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第3話 没落令嬢とボロい家


 リヒターゼンにある職人通りのはずれに、その家はあった。

 貴族街にある魔法アカデミーが、魔法屋や工房の経営を学ばせるために建てたものの一つで、何年も前から使われてないのだという。

 アカデミーから遠かったのが大不評だったそうで、中にはいまだに手付かずな道具が残っているかも、とのこと。


「ここが私の家ね……」


ちょっと古ぼけた石造りの土台やレンガ。

そして三角に高くとがった屋根が魔女の帽子にそっくりで……うん、いかにも魔法の道具屋って感じでカワイイじゃん!

真っ白な煙突は小さいけど、帽子のトンガリの中腹から伸びていて、いいアクセントになってる。


 入り口に下がってる青いサビまみれの看板には【魔女の帽子亭】とあまりにもストレートな店名が書かれていて、結構な年期と風情を一緒に感じさせてくれる。試しに軽く揺らそうとしたけど……うん、さびさびで全然揺れない。


「店として使うにしても、けっこー手を加えないといけないかもね」


 まあ今は開業させるだけの資金も売り物になる錬金アイテムもないから、雨風をキチンとしのげて、アイテムをため込んで置けるだけでありがたい。

 チョーーいい子だから文句言わないけど、私の住んでるアパートなんかひどいもんだからね。

 窓同士に微妙な隙間があるわ、上から雨漏りするわで、梅雨になったらどうなっちゃうんだろうってくらい……。

 おっと、いけない!

 先に釜よ釜! そのためにこの家を買ったんだから!


「というわけで扉をあっけましてー♪ さーて?」


 にっこにこ顔で家の扉を開いた私の気分は、開いてから3秒ばかりで爆散した。

 入り口近くのアングルから見えたのは四散した本と紙クズ! ひっくり返って割れてるフラスコ! 穴だらけのカーテン!


「はああああああああああ……」


 急転直下!

 風情を感じていた自分はどこへやら!

 そうよね! だってあの話がホントなら何か月もほったらかしだもん、手入れもしなきゃこうなるわ!

 そして追い打ちをかけるようにぴこん、とスケスケウインドウの登場!


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 クエスト「錬金工房の開店準備」発生!


 放置された工房を掃除して、錬金釜を見つけ出そう!


 報酬:初心者用錬金釜×1 レシピ「錬金術基礎学」「錬金術服飾学」×1

 制限:錬金術士のプレイヤー1人以上


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「一軒家に30万ってこういうことか……」


 ここから後始末にかける手間込みの値段。

 あの不動産屋さんが知っていたかどうかはさておき、これはとんでもないことになってきた。


「お掃除……お掃除かあ……」


 そう、私は仮にも企業令嬢。お掃除なんてしたことがない。

 いつもそばにいた家政婦さんが頼まずとも勝手にやってくれているのを見てたくらい。

 ……というか掃除機はおろか雑巾もホウキもない! まさかゴミを手で拾い集めろっていうんじゃないでしょうね!?


「ちくしょー、やったらーーー!」


 それでも前しか向かない!

 ヤケクソまがいに工房へ私は足を踏み入れた次の瞬間だった!


「ぎゃあ!」


 まずは右足が腐っていた床を踏みぬき、バランスを崩す!

 さらに!


「チュー!」


「ひゃっ!」


 やたらリアルなネズミが何匹か、私の脇をすり抜けていく!

 さらにさらに!


 かささささ!

 不幸は重なる!

 泣き面に蜂、いや黒くてカサカサする【あれ】が目と鼻の先に現れた!


「いや~~~~~~~っ!」


 悲鳴一発!

 我ながら2度と出せないと思える速さではまった足を引っこ抜き、そのまま這うようにゴミ屋敷を脱出した!


「いやいやいやいや! なんでこんな時にだけリアルでも怖いものが一気に出てくるのよ!」


 運のパラメータにも振ってないから不幸なイベントも一気に来るってこと!? そんなんありか!? しかもまだ入り口なのに……


 まだ……入口?


「ここから先、掃除のためだけに何回もこんな目にあうの……?」


 気づいてしまった私はぶるっと体を震わせた。

 ……ああどうしよう。

 近づきたくないと思ってしまった。また同じ目に遭うのはイヤなんて考えちゃった。

 進め、立て、といくら言い聞かせてもなんでか手足もしびれてるみたいな感覚で、動けない。

 まずい。くじける。心が折れる。

 折れたりなんか、しちゃいけないのに――。


「すっごい悲鳴がしたんだけど、お前の声か?」


 へたり込んでいた私の後ろから声がした。

 なんか聞いたことある声だなあと思って後ろを向けば、


「あれ、さっきの?」


 そこにはファラについていろいろ話してくれた青いショートコートに白髪のイケメンが立っていた。

 あれだけ騒いでいたらそりゃあほかの人も驚くか……


「何かあったのか?」


「いやあ何でもないわよ、ちょっと掃除してたら埃だらけで苦労してるだけ」


 たかがネズミと【あれ】くらいでわめいていたと知られるのはちょっと恥ずかしいので、出まかせを言うと、


「そっか、なら手伝おうか?」


「ふえっ!? いいの? 私お礼なんて払わないわよ?」


 だああああああ!!

 こんな時まで何言ってんだ私は!?

 黙ってればタダでやってくれるかもしれないのに、先にお礼を切り出すな!!


「いいよいいよ再会したのも何かの縁だ。 初心者から巻き上げたくないしさ」


 こんなときまでお金の心配をする私をよそに、イケメンはてくてくと家に歩いていく。


「せっかくゲームやってくれてるんだ、初心者には優しくしないとな」


 は? お人よしすぎでは?

 確かに微妙にうらなりで優しそうな印象はあるけども。


「まずどこから片付ければいい?」


「へ?」


 イケメンからの質問に、私はちょっと戸惑ってしまった。

 いやあ、どこも何も……と思っていると、イケメンは家の中へとはいってしまい、


「うっわ!」


 とみてはいけないものを見たような声を出した。

 まあ、そうもなるよね。

 私はちょっとだけ笑いながら、ウインドウを操作してクエストの参加欄に彼の名前を加えるため、申請を飛ばそうとするのだった。


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 アルフォンスへパーティ申請を送りますか?


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