ハノが二人を案内してくれたのは、支部近くのこじんまりとした居酒屋だった。
表の国道から少し奥まった場所にあるせいか、人通りは少ない。隠れ家風の佇まいも相まっていかにも通が好みそうな雰囲気をしている。
「えー、オレこんなとこに店あるの知らんかった……」
「ここは『一見さんお断り』だからな」
ーー成程、それで……
ニヤッと笑う先輩に合点がいったのはトキヤだけらしい。
この店には認識阻害の術がかけられているのだ。恐らくは店主も元ナカツド隊員か何かで、関係者以外にはその存在すら見つけられないようになっているのだろう。
ハノが会わせたい、と言っていた人物も外部関係者なら、この店であれば他の客の耳目を気にせず打ち合わせをするのに打ってつけと言う訳だ。
「
「おー、ゼンさん! いらっしゃい」
『やどりぎ』と書かれた暖簾をくぐると、右手のカウンター内から元気な声が飛んで来る。恰幅のいい板前服が店主なのだろう、続いて入った二人にも気さくな笑みが向けられた。
「お、この子らが噂の新人君たち?」
「こんちわー」
「お邪魔します」
「邪魔するなら帰ってー」
横合いから投げられた別の声に、ぎょっとしてイサリとトキヤはそちらを見やる。
まるでいきなり湧いて出たように、それまで微塵も気配がなかった掘りごたつ席の一角に、丸縁サングラスをかけた男が座ってヒラヒラとこちらへ手を振っていた。
「……貴方の邪魔はしてないと思いますけど」
ムッとして思わず言い返すと、一瞬虚を突かれたような顔をした後、男はあっはっはっと大きな口を開けて笑った。
「ええよー、その負けん気。この仕事では大事なことや。ボクは好きやなー」
「スバル……その挨拶は通じないからやめろって言っただろ」
「まあまあ、掴みから入らなでしょう? ゼンさん、ご無沙汰しとります。隊長はお変わりないですか」
意外と素直にぺこりと頭を下げはするものの、どうにも胡散臭い雰囲気が拭えない。
説明を求めてハノを見やると、彼は呆れたように溜息をついた後咳払いをして仕切り直し、スバルと呼ばれた男を示してみせた。
「こいつはスバル・フユルギ。元特七実務行動班のエースだった男だ。まあ、お前らの先輩だな。で、こっちが新人のイサリ・カガヤとトキヤ・イテクラ」
「へえ、キミが『あの』イテクラ本部長の。顔、あんまし似とらんね。初めまして、よろしゅう」
「……どうも」
紹介された手前何も言わない訳にもいかず軽く会釈をしてみたものの、大抵の人間から返って来る反応に思わず渋面になった。
名乗れば必ずついて回る枕詞だ。
ふと大人しいな、と思って隣のイサリを見やれば、警戒心丸出しの顔で半ば睨むようにしてスバルを測っている。
てっきりいつものように会って五秒で打ち解けるのかと思いきや、今にも唸り声を上げかねない顔だ。
「…………カガヤ、どうした?」
「こいつヤな臭いする。キライ」
「え」
子供のようなぶすくれた口調に思わず全員が固まった。
「えー……何なに? ボク加齢臭とか出てる? ゼンさんより若いねんけど」
「こら、スバル」
「すみません……こいつ、カモミールとかも嫌いだって言ってたんで」
「ああ……せやったら『虫除け』の香のせいやろなあ……ボク、今自分では祓えへんから」
お通しとして出された小鉢にいただきます、と手を合わせてから、スバルは小さく笑った。
「……祓えないって……もしかして、それでナカツド脱退されたんですか?」
「そうや。キミのお父さん、何も出来へん無能を置いとくほど優しないやろ?」
「…………っ、」
「まあ、それは冗談。ボクのプライドの問題やねん……何年か在籍したらキミらも解るよ。続けるにはいろいろあんねん、あそこは」
軽薄な声音が一瞬、感傷的な色を帯びた。
ただでさえ、現場に立てる人間は限られる。
少しの衰えが即、死に繋がっても不思議ではない仕事だ。
