気の済んだ流子ちゃんを家に帰した次の日。
さっそく【イフオン】を起動した私は、出品したアイテムたちの売れ行きを見るべく【マーケット】へ足を運んでいた。
「しっかし、ここっていっつもこんな調子なのかしら……おっと!?」
「うおっと、お嬢ちゃん! 前は見ねえと危ないゼ!」
「あはは、ごめんなさーい」
昨日と変わらず人がごった返してる。
【掘り出し物を狙う男】だの【ビンボーな男】だの、表示されるネームからしてほとんどがNPCだけれど、プレイヤーもちょこちょこ混ざってる。
「こんな朝っぱらからよくもまあ熱心な……って、私が言えたことじゃないけどさ」
年がら年中こうなんだとしたら困ったものだ。
フツーに進みにくいし、もしもメンドーなのに絡まれようものなら……。
「見つけましたぞ!」
いやな予感をしていたところに飛び込む、聞きなじみのない声。
……いやいや、まだ私のことを呼んでいるとは限らない。
これだけ人が行き交うのだし、もしかしたらNPC同士の掛け合いってセンも──
「【蛮雷】! そこの赤毛のお嬢さん、【蛮雷】のリーズで間違いありませんな!」
はい私に御用ですねー、そんな気してましたよー……。
ちらりと目を向けてみれば、少し遠くの方からのっぽなお兄さんが近づいてくるのが見えた。
シドって名前も、アバターの見た目もまったく見覚えのないアカの他人だけど……そういう恥ずかしい名前の呼び方をする連中だけは、よく知っている。
──というわけで。
いちについてー。
「シラを切ろうとしてもダメですぞ! このゲームはプレイヤーの視界に入ったキャラクターの名前を自動的に表示しますからな!」
よーい。
「それに小生、魔道令嬢ファラ様のファンでしてな、件の配信もばっちりメモリーしておりますので、人違いは万にひとつもありませんぞ──ってそれはなんのポーズですかな?」
「──だろうと思った!」
どーん!
お兄さんが足を止めたのに合わせて、私は一気に人ごみの中へ飛び込んだ!
「なっ──お待ちくだされ!」
「待つわけないでしょ! あんたたち信者の過激さはよく知ってるのよ!」
どうせファラの攻略配信をめちゃめちゃにしたから、お礼参りに来たんでしょう!
攻略のジャマをさせないからって、登山道の入り口で人払いをするような連中だもの、そのくらいのことはする!
「く、くう……確かに厄介なファンがいるのは否めませんな! けどそれは──ぎゃっ!?」
けど時も場所も悪かったわね!
これだけの人ごみ、いくら【素早さ】があったとしても通り抜けるのはひと苦労でしょ!
私の借りたスペースも通り過ぎちゃったけど……このままいってしまおう!
いったん広場のほうへ抜けてから1周ぐるりと回って【マーケット】へ戻る。
そこからNPCに紛れてさかのぼり、お金を回収して工房に帰ればいい。
ちょっとジャマが入ったけど……うん、まだリカバリーは効く!
「おい、あれ……リーズじゃねえか!?」
「よっしゃ、来ると思って待ってたかいがあったぜ!」
ま、まだ……
「おおちょうどよかった、探してたんだ!」
リカバリーは……
「おおーーーい! まってくれえ!」
「なんでえ!!?」
ウソでしょ!?
いっきに突き放そう、ってところであとからあとから人が飛び込んでくる!
さっきのシドって人、お仲間どんだけ連れ込んできたのよ!?
「うわーーん! 私が何をしたーー!!」
配信者ファラの知名度……あり!
あの配信の宣伝効果……あり!
恨まれるのに思い当たるフシ……ありまくり!
くそう、誰かのせいにしたいけど自分の顔しか出てこない!
とにかくこれじゃ、広場に飛び込んで紛れ込むなんてできない。
どこか……どこかにやり過ごせるところとかないの!?
「──よお」
「ぎょわぁ!?」
ぎょわぁ!?
突然真横から声をかけられて、脊髄から直接声が出ちゃった!
うわうわうわもう追いつかれた!
「あーもーなんだってのよ!!」
ぱしん。
振り払おうとした手は悲しいかな、小気味よく音を立てて受け止められてしまう。
そりゃそうだ、このアバターは力とかまるでないもやしっ子だもの……!
「ははは、配信で見た通りの狂犬やなあ」
「だれが──」
だれが狂犬よ、って言おうとしたところで目を合わせて──そこでひるんでしまった。
……たぶんこんなときじゃなかったら、ずっとまじまじ見てたとおもう。
アッシュグレイのウルフカット、顔は整ってて、法衣を着こなして、まつげはぱしぱし。
声を聞いてようやく男ってわかるくらいの、妖しい雰囲気がある【修道士】だ。
「だれが狂犬よ失礼な!」
それはそれとして、言わせてもらったけどね。
いちど詰まらせた手前、言い直しても威力減衰だ。
対するお兄さんは何を言うでもなく前へ進み出て、私の手を引き始めた。
そう、前に……私が向かっていた方に。
この人の仲間(推定)は後ろにいるというのに、だ。
「えっ、ちょ……何!?」
「抜け道あるで、くるか?」
戸惑う私へ畳みかけるように、お兄さんはにこやかな顔のまま提案してくる。
正直いってアヤシイ。顔はもちろんシチュエーションも。
このタイミングで抜け道を提案するなんてあまりにも都合が良すぎるもの。
絶対なんかある。なんかあるからこそ私と邪魔にならない場所で……1対1でハナシがしたいんだ。
そのあたりを中心に山ほど聞きたいけれど、いま聞ける質問は1つで限界。
その1つで私が身を任せられると納得できるものは……。
「1つだけ聞かせて……何がほしいの?」
「!」
想定外だったのか。
お兄さんの笑顔が、少し揺らいで──そして口を開いた。
「情報や」