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『昨日、邪馬斗やまと市花咲町にある運動公園で、爆発事故が起こった件について続報です。警察と消防の発表によりますと、野球グラウンド内に埋まっていた不発弾が何らかの理由で爆発したものとのことで、引き続き詳しく捜査が行われる模様です』


 ブラウン管の中で、女性アナウンサーがやや緊張した顔つきで原稿を読み上げる。


 スタジオ内ではそれを受けた有識者たちによる管理責任がどうのだのと言う意見がしきりに交わされていたが、イサリの中でそれは上滑りして何の感慨も残さなかったらしい。


「このアナウンサー可愛いよなー。朝とか起こしてもらいたいよなー。『朝ご飯出来てるよ♪』とか言われたいよなー」


「…………朝からよくそんなどうでもいいことを言えるな」


「えー、大事じゃん? 朝一で誰のどんなツラ拝むかは、その日のやる気に直結するだろー。っつーか、外向けにはあんな風に発表するんだな。知らんかった」


「正直にデカいムカデの化物が出ました、とは言えませんからね。ガスや水道管だと業者にクレームが入るので、誰も傷つかないようにするにはああ言った理由が一番です」


「成程なあ……あー、うん。あれは確かにセンチメンタルだった。モザイク全力でかけたかった」


「それを言うならセンシティブだろ」


「二人とも一日で随分仲良くなりましたね」


 ふふ、と笑いながらワタリがお茶を出してくれる。今日はほんの少しカモミールをブレンドしているらしく、イサリは少し匂いを嗅ぐとうげーと顔を顰めてみせた。


隊長たいちょー、オレ普通のやつがいい」


「おや、イサリ君この匂い苦手ですか?」


「何かクサイ」


「いや、お前何しれっと隊長にやらせようとしてんだ! いいです、俺やります。っつーか、自分でやれよ」


「おーい、それはいいけどお前ら報告書書き終わったのか?」


 ぎゃいぎゃいとくつろぎスペースで騒ぐ二人に、ハノから呆れたような声が飛んで来る。


「そう言うのの類管理してるのヒナノちゃんだからな、あんまり迷惑かけない内に出しなさいよ」


「え、ゼンさん書いてくれてんのかと思ってた。っつーか、昨日出したじゃん」


「何でだよ……昨日のは『始末書』。本来書かなくていいんだよ。それに、俺たちとお前たちじゃ現場でやってたこと全然違うだろ? それぞれ提出するに決まってるじゃないか」


「えええええ……」


 めんどくさい、と口にしなかっただけマシではあるが、その思いを微塵も隠そうとはしない顔で不満をぶちまけるイサリに、トキヤも溜息をこぼす。


「手伝わないからな」


「まだ何も言ってねえだろ」


「今から言おうとしてただろ」


「何なのお前? エスパー?」


「解らいでか」


 その時、不意に扉が開いて席を外していたヒナノが戻って来た。その手にはたくさんの重たそうなバインダーが抱えられている。


 それを見てぴゃっと駆け寄ると、イサリは瞬く間にそれを受け取った。


「ヒナさん、言ってくれたらオレ運んだのに」


「大丈夫、ありがとうございます」


「ちょっと、邪魔なんだけど」


「………ん?」


 聞き覚えのない声に思わずぱちくりとまばたきをする。


 そこでようやく、イサリはヒナノの傍らにもう一人誰かが立っていることに気がついた。


 腰に手を当てて、不機嫌さを隠そうともせず佇んでいるのはどう見繕っても十代前半の少女である。長い藤色の髪がツインテールに結われ、その勝気そうな表情をさらに上積みしていた。


「ぁんだ? ここはお子様の来るとこじゃねえよ、チビッ子。迷子なら一階の受付に行……ったああああああ!?」


 あちゃー、と言う顔をしたヒナノが止める間もなかった。


 言葉の途中です、と片足を持ち上げた少女は、何の躊躇も少しの手加減もなくイサリの向こう脛を思い切り蹴り飛ばしたのだ。


 角度と言いスピードと言い文句なしの一撃をまともに食らった相方が、バインダーをぶち撒けて床を無様にゴロゴロしている様を眺めながら、本日何度目かの溜息をつく。


「誰がチビッ子ですって?」


 地獄の底から響くような怒気にまみれた声が少女の口唇からこぼれる。


「あたしはこの隊でエース張ってもう三年になんのよ、この新参者! ちょっとデカいからって偉そうな口叩くんじゃないわよ!」


「え……エースって……この子が!? まだガ……あ、いや子供じゃん!」


「いやいや、キリカ様を見た目で侮ってはなりませんぞ」


 さらに割って入った別の声に、イサリは背筋がぞわりと総毛立つのを堪えられなかった。


 他人の動きや気配にはかなり敏感な方だと自負していたのだが、またもや全く気取ることが出来なかったのだ。


 特ににゅ、と唐突に視界に割って入った長身の男に至っては全細胞が本能的に警告を発している気がする。


「何せ、あのヒメジマ家の現当主にして、ナカツド創設以来最年少で実務行動隊に配属された実力者ですからな……場数で言えば、貴方様より随分経験豊富かと存じます。あ、申し遅れました。あたくしバクラナカンと言う者です。以後、お見知り置きを」


