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プロローグ

「流子ちゃん……?」


ゲームからログアウトして、パックのごはんをあたためて。

ドンピシャのタイミングでやってきた流子ちゃんの顔は、しょんぼり……みたいな声が聞こえてきそうなわかりやすさだった。


「何かあったの?」


「……えっと」


改めて聞きなおすと流子ちゃんはどぎまぎしはじめた。

何かあったな?


流子ちゃんには、イヤなことがあった時はこっちで好きなようにおはなししてもいいよと言ってある。

こうやってやってきたってことは、間違いなくイヤなことはあったんだろう。

けれど……流子ちゃんはすっごくマジメな子だ。

そんなイヤなことをそのまま他人に伝えてしまうのはなんだかはばかられる……そんなモンモンとした思いのまま、ここまで来ちゃったんだろう。


「おっけーわかった、ごはん食べながらになっちゃうけど……それでもいいならゆっくりしてってよ」


「あ……もしかしてお邪魔でしたか?」


「いいよいいよ、チョー大歓迎! ひとりで寂しかったとこだから!」


それが果たして何のコトなのかは、ちょっとわかんないけど。

おずおずと聞いてくる流子ちゃんを家へ招き入れる。


「…………」


なんせこんなにしょげてる流子ちゃんもなかなか見ない。

マジメなお話じゃなかったら写真か何かに残しておきたいくらいだ。


もしかしてイジメられてる、とか?

いやいや流子ちゃんに限ってそれは……。

そんなことを思っていると、リビングに差し掛かったあたりでふっと流子ちゃんの足音が消えた気がした。


振り向けば案の定。

流子ちゃんは足を止めて、完全によそへ──私がゲームをするために買ったVRヘッドギアの方をぼーっと見ていた。


「流子ちゃん?」


「あ──すみません、ええっと」


呼んでみれば、なんとも歯切れの悪い返事だ。


「VRゲームのヘッドギア、気になるの?」


このままだとごまかされて話が終わってしまいそうだったので、もう少しだけ踏み込んでみると、流子ちゃんは観念したようで「ちょっとだけ……」と小さくつぶやいた。


「さいきん稽古が終わったあと、道場を閉める寸前までみんなおしゃべりしてるんです……たぶん、ゲームについて」


はえー。

つくづくVRゲームって大はやりしてるわね。


そういえばニュースでも見たっけ。

VRゲームがおおはやりな昨今、武道をはじめとする習い事は嘘のような盛り上がりを見せてるとかなんとか。

 リアルで培った経験がゲームの世界でどこまで活かせるかわからないこともあって、どこぞの学会でもテーマとして研究されてるほどなんだとか。


「この被り物で、ゲームができるんですよね?」


 流子ちゃんの道場にもその波が来てる。

ってことは、真面目に稽古に打ち込む流子ちゃんみたいなののほうが、むしろ少数派になってるわけで──。


「私やったことないから、よくわからなくって──ゲームあそびって楽しい、んでしょうか? 皆といつまでもお話したくなるくらい夢中になれるモノなんですか?」


心細さでモヤモヤしてきちゃうのも、仕方ない。

しっかり者の流子ちゃんも、まだまだまわりが気になるお年頃。

 私の小さい頃といえばあれ買ってこれ買って、ってわがまま放題だったもの……っていっちゃうとなんか年寄り臭いけど──。


「そうねえ……私もゲームって初めてだから、まだまだわかんないコトだらけだけど──うん、すっごく楽しかった」


とにかく。

いかにマジメな流子ちゃんとて、ちょっとはわがままになってもいいと思う。

その一歩を踏み出すのに誰かの言葉が必要なのなら、私がそれをやってあげよう。


「……私のやってるこの【イフオン】ってやつはね、とにかくなんでもあるの」


「何でも、ですか?」


ゲームのパッケージを手渡して、念を押すようにうなずいてから続ける。


ここ何日か、インフィニティ・フォークロア・オンラインってゲームに入り浸った限りで言えるのは、「およそなんでもあるんだろうな」ってコト。

剣もあった。魔法もあった。

ビビりだけど優しい人も、世話焼き志望なお兄さんも、ちょっとムカつく奴もいた。

そんな人たちのいるでっかい街の外にはモンスターがいて、ヘンテコだったり本当に怖かったり……。

あ、そうそう──忘れちゃいけないのが1つ。


「さっきなんかでっかいドラゴンが出てきて、ブッ飛ばしちゃったのよ!」


「ドラゴンを倒しちゃったんですか!?」


「そう! すっごいよね、たった昨日今日でこんなにたくさん!」


しっかし不思議よね、次から次へと鮮明なエピソードが出てくる。

ゲームなんて、どうしてもお金が欲しくって始めたに過ぎないのに……そんな私でさえこうやって、コーフン気味に語ってしまうのだから。

だから、きっと──。


「──だから流子ちゃんも夢中になっちゃうとおもう! なんてったって、この世界じゃ及びもつかないようなことが起こせちゃうんだから!」


「……!」


私の熱弁を聞き終えた流子ちゃんは、手にある【イフオン】のパッケージをまじまじと見つめていた。


……ひらけた草原にキャラクターたちが円系に並んでいるってだけの、すごいシンプルなヤツなんだけどさ。


一番最初のステータス振りで大いに困らせたアインさんや、チュートリアルで街まで運んでくれたマルジンさんはもちろん、どう見ても敵キャラな雰囲気をかもす黄金のガイコツとか、いかにもイジワルそうなおじいさんなんてのもいて「何でもあり」の雰囲気をここでも感じさせてくれる。


そんな集合写真のような絵を見つめている流子ちゃんの目つきは、さっきまでとは違って……ほんのちょっとだけ輝いてるように見えた。


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