウェア】のあたりに……あった、【身隠しの外套】!」
レシピを確認できたので、早速作ってしまおう。
本来の【錬金術】は料理のそれと同じだ。
ステータス面に頼るところがあまりない代わりに、入れる手順やタイミングが指定されている。
【リキッドウェア】のときは手順を丸暗記していたから、レシピ無しでやってしまったけど、今回はぶっつけ本番……失敗したらイヤなのでまじめにやる。
作りたいモノの確認が取れたら、必要な素材とかき混ぜ棒をそろえて、調合開始!
……と、その前に。
「ステータス! ジンに開示!」
はた目からじゃ何が起きてるかイマイチわからないからね。
このためにわざわざ彼を工房に招いたのだ。
「何やこのけったいなステータスは……これで【錬金術】なんてやったら──」
わはは、泡食らってる。
心配ご無用……私にはこれがある!
「【スーサイド】、オン!」
後は材料を投入して、コストを支払いかき混ぜる。
このコストが差すところはMP、魔力なんだけど……。私の錬金術に払うコストは、私自身の命だ!
必要なものは【けむり草】、欲しい色を出す素材、そして服。
工房にとってあった【けむり草】なる薬草を入れたところに、火山で採れた灰をドバーッと入れてかき混ぜる。
この溶液に、服を入れることで染め上げるってカンジかしら。
服は
しかしジンの、男の人の前で脱ぐのは気が引けるなあ。
服を脱いだところで出てくるのはまっくろなインナー、そんな律義になるほどでもないのは分かってるんだけどね……。
「──!」
上着を脱ぎ始めたところで見やると、ジンは何を言うでもなく背を向けていた。
「……あらま紳士」
「家できっつく言われとるんや。女の子には優しくしいやって」
……古き良きお家柄なのかな?
まあいいや、そういうことなら甘えてしまおう。
「最後に服を入れて……じっくりかき混ぜるっと!」
見えていないジンにもわかるように、声を出しながら仕上げを済ませる。
……するとだ、釜から光が漏れだすと同時にメッセージが現れた。
~~~~~~~調合成功!~~~~~~~
身隠しの外套 獲得!
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