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 とにもかくにも、キリカとトキヤの意見が一致したところで一同は揃って那太山へ向かうことにした。陽が差さずじめついた土地を好む桃人花の本体がいるのは、そこで間違いないだろう。


 ところが、中途報告を本部に入れたところで、ワタリからストップがかけられてしまった。


「キリカさんたちは戻ってください。代わりにゼン君たちを向かわせます」


「どうしてですか、隊長!?」


「今回の桃人花は、君にも影響がある可能性が高いからです。大事な隊員をみすみす危険に晒す訳にはいきません」


「……今回はって?」


 つんつん、とイサリにジャケットの裾を引かれ、トキヤは二人に聞こえないように声を潜めて答える。


「普通桃人花は出現しても、子供は一人しか攫わない。今回みたいに大規模なことをやる奴は、それだけ強力で年月も経てる個体ってことだ」


「つまり、本来は大丈夫なハズのキリカもギリやべえってこと?」


「そう言うこと。記録に残ってる限りじゃ、村の子供全部食った奴もいる」


「ひええ……」


 けれど、自分たちが口を挟むとキリカのプライドを傷つけてしまうだろう。ここは黙って隊長に任せた方がいい。


「子供たちが行方不明になってから、もうすぐ丸一日経つわ。もうそんなに猶予はないの! バクラナカンならある程度近づけば、どこにいるかすぐに解るし……」


「それでも君は戻るべきです。過信はよくありません。万が一……」


「あたしが!」


 一際、キリカの声が大きくなる。


「あたしがやらなきゃ意味ないの! 特別扱いしないって、約束したじゃない! ヨモツドを退治するためにあたしはここにいるの……じゃなきゃ、あたしに生きてる意味なんてない!!」


 引ったくるようにしてインカムを外したキリカは、本部とのチャンネルを切断したらしかった。数度深呼吸したのは苛立ちを堪えるためか、泣き出しそうなのをごまかすためか。


「キリカ……」


「行くわよ。早く車出して」


「いや、でもさ……」


「出して!」


 きっ、と睨みつけられた眼差しの強さに、思わずイサリも黙り込む。伺うようにちらりと向けられた視線に、トキヤは頷かざるを得なかった。


「行こう」


 彼女の気持ちは何となく理解出来る。


 強力な血統のもとに産まれてしまった自分たちのような人間は、どうしたってそれから逃れられないのだ。


 イサリは『他の道も選べたのに』と言ったが、やはり選ばざるを得ない見えない圧力のようなものはある。実質並んだカードは一択のようなものなのだ。


 それに、ワタリはどれだけノーと言われても、ハノとヒナノを向かわせてくれるだろう。万が一があっても対応は出来るはずだ。


 ならばここで押し問答する時間は惜しい。


 桃人花に捕食された子供は、およそ二十四時間で心身に実被害が現れ始めると言われている。


 消化液が侵食した肉体をゆっくりと溶かし始め、幻覚に取り込まれた子供は、無事に救出したとしても精神に異常を来たしていることがほとんどだ。


ーーそうなる前に助けるには、一秒でも早く本体を見つけないと……


ぁった」


 腹を決めたのか、イサリがギアを切り替えてアクセルを踏み込む。車は法定速度をかなり無視したスピードで那太山の麓までを駆け抜けた。


「バクラナカン、どの辺か解る?」


「西側の中腹辺りにいますね……おやおや、だいぶ大きめの個体ですなあ。これは食べ応えがありそうだ♪」


「OK、行きましょう」


 それを聞いても怯むことなく薄暗くなり始めた登山道へ足を踏み入れる辺り、伊達に三年エースを張っている訳ではないようだ。


 傾き始めた西陽に染まる那太山には、やはりここをねぐらにしているらしい鴉たちの不気味な鳴き声が響いていたが、その足取りには迷いも躊躇もない。


 寧ろ、


「…………鼻バカんなりそう」


 顔を青ざめさせているのはイサリの方だった。


「何も匂わないぞ?」


「はあ!? こんだけゲロ甘い匂い充満してんのに解んねえの!?」


「生憎と俺の鼻はお前の犬みたいな鼻とは違うんだよ」


「いや、ここ褒めるとこだろ!」


「バカになって効かないなら褒める意味が解らない」


「うっさい、静かにして!! 気配辿れなくなるじゃない!」


「「すみません」」


 少し登った辺りに小さな憩いスペースが設けられているものの、そこから先に道は伸びていない。つまり、本来ならこれ以上は立ち入るべきではない、と言うことなのだろう。


 それでもキリカの足は止まらなかった。


「…………お前、その服で大丈夫なん?」


 何せ彼女の服装はアウトドアとは無縁そうな裾がふんわりしたワンピースなのだ。都会を歩くお嬢様然としたその格好でここまで来たことも、二人にはすでに心配でしかなかった。