「そんでも幸い……て言うてええんかな、まだ目も耳も生きててな。おかげで今はクソ怪しいオカルト雑誌でライターしたり、こうしてゼンさんから調査やら何やらの依頼もろたりしてんねん」
「ちゃんと『本物を見分けられる』奴って言うのはそうそういないからな……いろんな業界で必要とされるんだよ」
「……成程」
「で、今回はお前の方からの話だったが?」
水を向けられたスバルは、冷えたビール瓶をハノに差し出しながら口を開いた。
何でもライターとしてネタ探しをするのに、彼はネットの掲示板をあちこち巡回しているのだと言う。
「まあほら、昔のオカ板ほどちゃんとしてるのはもうあんまりないんやけど……それでも好きなやつがチャット持ってたりスレ立てたり、今でも地味に動いてるとこはあるんよ」
「トッキー……オカ板て何」
「だいぶ前にあったデカい匿名掲示板。オカルト専門のやつがそんな名前だったはずだ。俺もちゃんと見たことはない」
「oh……ジェネレーションギャップや」
ずり落ちたサングラスを押し上げてから、話が再開される。
ある日、そんな中の一つを眺めていたところ、数日ぶりに新しいスレッドが立てられたのだそうだ。『Y市の呪いのコインロッカーについて』とタイトルがついたそれは、ショッキングな一枚の写真と共に投稿されていた。
旅行者:『最悪、荷物全滅した』
添付写真には、コインロッカーへ預けていたらしい大きめのボストンバッグが引き出される途中のような様子が写っていたが、それは投稿主が嘆くのも頷けるほどぶち撒けられたような赤い液体によってぐちゃぐちゃに汚れていた。
その染み具合を鑑みても、中身も無事とは思えない。
そして、それはペンキなどの塗料と言うには少しばかり粘性を帯びており、噎せ返るほど生臭いーー紛うことなき血液であったと言う。
(ひ・ω・ま):『合成乙』
三度の飯よりホラーが好き:『鍵閉めてなかったのか』
怪人ゼット:『器物破損やん』
などと野次が飛ばされたものの、投稿主はきっちり駅員に事態を告げたらしい。
自作自演でないならば、預けた荷物を弁償しろ、と思うのは(責任が駅側にないとしても)人として自然な感情だろう。
ところが、対応したベテランらしい駅員はうんざりしたように溜息をついて「またか……」と言ったのだと言う。
旅行者:『駅員曰く、北東側に設置してあるコインロッカーの004番の棚は何度本体入れ替えしてもこうなるらしい。私が入れたのは確かに004番だった。しかもお祓いして先週入れたばっかの新品だと言う』
「で、これがその問題の写真や」
そう言ってスバルが示してくれたタブレット端末の画面を見るなり、コークハイを飲んでいたイサリが派手に噴き出した。
「ちょっ……イサリ君! これ[[rb:高価>たか]]いんやぞ!」
「ゴメ……えええ……何それ気色悪」
しかし、相方がそう言うのも無理はないとトキヤは思う。
普通の人間の目で見ても血塗れのバッグと言うのは決して愉快な代物ではないのだが、自分たちのように『解る側の人間』からすればそれはさらにえげつない。
まるで投稿主を中へ引きずり込まんとするかのように、無数の赤い手がこちらへ向かって伸びているのだ。
そしてそのいずれもが赤ん坊のように小さな拙い形をしており、中にはまだきちんと形成されていない『なりかけ』のようなものも混ざっている。
「こりゃあ……形だけ祓っても駄目だな」
「でもこれ、どうして邪馬斗市だと?」
「蛇の道は蛇って奴やな……有志の鉄オタが検証して二日で特定したんやて」
「すげえ……
「で、邪馬斗駅行って駅長から直に話つけて来た。ほとほと困っとるから、どうにかしてくれて。警察にも話は行っとるみたいやけど、宛にはならんみたいやな」
何せ他のロッカーではこんなことが起こった試しはないらしい。
警察としては性質の悪いイタズラ、そのロッカーを使用禁止にしていれば話はすむと言いたいところなのだろう。
→続く