祠を押しつぶしたイグニールは威嚇したまま動かない。
私とファラのどっちを倒そうと考えてるのか、はたまた物語にあるような気高さを持ち合わせてるのかはわからないけど、このスキは貴重だ。
「【スーサイド】オン!」
出し惜しみナシ!
悠長に様子見してる間に終わらせてやる!
「ブリッツ! ブリッツブリッツブリッツブリッツ!」
杖の先から放たれるエネルギーの塊はまっすぐに鼻面へ飛んでいく……けど、弾が飛んできた瞬間、目を大きく見開いたイグニールは頭を地面すれすれにまで近づけて回避した!
「なっ――!?」
「シャアアアアア!」
その体制のままイグニールは咆哮!
【強欲】のターゲッティングがあるから当然っちゃ当然だけど、私を狙う敵として認定したのは間違いない!
『お前何やってんだ! 逃げ回れって言っただろ!』
「アル! あんた今どっち側!?」
『左だよ!』
言われた通りに目向ければ電気スタンドくらいのサイズをしたアルが、こっちに向かって大きく両手を振っていた。
「確認した! そこで待機して!」
倒れているファラの横を走って通り過ぎながら、回線を通じてアルへ指示を出す!
まだそんなところにいるのか! 文句言っても仕方ないけど!
「シャアアア!!」
とはいえイグニールは逃げようとする私を許さない。
大きく頬を膨らませたかと思えば、口から火炎弾を発射。走って通り過ぎたところに着弾して爆発した!
「え」
爆炎の後には小さなクレーター。モチロン、さっきの爆発がつけた跡なのは間違いない――ってえええ!?
ちょっと待ってそれは逃げ遅れたら一巻のオワリじゃん、私とのレベル差10もないでしょ!?
「威力おかしくない!?」
『あくまでお前個人じゃなくて俺たちとファラの3人でやってるからな、その分ステータスも上がってるんだ』
「はあ!? 3人いるから3倍ってこと!?」
『いや、そこまで極端じゃないだろうけど』
そして無論、外れたのは向こうもわかってる。
そのまま私を追いこむべく、火炎弾を連続で吐き出してきた!
「うぎゃああああ!」
ヒーロー番組かってくらい地面が爆発する!
爆風に追いつかれれば炎にまかれて死亡確定! 飛んでくる石につまずけば待つのは火炎弾の雨あられ!
せめて爆風に乗って吹っ飛べれば離れられるのに――
「……そうだ、今の私は跳べるんだ――ステータスをアルに開示!」
『お前何やって――』
ついさっきとったスキルをアルに送信!
『はぁ、まーた体張った芸を覚えやがって……』
「うるさい! 平原で練習したアレやるわよ! タイミングは――」
アルの小言にぴしゃりと言い放った後、飛び込みの体制をとった!
そして、目の前の岩、イグニールが吹き飛ばした祠の石柱に狙いを定めて――スキルを叫ぶ!
「――私がこれにぶつかったら! 【クラックフォール】!!」
瞬間!
白いオーラをまとった私の体は地面と平行のまま飛んでいき、石柱に突っ込んでこれを粉砕した!
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【クラックフォール】
目の前のものに飛び込んで攻撃する。
残りスタミナが高いほど射程距離と威力が高くなる。
ただし、与えたダメージの20%分HPを消費する。
条件:高さ20メートル以上から落下ダメージを受ける
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「いったーーい!」
けど助かった!
これがクラックフォール!
スタミナの分だけ飛距離が伸びて、ぶつかれば止まるから適当なものを指定して使えば普通に走るよりずっと早く動けるって寸法よ! うーん、私ったら天才ね!
しかもスキル自体の威力が高くなるから、そのまま攻撃として使ってもこの通り破格の威力! 粉々にして煙幕まで張れちゃう!
「シャ!?」
目の前で逃げまどっていた敵が高速移動した挙句、近くのものを壊して煙幕まで張ったから、敵さんも大慌てで右往左往! そこに――
『【ブレイドインパルス】!』
射程圏に入ったアルの魔法剣が襲い掛かる!
けれど、【臆病者】のデメリットで、大きい敵にそこまでダメージを入れられないもの! だから本命は……!
「シャアアア!!」
『ちっ、やっぱりだめか!』
私を見失ってターゲットがあっちに向いた、ここだ!
放たれたエナジーキャノンを顎に受け、そのまま輝きにも似た大爆発!
『生き物が生きている』っていうリアルさを再現するため、モンスターは攻撃に被弾すると、一瞬だけ注意が攻撃を当てたプレイヤーに切り替わるのだという。
「ブリッツブリッツブリッツブリッツーー!!」
だから意味を持つ!
ターゲットを集める私が敵をおびき寄せ、アルが小突いてターゲットを切り替えさせる!
そのすきに私が魔法で敵に大ダメージを与える連携!
だけどまだまだ威力が足りないのか、イグニールは倒れる気配を見せない。
さすがにボス、そんじょそこらのモンスターとは格が違う。
「ブリッツブリッツブリッツブリッツ!!」
だったらここで全部絞り出してやる!
あんたにはもう何もさせてやんない! ぜーんぶくらえーー!!
『まて! 離れろ!!』
けどアルは何かを感じ取ったのか、チャットしてなくても聞こえるような叫びをあげた。
「なん―――」
「シャ……ア“アアアアアアアア!!!」
なんでこっちが圧しているのに何で離れる必要があるの?
その答えはすぐに出た。
威嚇や火炎弾を吐くときに出してたアレなんかとは比較にならない叫び声。
それは地面を……いや空間そのものを揺らし、顔を隠す爆炎も、襲い掛かろうとしていた電撃も全部吹き飛ばしてしまった。
私たちはこの火龍を怒らせた。
はっきりとわかる威圧感を目の前から感じてしまった。
祠の上空を旋回していた時のようにイグニールの体が浮かび上がる。
ヒビのはいったダイヤのようなその両目はしっかりと私を捕らえて離れようとしない。
足が動かない。
いや震えてる? 叫び一発で?
わからない。わけわかんない!
このままじゃ私はこれから何かをされて死ぬ! なのに全く動けない!
炎で!? 火炎弾で!? 牙で!? あるいは爪!?
嫌な想像が頭を埋めていく!
『おい! おい!! 早く逃げろ……来るぞ!』
ダメ。少しも動ける気がしない!
少しも動かない獲物にイグニールはがぱりと口を開く。
『こっち向けよ! イグニール! こっちにも敵はいるんだぞ!!』
アルが必死に斬撃を撃ち込むけど、ナシのつぶて。
イグニールは意にも介さずに、こっちへ火炎放射を吐き出した!
「――水気をここに【アクアプロテクト】!」
炎がこっちに届くかと思った時だった。
私のまわりをすっぽりと水が包み込み、荒れ狂う炎を阻んだ。
この水って……
「【怒りの発露】……攻撃をすべて吹き飛ばし、全員に向けて【恐怖】の精神異常を与えるスキル……なまじターゲットを集めていたので1人に対し3人分すべてが働いた、といったところですわね?」
かつかつと音を鳴らしながら、その女の子はゆったり歩いてくる。
なっがい黒髪を無駄に揺らしながら。
いやなんか演出のつもりなんだろうけどホント無駄! うまくいってなくてたまに首揺れてるし!
「おーほっほっほ! 一時の激情に身を任せるからそうなるのですわ! 身に染みましたか?」
水を呼び出した張本人、ファラはそうやって鼻につく高笑いをしながら歩いてきた。