イグニール大洞穴。
ベータ時代、あまたの挑戦者を返り討ちにし続けたこのほら穴は、頂上の入り口から火山の中心へ下っていく天然の迷路だという。
モンスターたちのレベルは平原にいる連中なんかよりずっと強いし、並のプレイヤーじゃあ入口にたどり着くこともできず、着いたとしても中の焦熱地獄でHPを削られ尽くすという、まさしく圧倒的な要塞だった。
ゆえに鬼畜ダンジョンであるとウワサが立ち、瞬く間に伝説となったのだ──。
けれど、今日をもってその伝説は幕を閉じることになる。
「ルールは簡単! このダンジョンの最深部にどちらが先に着くかを競う! それだけですわ!」
このファラか私たちか、どちらかの手によって。
「……結局ファラと争うことになっちまったな」
「いいわよ、私は望むところ。 あの女の鼻を折ってやるのが目的だし」
ファラが企画を視聴者に説明するあいだ、私たちは洞穴の入り口で話し合う。
「でも私より先にアルがケンカ吹っ掛けるとか思わなかったわ」
「そりゃ乱闘になったら勝てないからな」
「うぐ」
あのまま言い争いになっていたら間違いなく私が手をあげて、そのままルール無用の乱闘騒ぎになってた。
何でもありの状態じゃファラに勝てる可能性は限りなく低い。
私たちはそのままファラに蹴散らされておしまいだっただろう。
「でも私のことそこまで信用してくれるんだね、ちょっとうれしいカモ」
「いやなんというか……気づいたらいろいろ言っちまってた」
……おいおい染まるの早すぎか?
まだ出会ってから2日しかたってないのに。
「ねえアル、もしかしてその友達……マリーさんだっけ、からなんか言われてない?」
「んー? 特にはなにも……なんかよくむくれてたりするくらいか?」
ぬけぬけと返してきたアルに私は頭を抱えた。
そういうのですよそういうの。この天然ヤロウめ。
「……なんだその目は」
「別に~! 苦労してそうだなーっておもっただけー!」
「アルフォンス! 蛮族娘!」
私の言葉の意味が分からないらしいアルが小首をかしげていると、ファラが振り向きざまに、私たちを呼ぶ……って!
「蛮族娘ってやめろ!」
「互いを監視するため、あなた方も動画配信をなさい、ありえないとは思いますがチート行為などは言語道断ですからね」
「はいしん?」
いきなりの言葉に私はぽかんとしてしまった。
そういえば配信動画ってどうやって作ってるんだろう?
ゲームの世界とはいえ、録画するんだからカメラとかいるんじゃないの?
「……なんで固まってますの?」
「あー、こいつ初心者だから……リーズ!」
「……おほほ、仲のよろしいことで──これより彼らと配信をしながら、最深部まで競争いたします! 皆様の中にもし、彼女たちの勇姿をご覧になりたい方がいらっしゃればURLからご覧くださいませ──」
そういうとファラはスカートのすそをつまみながら、お行儀よく一礼した。
そしてアルと私の真横に立つ。
「負けた方はおとなしく引き下がる、約束ですわよ」
「そっちこそ! 負けても文句言わないでよね!」
こうなってしまった以上、もう引き下がれない!
ファラに勝って、私はもっと先へ進むんだ!
『わこつ』
『わこわこ』
『せめて無様に負けるなよー』
「よし、つながった」
観客のコメントも流れてきてなんだかテンション上がってきた!
でも基本無視! なんたってレースに集中できないもんね!
「行きますわよ、よーーーい……」
アルが、ファラが、私が。
洞穴と外の境目で走る構えをとる。
向かう先は闇の中。
何が待ってるかなんて知らないけど、私は前に前に進んで──勝つ!
「スタート!【スプレッド】!」
始まった瞬間、ファラの魔法でまた足元が崩れだした……!
ってバカの一つ覚えか! さっきと全く同じ攻撃しやがって!
「走れ!」
アルの叫びにはもう合わせてたけど、私は素早さになんか振ってないからギリギリ間に合わない!
「リーズ!」
水の吹き上がる寸前、私より先にいるアルがこっちに手を伸ばす!
ええいこなくそー!
「よしっ!」
手と手が触れる! 間違いなくアルの手!
それをつかめば、筋力のあるアルが後は引っ張ってくれる!
「さすがに二度も引っかかりませんか!」
すぐさまファラは私たちを追い始める!
アルの【臆病者】のおかげか、並走までには至らないけど斜めすぐ後ろにぴったりだ!
「ちょっと卑怯じゃない!?」
「いいから走れ、次が来るぞ!」
「おーっほっほ! 私は妨害を禁止にした覚えはありませんわよ!」
こいつ!
なおもファラは手持ちの本を開いて、追撃の魔法!
「水よ、流麗な歌を奏でろ!【ヴァッサーブルーム】!」
空いた手に水をまとわせ、形になっていくのは大きく反りあがった激流の剣!
横に払われたら絶対当たるじゃないあんなの!
「リーズ、さっきの氷爆弾まだ残ってるか!?」
「え、ええ?」
急にアルから話題を振られて声が上ずってしまった。
【スニーク】? なんで? 在庫はあるけど今それをファラにぶつけても……!
あ、そっか!
「何をごちゃごちゃと! 一気に薙ぎ払ってくれますわ!」
「いっけえ!」
剣を振りかぶったところに、私は【スニーク】を投げつけた!
狙うは強く踏み込むであろう、足──!
「あらーっ!?」
すると凍り付いた地面でファラはスリップ!
見事に足を空回りさせて、すっころんだ!
「【スーサイド】オン!」
まだまだ!
そのすきに差し込むように、私はスーサイドを発動!
「ブリッツブリッツブリッツブリッツーー!」
完全に離れるまでに何発か電撃を浴びせてやった!
『ファラ様――――!』
『何が起きた!?』
『雷魔法ってこんなクールタイム早いのか!?』
コメントは阿鼻叫喚!
まあ完全アウェーだし仕方ないか!
それにしても、人の反応がこんなにすぐ来るのってちょっと面白いわね……。
何かお金稼ぎに使えないかしら……
「す、すまん……ちょっと自分で走ってくれ!」
「ごめんごめん!」
おっと、今はやってる場合じゃない!
軽く肩で息をし始めたアルの言葉で現実に立ち戻った私は、アルの手を放し、洞穴の奥へと走り始めたのだった――。