翌日、イサリとトキヤは揃って邪馬斗駅へと向かった。
通勤ラッシュの時間は終わっている時間帯のはずだが、さすがに三本もの交通路を抱える駅とあって人通りが絶えることはなさそうだ。
ビジネスバッグを抱えたサラリーマンらしき人々、駅ビルへショッピングに来たらしい婦人グループや観光客、講義までの時間を潰す学生、とにかく多種多様な人々が広い構内を引切りなしに行き交っている。
人口約一五五万人、地方都市としては全国屈指の規模を誇っているのは伊達ではない。
きらびやかな土産物屋が並ぶエリアを抜け程なく進むと、広い窓口の隣に中央改札口がある。物々しくずらりと並んだ機械の隅にこじんまりとした駅員たちが業務を行うスペースがあり、数名の姿が確認出来た。
幸いにも接客対応中ではないようだ。
一応公的機関相手、と言うことでトキヤは一番手前に座っていた眼鏡の駅員に身分証を提示しながら問うてみた。
「特殊事案対策専門機関ナカツド、実務行動部隊所属のイテクラと申します。こちらは同じくカガヤです。昨日、コインロッカーの件でご相談いただいたと伺いましたが、駅長はお手隙でしょうか?」
「コインロッカー……えっと、
「ああ、例の北東の……いや、まさか本当にちゃんとした専門の人紹介してくれるとは」
奥に座っていた年嵩の男がぺこりと頭を下げる。どうやら、胡散臭い宗教団体か何かでも連れて来ると懸念されていたらしい。
「生憎駅長の
「ありがとうございます。お手数おかけします」
「じゃあ、ちょっと外すよ中野君。さ、こっちです」
事務室を出た城戸が先だって歩き出す背中に続く。
駅に着いて車を降りた時からぎゅ、と顔を強ばらせているイサリは、駅員たちへはぺこりと会釈をしたものの相変わらず無言だ。あちこちへ投げられる視線ーー警戒しているのはヒトへ対してなのか、まだ見ぬヨモツドに対してなのか。
ーーこいつの五感にはこれだけの人混みは負担なのかもな……
懐っこそうに見えて、存外容易に他人を受け入れない相方の特性にトキヤの方も少しずつ慣れつつあった。
加えて、こうした場は光や音の刺激も強い。
南側を正面にしているためか、邪馬斗駅はどうしても北側が裏口と言った感があった。無論、だからと言って寂れている訳では決してなかったが、南口と比べるとやや落ち着いた気配がする。
「いやあ……ホントに私が十八で入社した当初から、ここのロッカーはいろいろありましてなあ。先輩からも絶対弄るなって脅されまして」
「その……004以外のロッカーは何ともないんですよね?」
白髪混じりの城戸が入社した頃、と言うのは四十年ほど前になるのだろうか? 該当事件と思しきものが起きたのは七十年ほど前となっていたから、当然その頃から件の問題は起こっていたのだろう。
「そうなんですよ。うちは観光客の方も多く出入りされることもあって、現状平日でも七割くらいのロッカーは使用されます。なので、一つの棚がダメだと言って完全に撤去すると言うのもなかなか難しくて」
「成程……確か現在置かれているものも、ついこの間交換された新品なんですよね?」
「ええ……設置する前にちゃんと近くの神社の方にお祓いしてもらったんですけどね……あ、あれです」
構内のかなり隅っこにポツン、と置かれたそれを視界に収めた途端ひやりと冷たい空気を感じた。ぴく、とイサリが一瞬足を止めかけたのも、ただならぬ気配を感じ取ったからだろう。
ぽっかりとその周辺だけ人通りが極端に少ない。
もし普通の人であったなら、お、こんなところに空いているロッカーがあってラッキーくらいですんだかもしれないが、生憎と笑って通り過ぎられるほど生ぬるいものではなかった。
「カガヤ……大丈夫か?」
「…………気持ち悪ぃけど、ダイジョブ」
