「シュウウウ……!」
その声だけで心の底から悔しそうなのがわかる。
たなびいていた毛はすべて上を向いて伸びている。怒髪天を突くとはよく言ったものだ。
「シャアアアアア!」
「ひっ――」
イグニールは空に浮かび上がり、その相貌をいまだ私に向け続けている。
他の一切を気に留めず、ただ一点、私を見ている。
――私を殺すために。
「……これだから激情家は嫌ですわ! その場その場で思想も行動も決めてしまう! 邪魔するものは気の赴くままに排除すればいいと思ってる! アナタもそこの蛮族も、獣畜生ですかまったく!」
思わず声を上げてしまった私にため息をついてから、ファラはその間に立つ。
「って、誰が蛮族で獣畜生よ……」
「がむしゃらに走って、そばにあるものすべてに噛みついて! 通じないと直感したら端まで逃げておびえだす! 獣そのものではありませんか!」
「……!」
まったくもってその通りだった。
本来受ける量の3倍とはいえ、震えあがってしまっている。
散々聞いていた威嚇の声ですらびくりとしてしまう。
恥ずかしい話、私はイグニールに恐れをなしているんだ。
「ですが、おかげさまで助かりましたわ! これ以上私の舞台を邪魔されずに済みそうですもの!」
『火炎弾が来るぞ!』
「シャアアア!!」
「【ヴァッサーブルーム】!」
私たちをまとめて吹き飛ばそうと火炎弾を吐いてきたイグニールを見て、ファラは高く手を挙げた。レース中でも何度か見せた魔法だ。
手の先に集まって生まれた巨大な激流の剣。
「受けなさい!」
ファラはそれを振り下ろし、火炎弾ごとイグニールを地面にたたき伏せた!
「シュウゥゥゥアッ!!」
顎をフィールドに打ち付けられてもイグニールはひるまない。
今度は大きく口を開けて火炎放射の構えをとる!
「遅い! 【スプレッド】!」
けれどファラがとった構えの方が早い。
大口を開けた場所の真下から水流を呼び出し、イグニールの頭部をまた宙へと打ち上げてしまった。
「【デュアル】オン! 生命を破断し、荒れ狂え水気よ! 【アクアスライサー】【アクアレイザー】!」
そしてその水流の中からノコと水弾を呼び出し、容赦なくイグニールを痛めつけていく!
え? てゆーか今、魔法を同時に撃たなかった!?
「そんなスキルあるの!?」
『アリだ、【デュアル】は魔法を2つ同時に唱えれる! その分MP消費が倍になるんだが……まさかお前も極振りなんてこと……』
「そこ! 他ユーザーの詮索はマナー違反ですわよ!」
また走り出したアルの声にファラはびしっと言い放つ。
「シュルアアアア!!!」
その合間に宙でいいようにされていたイグニールは咆哮を上げて、体制を立て直した。
そして、真下の私たちを狙い、一気に突っ込んできた!
急いでここを離れないと、巨体に押しつぶされる!
「いい加減動けますわよね? ないのなら別に、潰れてくれてよろしいのですが」
なのにファラは涼しい顔で私に聞いてくるんだ。
「そこでみじめに震えていたいのであればそのように。 今後は邪魔にならぬよう、身の程をわきまえて――」
ここまで来て、答えることなんて一つしかない。
正直まだすごい怖いけど。これ以上私の魔法が通じるとは思えないけど。
それでも走りたい。
私には支えがない。壊れても直すものがない。助けになるものももうない。
だから前に前に走り続けて、周りを巻き込んで、邪魔なものをぶち壊しにする。
逆上してる目の前のアイツと大差ない。
だけど、私にはまだ一つだけ残ってる。
『ゲームで何もかも取り返す』。
それは何もかも独り占めにするぐらいじゃないと、きっと叶わない夢。
だのにこんなところで、勝てないからってすごすご引き下がるんじゃ……
そんなんじゃ、本当に獣と変わらないじゃないか――!
「……イヤ、私は負けたくない!」
「上出来!」
言うが早いか、ファラは私を包む【アクアプロテクト】の中に飛び込む!
「何を……!」
「あら、さっき見せましたわよ【蛮雷】のリーズ!」
まてまてまてまて情報が多い!
なんで飛び込んだ? これであんなにでっかいイグニールの体当たりをを防げると思えないんですけど!
あと狭くて近い! 髪も胸も邪魔! なんで無駄にスタイルいいのあんた!? 私にちょっとよこせ!
【蛮雷】って何!? その枕言葉はずかしいんだけど!
それにさっきって……あ。
「まっ」
「はい【スプレッド】でどーーーーん!!」
有無を言わさず人間大砲発射!
イグニールの脇を通り抜け、そのまま宙に投げ出された!
「おーっほっほ! 動画配信のボス戦はハデに魅せてなんぼですわよーー!」
「うーーーーーーわーーーーーーーー!」
こいつバカだーーーー!
私もさんざんいろいろ言われたけど、こいつの方がおかしいって絶対!
「今の気分はどうですか、【蛮雷】リーズ!」
「怖いし恥ずかしいしやってる場合じゃないし最悪じゃボケーー!!」
「なっ……命の恩人になんてこと言いますの!」
「こんなことすんのサーカス芸人とかそんなんでしょ! バカじゃないの!?」
『おいおい、喧嘩するなよ! そっからどうすんだ、お前たちまた地面に墜落する気か!? それに、イグニールが後ろから来てるぞ!』
「シャアアアア!」
アルの声で後ろを見やればいまだ懲りてないイグニールが私たちを追って大きく口をあけながら迫っていた――けど!!
「うるせーーーー!! ブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツブリッツーーー!!!」
もう恐れるかこんなヘビ野郎!!
こっちに向かってくる気力がなくなるまで雷ぶっぱなしてやるー!!
「おーっほっほ! まさしく【蛮雷】、野蛮な万雷という言いえて妙な自分のネーミングセンスが恐ろしいですわ! それと衝突に関してはご心配なく! 【アクアプロテクト】!」
ファラはそういうと、落下予定の地面にまた別の結界を作り、私たちはそこへ飛び込んだ!
そして、
「しゃ、ああ……」
怒り任せに突進してきたイグニールはとうとう力尽きたのか。
マグマの中へと、あおむけに倒れていった――!