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第2話 没落令嬢と情報屋


ぺちぺち、ざりざり、ずりずり。

おおよそ往来を通る音ではない3重奏。

幅が狭くて正面なんかマトモに向けやしないから、こうやって壁伝いにカニ歩きしなきゃならない。


「あのさあ、ジン……!」


壁に手が触れるたび、ひやりと冷たさが染みていく。

無造作にころがっているガレキが、動く足を鈍らせる。

ここは【マーケット】の裏手へ続く、建物と建物のはざま。

光行き届く街の、光が当たらないところ。


っていうかさ──!


「コレ、道っていえる!?」


「そら抜け道なんやから、マトモな道なわけないやろ」


【マーケット】にやってきて、訳も分からないままプレイヤーたちに追い掛け回された私は、すぐ前を行くお耽美でうさん臭い【修道士】ジンに助けられた。

そんな彼の手引きに乗るがまま、この暗がりを進んでいる。


「こんな道がな、この街にはようさんあるんや。あんたみたいなんはずっと世話ンなると思うから、ヒマがあったら探すとええ」


ジンははっきり言ってヘンな人だ。

聞けばβテストの期間中、ずーっと街の中で情報集めにいそしんでいたのだとか。

おかげさまで街の構造やNPCたちの挙動なんかはおおよそ把握していると豪語してきた。


「こういうのしてみたかったんや、【ロール】っていうんやったか? 情報をおさえて追い詰めて誰かと取引したり、悪いヤツに向かってビシーッと突き付けたりな」


とは本人の弁だ。

だからこそ、わからないところが多い。


「状況が状況だったから何も聞かないでいたけどさ、情報が欲しいってなによ? 普通アイテムとか求めない?」


「なら逆に聞くけどな? あの場で金銭を要求したとして、そのあとどうした?」


拒否けっとばして、ついでに道連れにした」


「…………」


不自然な間をおいて、ジンは軽く咳払いする。


「まあつまり、金もたいしたアイテムもないやろ? 【マーケット】に出向いてるってことはそういうことや……そんな奴からモノ取ってもイミないやろ」


享楽主義めいた思想のわりには、真っ当な答えが返って来た。

あんがい、自分が思うモノに真摯に付き合うタイプなのかもね。

……そのうえで私みたいな奴を相手に選ぶ気がしれないんだけど。


「っていってもね……この際だからいうけど、私は有名プレイヤーでもない初心者よ? あんたが満足できるような情報なんて、なんにも持ち合わせてなんかないわよ?」


言うが早いか。

ジンは動きを止め、こっちに顔を向けてくる。


「リーズ……お前自分が見えていないとかよう言われへんか?」


「なっ、なんでそうなるのよ!」


失礼な!

確かに危なっかしいとか心配だとか、年齢問わず1回は言われてきたけど!

それでも自分のできる範囲の見極めとかはちゃんとしてきたつもりだ!

今日会ったばかりのヤツにまで言われるほど……ってため息つくなコノヤロー!


「あんなあ、お前ほどの特異点そうはおらんぞ」


「特異点? 私が?」


「せや──【スーサイド】とかいうようわからんスキル担いで、上位層のファラさえ手を焼かせ、ついでに火山の未開拓部分を解明……おかわりとばかりに誰の息もかかっていないフリーの【錬金術士】ときた」


私が言われたことを反すうしてる間に、ジンはぬらりと迫ってくる。

……いや近い近い近い。

めちゃめちゃ整った顔が眼前まで来ると、なんだか奇妙な圧がある。

正直ニガテだ……パパの会社がつぶれた時のことを思い出すから。


「わかるか? 今のお前は情報的価値のカタマリなんや! これをほっとく手はないやろ!!」


「わかった、わかったわよ! わかったから……とにかく今はここを出ましょうよ!」


「っといかんいかん、せやったな……こんな暗がりでいつまでもハナシしとる場合やなかったな」


ヒートアップするジンを制し、もうほとんど眼前の出口へとうながしてやる。


しっかし昨日のあの配信、裏じゃトンでもないことになってたのね……流石は売れっ子配信者、その影響力はダテじゃあない。

って、ちょっとまてよ?

なら……さっき追いかけてきた人たちも、このジンみたく何かアプローチをしに来た人なんじゃないの!?


中にはいたんじゃない!?

私に依頼をして、お金を払ってくれる人が!


ここから戻るか?

いや今更ジンと離れられないし、あの中にファラの信者が混ざってるのは紛れもない事実だ、もう戻れない……!


「やっちゃったあぁぁぁぁあああ……」


これが、これがハナシに聞く機会損失……!

うう、私のカネヅルが……!


「やっっっと自分の立場ってモンが分かったか」


「身に沁みました……」


ええ、沁みましたとも。

自分のことが見えてないと、正確に物事を見極めることができないんだと。

その行動で周りに出る影響とかを推し量れず……結果として損をするのだと。


「この教訓は骨の髄まで刻みつけますとも……」


「いや、そこまで深々と刻みこまんでもええやろ」


いやいや、そこまでやる価値あるでしょ。

これがわかるわからないは大違いだわ、今後よそ様と取引をやろうって時に絶対ついて回る。

今この場で教えてくれたことにお礼さえしたいくらいよ。

お礼……そうだ!


「ん~~! ようやっとおてんとサンのところに抜けれた気ィするわ! ここ隠れるのにはええけど狭いし時間かかるなあ、覚えとこ!」


「ねえ、ジン!」


後から路地を出た私は、そのままジンに声をかける。


「なんや?」


「ジンは私の持ってるスキルとか、【錬金術】のことを知りたいのよね? ……だったらさ、私の工房まで一緒に行かない?」


「へえ、そりゃ願ってもないけど……ええんか?」


「いーよいーよ、なんだかめっちゃ大切なコト教わっちゃったし! それに──」


それにだ。

私のやり方は少しばかり特殊なので……。


「──私の【錬金術】は、見た方がはやいとおもう」



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