掃除の最中で開いた錬金術のテキストに、こんな感じのまえがきがあった。
錬金術という魔法がある。
石を黄金に変える魔法。
物に違いを加える魔法。
無から有を産み出す魔法。
神を超えると批判する輩もいる。
だがそれは見た目だけである、とこの学問を志したお前たちにはわかっているはずだ。
探求心と新たな発想が、それらを具現化しているだけなのは皆知っての通り。
このテキストには望みを具現化させるための知識を詰め込んでいる。
ゆえに、望みを描くことを捨てるなかれ。我々の進歩は、常にそこから始まったのだから。
それを見た私は思ったよ。
錬金術っていうのは人から生まれた力。
みんな夢を持っていたから生まれて、それを合わせて混ぜるように進歩していったんだ。
で、だ。
「ふにゃぁ……」
なんか釜にかき混ぜ棒を突っ込んだとたんに力が抜けていくんですけど!!?
なに、この……なに? あたまが、どんどんまわらなくなって……
というかこの感覚、なんだか覚えがあるような……!
「それ見たことか……確かに錬金術は器用値も運もほとんど要らないけどな、その分MPを大量に消費するんだよ」
「えむ、ぴー?」
「頭がぐわんぐわんするだろ、【過労】って状態異常だ。 HPやMPが一気にへると起こる」
「なにそれ……ねんぴ、わるくない……?」
「そうだよ。 お前がどう頑張っても燃費の悪さがのしかかるんだ。 だから錬金術士は、生産職は不遇職……初期のステータスが低いし、道具をそろえないと物を作れないし、なまじ買えたとしても物が作れないから」
ああ、そうか。
アルのうんちくめいた言葉を聞き流しながら、私は思い出していた。
マジックポットへ魔法を撃ちこみまくったとき、こんな感じでフラフラになった……!
「惜しかったなリーズ、せめてお前がMPに振ってたらこんなことにならなかったろうな……だからいったん手を放して休め、それ以上かき混ぜてるとHPも減っていって死ぬぞ?」
「いや」
ぼやぼやして回らなくなっていく頭。
それでも、諦めない。
「いやって、こんなくだらないことで死ぬのかお前、デスペナだってあるんだぞ、お金は消えるし、アイテムだって」
「うるさい! くだらなくない!」
何度も何度も、私は夢を描いた。
借金を返して、パパとママにまた会うんだって。
だけどそれは思い描くだけじゃダメだ。
示すんだ、今ここで。
私はこんな障害に屈しないことを示すんだ――!
「【スーサイド】オン!」
リヒターゼンに着く前、HPぎりぎりになって私は倒れた。
あの時HPが一気に減ったことで【過労】とやらになってたんだとしたら、今のMPの減りをHPに変換すれば……魔法扱いになってるんだから調合できるはずだ!
「おい、やめろバカ!」
「触んなばか!」
伸ばされたアルの手を突っぱね、よろけた彼はそのまましりもちをついた!
よし、力戻ってる! これなら何とかなる!
「私は夢を織るんだ! 自分を信じて描いた夢をここに織るんだ! そうすれば、いつか必ずかなうんだ! パパとママに、会うんだ――!」
「お前――!?」
アルが何かを言いかけたその時、釜が光り輝いた!
そしてスケスケウインドウとメッセージが現れて――。
~~~~~~~調合成功!~~~~~~~
蒸留水×3 獲得!
条件「初めて調合を成功する」達成! 【錬金術見習い】獲得!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「やったーーー……」
精魂尽きた私はそのまま倒れこんだ。
やっべ、調子乗りすぎた。
HP使い切ったのが嫌でもわかる。 なんか体は持ち上がらないのに上に上がっていく感じするもん。
きっとあれだ、魂的なのが抜けてってるんだ。
「おいリーズ」
アルの声がした。
たはは、私ったらとことんバカらしい。
思えばあほらしいことに怒って、わめいて、勝手に死んでいくというものだ。
「聞こえてるかどうか知らんけど勝手に言っておくぞ」
どうぞどうぞ。
呆れた言葉でも、罵りでもお好きに。
自分でもバカだってわかってるから、痛くもかゆくもない。
「ファラの生収録はリアルで3日後だ。 たぶん信者が怖くてその間は誰も火山に近づかない……だから、お前は2日で素材集めて道具を作れ」
……は?
「欲しい道具は【焦熱に耐える服か装備品】【腹持ちのいい携帯食糧】だ。 メモっておいてやる……それと―――」
アルは私の死体の前で独り言のように言葉を続けていき、最後に、
「護衛の件、のんでやるよ。 暑苦しくてバカで見てらんないけど、男らしくてかっこよかった」
私、女なんだけど……
カッコ良かったとか言われても嬉しくないんだけど……
そう思った矢先、見ている映像がぷつりと途絶えた。
ゲーム開始1日目、7時間とちょっと。
私は過労で死にました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
条件「スキル【スーサイド】の効果で死亡する」達成! 【デスマーチ】獲得!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
……なんじゃこりゃ。