 す、と差し出された手を取れない。


「お前……ヨモツドが、何でこんなところにいる」


「え……?」


 イサリが吐き出したとんでもない言葉に、立ち上がりかけていたトキヤは思わずフリーズした。


 確かに彼は人間離れした手足の長い体型をしているが、全くもってヨモツドが放つ独特の怖気を感じなかったのだ。


 つまり、イサリの言葉が正しければそれだけ『上手くヒトに擬態している』高位の個体、と言うことになる。


「………………」


 本来ならとんでもない暴言を投げつけられたはずの青年ーーバクラナカンは、一瞬じ、とイサリの顔を凝視したものの、すぐににこりと柔らかな笑みを浮かべてそのまま相方の手を取った。


 助け起こしざま、ぎゅ、と握手をする。


「初見で見抜かれたのは初めてですな。何、あたくしはキリカ様の隷属故、皆々様へ危害を加えることなど到底出来ませぬ。ご安心召されよ」


「えー、と言う訳で昨日紹介し損ねていたもう一組のうちの隊員、キリカ・ヒメジマさんとバクラナカンさん」


 やっとのことでヒナノが二人を紹介してくれたものの、和やかな雰囲気にはほど遠い空気が漂っている。


ーーヒメジマってことは、あの……


 ナカツドを支えている所謂『実力者揃いの血統』と言うものはいくつかある。ヒメジマはその内の一つだ。


 詳細はトキヤも知らなかったが、まさかこんなに強力なヨモツドを憑かせて使役しているとは思わなかった。


 どのようにして飼い慣らしているにしろ、彼女の実力は恐らく組織の中でも上から数えた方が早いに違いない。


「そう言う訳であたしの方が先輩なんだから、昨日ちょっと大きめの獲物を退治したからって調子に乗らないでよね」


「よろしくお願いします」


 礼儀として頭を下げておくと、キリカは一瞬ぐ、と言葉に詰まったような顔をしたものの、ぷいとそっぽを向いてしまった。


「なーなー、キリカって何か格闘技齧ってんの? あんないいの決められたの久々なんだけど。ちょっと立ち会いしようぜ」


「はあ!? する訳ないでしょ、馴れ馴れしいわね! あたしはアンタと違って忙しいのよ」


「それはそれとして、さっきのはちょっとお行儀が悪いですよ、キリカ君」


「う……ゴメンなさい隊長」


 何故か格好の遊び相手を見つけたような眼差しでグイグイ踏み込むイサリに、少女はたじろぐような顔で自分の机に向かう。


 さすがにあんなキツい当たりをされたにもかかわらずケロリとしている相手など、今までいなかったのだろう。


 がーー


 その瞬間、ピンポンパンポーンとお馴染みのお知らせチャイムがなったかと思うと、スピーカーがぶち割れんばかりの怒声が第七支部に降り注いだ。


「特七イサリ・カガヤ!! これ以上私の時間を浪費させるな! 大至急検査室へ来い! 五秒だけ待ってやる!!」


 解析班のチカゲ・ゲンバだ。


 隊員のメディカルチェックなどを行ってくれるのも彼女である。昨日帰隊と共に二人も簡単な検査を受けていた。


「あ、忘れてた」


「……検査室って、お前昨日何か異常でもあったのか?」


「いや、そう言う訳じゃないけど」


「じゃあ何で」


「毒持ちのヨモツドの口ん中に腕突っ込むとかバカなのかって怒られた。その日にゃ反応出ない場合もあるから念のためって」


 よりにもよってそんな大事なことを忘れているとはどう言う了見だ、と喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。


「五秒って言われただろ。早く行って来いよ」


「いくらオレでも十秒は欲しいかなー」


 へらりと軽口を叩きながらも、イサリはちょい待ってて、と待機室を出て行く。


ーーぶっとい注射でも打たれて来い……


 胸中で独りごちてから、トキヤは床に散らばったままのバインダーを拾い上げるべく今度こそ席を立った。



→続く

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