「はあぁぁぁぁ……」
前略パパとママへ。
お元気ですか。
私、荒垣莉世は今ゲームで借金を返すために頑張ってます。
考えるとおかしな字面ですが、考えちゃダメよ。
「はあああああああああ……」
そんで、なんでこんなに深く深くため息をしているかというと。
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【七大罪・強欲】
スタイル。
部位欠損やロストでアイテムを手放さなくなる。
戦闘開始時、自分にターゲット集中状態を付与する。
取得条件:バトルスタイル、もしくは「七大罪」の名がつくスキルを装備している状態で以下の条件を満たす。
①1回のバトルで2000以上のEXPを得る。
②フィールド一つにある採取ポイントを取り尽くす。
過ぎた欲は身を滅ぼす。
さらなる深淵へ行くか、戻るかはあなた次第。
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こいつのせい。
スタイル開眼とやらをして、私のバトルスタイルはこのスキルに変貌しちゃった。マルジンさんにも、
「あー、まー、うーん……ドンマイですぞ!」
とか言われてそのまんま別れちゃったし。
聞いてみたら、この【スタイル】は一つしかつけられないクセに強制装備。
つまり私は別のスタイルが開眼するまで、この【強欲】と一連托生になってしまったのだ!
「いくらスーサイドがあったって、狙われ続けたら死んじゃうじゃない!」
ターゲット集中の意味するところは私でもわかる。
敵が常にこっちを狙うようになるってことだ。
しかも私自身が遅いから必中だし、防御力なんてないからものすごく痛いし、そうなりたくないからスーサイドで抵抗するだろうし……
「うん、ダメ! 100%死ぬ! 絶対死ぬ!」
というか、おかしくない?
死にたがりのクセに敵を集めるわモノは欲しがるわとか何なのよ、疫病神か私は?
「はあ……」
いくら嘆いたところで、こうなった以上は受け止めるほかないんだけどさ。
――そう悲観することでもありません。 町で暮らす中、開眼するスタイルもあると聞きます。 ひとまずそちらを目指してみては?――
別れ際のマルジンさんもそういっていたことだし、この問題は時間に任せるしかない……であれば極力外に出ず、街でおとなしくしてるのがイイのかも……。
ただし、急がなければならない手前、ただぼーっと過ごすなんて持ってのほかです。
なので。
「いらっしゃいませ、生産職に欠かせない家の購入はこのオーナモ不動産にお任せなんだな!」
次のスタイルが出てくるまでに、錬金術の準備でもしましょうか!
このゲームにおける生産職は、それぞれ専用の道具がないと生産スキルを使えない。
鍛冶屋なら金床、機械技士なら工具、薬師ならフラスコ、仕立て屋はドレスルーム。そして錬金術士は釜。
というわけで、釜が付いている家を見に来たのです。
あわよくばお店にして、錬金アイテムをすぐに売れるようにしたいしね。
「ふむふむリーズさんは錬金術士、ということは釜のある家を御所望か?」
「それでなるべく安めの家でお願いします」
「えー、釜付きコンテナ付きお店経営可で、爆発しても迷惑のかからない所は……と」
最後のなに?
「お、あるとこにはあるもんだな」
不動産屋さんは私の声を見事に無視し、たんたんたーんとキーボードを弾いてから、こちらに画面を向けてきた。
「こちらでどうだ? 職人通りの近くにある一軒家。 かつて魔法アカデミーが学生たちに貸していた家で、ボロいけど道具はたくさんあるから使いやすいと思うんだな」
ほほう、結構広くていい家じゃない?
入口のあたりを改装できればいい感じのお店になりそう。
でも。
「その広さの部屋に手つかずの道具がたくさん……ってことはその分、お値段も張るんじゃない? 私、そんなにすぐお金は用意できないわよ?」
「ああそれは大丈夫なんだなお客さん、頭金さえちょろっと払ってくれれば、ローンを組んでおくんだな」
「ロ……ロ?」
「ローン。 ふつうなら一括で30万エンの支払いになるところ、足りないお金をウチから借りて支払うことが出来るんだな」
「ロ」
「ローン……まあありていに言ってしまえば借金なんだけども、生産職なら軌道に乗れれば返せない金額ではないから、大船に乗ったつもりで──」
「まって!」
反射的に手を伸ばして、おじさんの言葉を遮っていた。
そこから先は、ちょっと聞きたくなかった。
「……? どうしたんだなお客さん?」
「あ、いや、その……い、今はちっともお金がないというか……返せる当てもちょっとわかんないというか……とにかくっ! ちょっと考えたいんで失礼します!!」
「あ、こらお客さん! どこいくんだなー!」
脱兎。
そこから勢いよく立ち上がった私は、ダッシュで不動産を飛び出した。
*
「はあ……」
思った以上に、私は借金という言葉にアレルギーが出来てしまっているらしい。
現在進行形で借金抱え込んでる身の上なんだからといっても、取り乱しすぎだ。
「30万……どうしようかな……」
お金を借りれない状況で目下30万。
ちょっと計画を見直さなきゃいけないかもと考え始めた時、なんか妙な違和感を覚えて止まった。
「なんだろう、さっきから周りの人の流れが早い?」
何人か小走りだし。
……なんか赤ハチマキに命♡だのLOVE☆お嬢様だのつけた集団もいるし。
なんだったらお嬢様目の前にいるけど。あ、素通りされた。ちくしょう。
そうした人らはある場所の前で止まり、荒い息をしつつ安堵の声を次々にあげる。
「ひゃあ、デッカ……」
そこは私でも驚くくらいな大豪邸の門の前。
黒い壁みたいにそびえる門のむこうはレンガで舗装された道が続いており、両サイドは庭、というか最早森。どれもこれも手入れがよくなされていて、奥にそびえる迎賓館みたいなお屋敷も含めて、超豪勢な作りだった。
「なになに、なにかはじまるの?」
せっかくなんでわたしもその集団にまじってみる。
この辺に住んでる有力貴族主催のゲームのオープニングセレモニーとかだったりしたら、見ておかない手はないからね。
でもそんなんあったっけー? と思っていると……
「ファラ様が今後の予定を発表をするってんで、ファンや取り巻きが集まってるのさ」
と白髪で青いショートコートのイケメンが答えてくれた。
「ファラ様?」
「さては新参ゲーマーかお前……VRMMOを中心にやってる有名な実況プレイヤーでな、派手かつ優雅に戦うお嬢様って感じで今ゲーマーの間じゃ人気なのさ」
ふーん。
そういうアンタはどうしてここに?
取り巻きさん達から一歩引いてるみたいだけど。
「ん? オレも一応βテスターだし、敵の動向は調査しておかないとってな」
「へー、マジメね」
「マジメに取り組んだやつが勝つからな、バカになんないぞ………おっと、来たみたいだな」
イケメンが言うが先か。
ガチャリと蝶つがいが動き、大きな音をたてて門が開いていく。
その奥から現れたのは屋敷の主。
長い黒髪に、赤い宝石の髪留め。フリルみたいな遊びのない長めのドレス……なんていうんだっけ、マーメイドドレス? みたいなのを着こなしながらしっかりスリットを入れて動きやすくしてる。
……まるで。
「おーーっほっほ!」
ザ・貴族みたいな女の子が、ゆったりと歩いてきた。