 獣道に伸びた枝葉はそれなりに鋭いし、虫やら何やらだっているだろう。


 けれど、少女はふんと鼻で笑うと右手をゆっくりと前方へ掲げて見せた。


「何の問題もないわね」


 解放された力がゆらりと明確な形を取って行く。それは瞬く間にキリカの身長と変わらぬほどの大きさの大鎌となった。


「おお……かっけえ、何それ!!」


 と、とその台尻が地面を軽く穿つと同時に、纏った覇気を恐れたようにぞろりと草花木果が道を開ける。


「行くわよ、多分この先にいるわ」


「うっし!」


 モーゼのように割った道を行くキリカの背中に続いた。


 なだらかな坂道を登るべく、ぐっと踏み出した足に力を込め、相手がいつ攻撃して来ても対処出来るよう緩やかに力を解放しながら、深い山奥へーー人知の及ばない領域へと分け入る。


 が、いくばくも行かない内に、目の前を歩いていたはずのキリカの姿が突如として掻き消えた。


「…………え?」


「…………っ!?」


「おや」


「き…………っ、キリカ! 消えた!」


「落ち着け、カガヤ」


 辺りに桃人花らしき影はまだ見えない。


 気配はするものの、濃い霧の中にいるようにかなりぼんやりとしていて掴みどころがない状態だ。


ーー落ち着け、あの子ならすぐにどうこうはならない……見つけろ……集中しろ!


 が、トキヤの目の前でイサリは引ったくるようにしてバカラナカンの胸倉を掴み上げた。


「てめえか」


「あたくしは別に『何もしてませんよ』」


「そうだろうな、何もしなかった」


 言うなり、躊躇なくその頬を殴り飛ばす。


 が、トキヤにすら全部は見えなかったイサリの右ストレートは、ヨモツドの頬に僅かかすり傷を残しただけだった。それもすぐに修復されてしまう。


 以前、アルキオーナの頭部を容易く粉砕した際と変わらぬ衝撃も、格が違えばこうも通らないものらしい。


「…………思ったより痛いですねぇ」


「てめ…………っ、」


「カガヤ! 仲間割れしてる場合か!」


 さらにもう一発と拳を握ろうとするのを、慌てて引き止めた。


「だってこいつ、キリカが桃人花に捕まるのみすみす黙ってやり過ごしたんだぞ!?」


「解ってる! でも、今こいつを責めたって仕方ないだろう」


 バクラナカンにとって、キリカは主人ではない。ただの楔で、檻で、枷だ。何らかの事情によってその心身が危険に見舞われた時、助ける義務などどこにもない。


 彼から手を出すことは出来ずとも、不慮の事故で壊れてしまうならその方が都合がいいに決まっている。


ーー内からも外からも……君は切っ先を向けられ続けているんだな……


 ヨモツドは、所詮ヨモツドなのだ。


 友好的に見えても、大人しく見えても、決して人類と相入れる存在ではない。何をせずとも彼らの生体そのものが、こちらを脅かし害して侵して喰らって奪う。


 バクラナカンはひらひらと両手を降参するように上げながら、


「まあ、あたくしもここで『もっと殴って☆』なんて言うほど被虐趣味は持ち合わせておりませんので、正直に申し上げますが。桃人花なら、そこにいますよ」


 節くれだって奇妙に長い指が、先程キリカの消えた跡らしき地面を指差してみせる。


「…………は? どこにいるって……」


「下か! 挟み込み式かよ……」


「え……下? 地面ン中ってこと!?」


「ああ……この手の奴はずっと口開けて、獲物が吸い寄せられて来るのを待ってるんだ。それでかかった瞬間、バクンッと捕獲して地中に潜る」


 解りやすいように両手でその動きを模倣してやると、イサリはぎりと奥歯を噛み締めた。


「トラバサミみたいな奴ってことか……だったら、出て来たくなるようにしてやんぜ」


 ばっとその場にしゃがみ込むと、勢いよく両掌を地面に宛てがう。何をする気かと見守る二人の目の前でゴッ! と派手な火柱が上がった。


「熱っ! 馬鹿、やめろ! 俺たちまで丸焦げにするつもりか!?」


「違う、間違えた! 逆、逆! 中にぶち込もうと思ったの!」


「コントロール下手くそかよ! 出来ねえならやるな!」


「だって!」


「見てろ。手本見せてやる」


 呼吸を整え、印を結ぶ。


「立て、霜柱」


 瞬間ーー僅かに地面が震えたかと思うと、ズド……ォッ、と凄まじい勢いで隆起した。


 地中に多量に含まれていた水分が凍りついた勢いで膨張し、まるで氷山の一角が唐突に顔を出したかのようなありさまだ。


 それに押し上げられる形で引っかけられているのは、確かに桃人花の本体であった。


→続く

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