「吐くなよ」
「吐かねえよ」
とは言いつつ、イサリの顔色は珍しく悪い。
トキヤも歩を進めるに連れて薄ら寒い空気に気圧されるように小さく息をついてから、ゆっくりとコインロッカーの様子を観察した。
縦五段、横四列の極めて普通のサイズの代物である。さらに大型の荷物も詰め込める棚が二列並び、大型駅ならではのサービスだなと言うのが所感であった。
入れ替えたばかりと言うだけあって、電子マネーやクレジットカードでも支払いが出来るようなシステムになっており、城戸の言う通り半分ほどは既に使用済みの表示がされている。
問題の004番は一番左端、下から二段目に設置されており、他はきれいな見た目の中にあって異彩を放つ『故障中使用厳禁』のラミネートがデカデカと貼られていた。
一応養生テープで全面封がされているが、管理会社が別になるせいだろう。鍵はささったままになっている。
「こちらの会社に連絡は?」
「ああ……一応入れとります。ただ系列グループなこともあって、こっちでどうにかしろ……と言う感じだったみたいで」
「成程、つまり物に異常はないから何かトラブルがあればこちらの問題だと」
「まあ、鍵が開かなくなったとか、料金未払いのまま何日も放置されてる、みたいなことなら別なんでしょうがなあ」
はは、と苦笑をこぼす城戸もすっかり困った様子である。スバルが見せてくれた掲示板の投稿者とはその後ちゃんと話がついたのか、確認して何かあれば引き取った方がいいかもしれない。
「これ、一回外していいですか?」
「え、ええ……大丈夫なんですよね?」
「中は空でしょう?」
「ええ、そりゃ私らが閉めた時は空っぽでしたけど……」
「トッキー、いい。オレが開ける。何か出たらぶっ潰して」
「解った」
ぶっ潰すのはイサリの方が得意だろうが、いかんせん今は間近に城戸もいるし、すぐ傍には店舗だってある。
無関係な人を巻き込まないためには、この方が正解だろう。
べりべりと緑色のテープを容易く剥がすと、イサリは小さく息を吐いた。昨日見た無数の赤い手が脳裏に蘇るも、怖気づいている場合ではない。
ーーワンパン……火力出すと周りもぶっ飛ばしちまうから、イメージは短刀……
いざと言う時に備えて右手に力を込めながらよし、と覚悟を決めると、
「開けるぞ」
「ああ」
手をかけた扉をゆっくりと開く。
「………………カラッポだ」
はらはらと見守っていた城戸が、イサリのその言葉にホッと安堵の溜息をこぼした。
それでも矯めつ眇めつ、扉裏から天板から怪しい術がしかけられていないか、と探ってみたものの特に不審な点は見受けられない。
「トッキーどうなってんの? これやっぱロッカーには何も問題ねえってこと?」
「…………いや、正確には『もうない』」
探知がそこまで得意ではないらしいイサリの目には解らないかもしれないが、トキヤはほんの僅かにこびりついている術式の残滓を捉えている。
「……厄介だな。カガヤ、投稿あったのっていつだったか覚えてるか?」
「えーっと……スレッド? とか言うのの日付が正しいなら、多分一週間くらい前。だったと思う」
「そう。あれがリアルタイムで投稿されていたとして、この七日で施されていた術式は消えた。何故か? ヨモツドが獲物を喰らったからだ」
「…………っ! それってつまり誰か犠牲になったってことか? っつーか、そんな時限的に出没するようなヨモツドっていんの?」
「ここのコインロッカーに遺棄されていたのが産まれて間もない赤ん坊だったこと、そして獲物を喰らう数秒だけしか顕現しない種類であること、そして方法を知っていれば
「は……?」
「全部の条件を満たす種類を、とりあえず俺は一つだけ知っている。ヒルコガミだ」
→続く