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「まあ……確かにこれだけじゃ、警察は動かんだろうな」


「そう……でも、ボクらが動くには十分過ぎる続きがあってな?」


 どう動くかと腕組みをしながら思案するハノの隣りで、スバルはススス……とブラウザを動かしてみせる。


 スクロールして現れたのは、古い新聞記事をデジタル化したものらしい画像だった。


さすらい人:『こんなの見つけた。あながち呪いは嘘じゃないかも』


 ところどころ掠れていて読みにくい部分があるものの、日付は何と七十年程前ーー邪馬斗駅が開業してから間もない頃であるらしい。


『駅のコインロッカーから生後間もない赤ん坊の死体発見!!』


 と言う何ともおどろおどろしい見出しに、イサリとトキヤは思わず顔を見合わせる。


 何でも出張に来ていたサラリーマンが荷物を預けようとして発見したらしいが、当時はなかなかセンセーショナルな事件として全国規模で報道がされたようだった。


 にも関わらず、防犯カメラなどもなかったようなご時世だ。


 科学捜査も現在ほど目覚しい成果を上げられなかった中で、あまりにも手がかりは少なかった。


 結局のところ両親らしき人物も現れず、立て続けて起こった事件でもなかったため、やがて事件は風化し人々の記憶から薄れて行った。


「まあ、これはあくまでもネット民の言いたい放題な憶測やけど……」


 とスバルに前置きされるまでもなく、何らかの事情で育てられない親が困った挙句にこんな手段を取ったのだろう。


 今ならまだ預けられる施設も様々あるが、そんな社会福祉もあまり整っていなかったことは容易に想像出来た。


 問題は、どうやらこの赤ん坊は殺されて遺棄された訳ではなく、コインロッカーの中で息絶えたらしいことにある。


 ヨモツドについての研究が常に進められる中で、一つアナグラが空きやすい条件として『ヒトの強烈な負の感情』が何度か取り上げられた。


 憤怒、憎悪、悲嘆、嫉妬……そうしたものをヒトが感じた時に何らかの物質が噴出し、それらをヨモツドが感知しているのではないかと言う説である。


 オカルト界隈などではよく『残留思念』などと呼ばれることもあるが、所謂自殺の名所や事故が多発する地点など『呼ばれる』と言われるポイントは、そのままアナグラがよく空く箇所とも合致するのだ。


 つまりこの赤ん坊が死の間際で感じた恐怖、絶望、生への渇望と言ったより原始的で剥き出しの本能に近い感情がこの場所にこびりついているのであれば、いくら神社仏閣方面にお祓いなどをお願いしたところで根本的な解決には程遠いに違いない。


「解りました。俺たち今手持ちの案件ないんで、明日ちょっと見て来ます」


「え……大丈夫か? もし七十年ものだったら、だいぶヤバい感じに育ってるんじゃ……」


「でも、知っちゃったからには放置する訳にもいかんでしょ」


「マズかったら簡易処置だけして帰ります」


「まあ、それなら……」


 渋々ながらも頷いたハノは、ホント無茶すんなよ! と重ねて念を押してグラスを煽る。


「いやあ、さすがに期待の新人コンビは違うわ~。また何か追加情報あったらお知らせするんで、頼んます」


 これで仕事の話は終わり、とばかりにメニュー表を片手に注文を始めるスバルに、イサリは変わらずじ、と視線を注いでいた。


「…………何か気になるのか」


「あー……いや、この件は別に何もない。ただ……」


 オレ、あの臭い知ってる気がする。


 ぽつりと自分だけに見えるように提示されたスマフォの画面に、トキヤは微かに双眸を細めた。


* * *


「随分回りくどいことをするんだね」


 作業をしているこちらの手元を眺めていた少年が不意にそうこぼすのに、思わず笑いがこぼれた。


「まあ、呪いの儀式なんてどれもそんなもんだよ。面倒くさいし、手間もかかるし、何より時間がかかる」


「何でそんななの? それならサクッと殺しちゃった方が早いじゃん」


「あのねえ、世の中そんなリン君みたいに誰彼構わずぶっ殺せるような火力ゴリラばっかじゃないんだよ」


「あ、ムスビ酷い。傷ついた」


 プンスコと憤慨した表情を浮かべてみせるものの、少年ーーリンにとってそれはあくまでもニンゲンの真似をしているからこそのお遊びでしかない。


 それを半分だけ眺めながらピンセットでチマチマと懐紙にセットしているものは、ムスビが研究の末に自家製生に成功した紛うことなき『エド』だった。


 これを決められた手順に従って折り、術をかけて封をして、お守りとよく似た小さな袋の中に入れて行く。


 現代において、ヒルコガミほど召喚しやすいヨモツドはいない。


 命の価値は昔に比べて高まった、なんて言うのはただの幻想だ。いつだって弱いものは食い物にされ、ましてや『ヒト』にカウントされないものの価値はさらに低い。


「ヒトはさ、忘れる生き物なんだよ」


「うん?」


「どんなに怒っても悲しくても悔しくても、いずれその感情は薄れて奥底に沈んで行く。そうじゃなきゃ、壊れて元に戻れないから」


「へえ……まあ、オレもすぐ忘れちゃうけどね」


「リン君はすぐぶっ殺してなかったことにしちゃうからだろ。まあ、とにかくさ……そんな面倒くさいことしても手間も時間もかけても、絶対相手を殺したいって想いが変わらなかったらさ、それは本物ってことじゃん?」


「ふーん……そんなもんなのかな」


「強い想いを持ち続けるのってしんどくて疲れることだからね」


「ムスビは疲れないの?」


 じ、と左目だけでリンは無邪気に真っ直ぐにこちらを見て来る。


 無遠慮で容赦のない問いだ。


 ムスビがここにいるのは憤怒とも嫉妬とも言えるドロドロした復讐心故だと言うことを解ってなお、恐らく永遠にこの少年はそれを額面以上に理解する日は来ないのだろうと思う。


「僕は……」


 何かを言おうとした瞬間、カランカランと来客を告げるベルが鳴り、ムスビは思わず言葉を飲み込んでしまった。


 符牒を知る者にしかこの『abyssアビス』の扉は潜れないとは言え、基本的に他の仲間を信用している訳ではないのだ。


「お疲れさーん」


「あ、スバル。無事だった」


「もう、勝手に殺さんといてー」


 現れたのは今回仕掛けを頼んでおいた情報屋であった。


 相変わらず何を考えているのか本音が解らないヘラヘラ顔で、雪駄を鳴らしながらひらりと手を上げてみせる。


「ムスビ君にお願いされとった件、今日種蒔きして来たで」


「ご苦労さま、ありがとう」


「ねえねえ、イサリどうだった? 元気だった?」


 ワクワクとまるでお土産を待っていた子供のような顔をするリンに、あー……とスバルは言葉を濁してみせた。


「元気元気、でもあれやな……ボク、しばらくここには来ん方がよさそうや」


「何かあったの?」


「イヤな臭いがする、て言われてん。犬かよ……て思うたけど、まあ、さすがにリン君のお気に入りなだけあるなあ」


「ふーん……」


 普通、人間にはヨモツドが感知出来ない。


 ナカツドに採用される人間ともなれば、程度の差こそあれ見える聞こえる触れる嗅げるのは当たり前ではあるものの、当のスバル本人はただの人間だ。


 この中でヨモツドはただ一人、リンだけである。


 情報屋はそれほど長く密に彼と接している訳ではないのに、その残滓を感じ取ったとするならば、イサリの嗅覚は確かに異常の領域に達していた。


 けれどその報告を受けたリンはどことなく嬉しそうな満足そうな顔をしてみせた。


 当然だろう、とすら思っていそうなその笑みに、ちくりと胸の奥を突かれたような気分になる。


「まあ、しばらくは向こうについて上手く誘導してもらった方がいいだろうし、連絡はメールとかでも全然大丈夫だし。ムスビもそれでいいよね?」


「え、ああ……うん。問題ないよ」


「了解。ほんならまた」


「よろしく」


 パタン、と再び閉ざされた扉に、思わず溜息をこぼしてからムスビは作業を再開した。


「上手く食いついてくれたみたいでよかった」


「そうだね……」


「ちゃんと謎解き出来るかな」


「相方は優秀なんでしょ? 多分大丈夫だよ」


「ふふ……楽しみだなあ」


 スツールに腰かけたまま足をプラプラと遊ばせるリンに、自然と笑みが浮かぶ。


 今回の件はムスビにとってもまたとない臨床試験の第一弾だった。今後の計画はこの成功にかかっていると言っても過言ではない。


「とにかく、明日の結果を待とう」


 可と出るか、不可と出るか。


 今まで誰も試さなかった、この世界の転覆を。


→続く

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