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13/空の子連続変死事件_後



 そわかさんのおかげで、欲しい情報については手に入った。

 正確には、欲しくない情報が手に入ってしまった、というべきか……。


「……まあ、今回は朱堂くんも居るし、なんとかなるよね」


 あの人私が不利となれば喜んで放置して逃げそうな気もするけども。あれ?全然心強い味方じゃないな?むしろ不安だな?何度か殺されかけてる (殺されてる)し。

 待ち合わせの夕方四時までまだ三十分ほど時間がある。朱堂くんは確か、午後の診療を早めに切り上げる、と言っていたから、休診にはしていないはずだ。適当なカフェにでも入って待とうかな、と到着した川崎駅でうろうろと看板を探す。信号の先にちょうど長居できそうなチェーン店のカフェがあった。

 しかし、不都合にも信号は赤である。

 倫理観のある殺人鬼なので、私は大人しく信号を待った。短い距離の横断歩道なのに、結構に待つ。ボタン式じゃないよな?とすこしきょろきょろしたところで、

 ――その女の子と目が合った。

 横断歩道を挟んで反対側の道。六歳だか七歳だかの小さな女の子で、くりくりしたぱっちりお目目のツインテールだ。髪の色が蛍光ピンクなのが物凄い目立ち方をしている。まあ、それも年少さで許されている、といったところだろう。総合すると、百点満点のかわいさである。

 そんなふうにしていたら、信号が青になった。女の子をつい目で追ってしまいながら、女の子の横を通り過ぎたとき、ぽそりと、凛とした声で、私はなにごとか呟かれる。


「また会うとき。よろしくな」

「えっ――」


 私は反射的に振り返った。

 もう、その先には、あの目立つ蛍光ピンクの髪色は、どこにも存在しなかった。

 ……なんだったんだ?

 私は予定通りカフェに入り、期間限定の胡麻カフェラテを頼んで時間を潰す。結構美味しかったので良しとする。それと、ニャインで朱堂くんに『早く到着したからカフェに居るよ』とメッセージを送っておいた。これで、快適な待ち合わせ時間を送れるわけだ。


「――おい。着くの、早すぎ」


 ややあって時間よりすこし早くに来た、朱堂くんはぜえぜえと肩で息をしていた。どうやら、時間通りだとしても、他人を待たせたりするのは嫌な性分らしい。別に、ゆっくり来ればいいのに。こっちもゆっくりしているんだから。


「とにかく、ほい、仮死薬と覚醒薬」

「どうも」

「覚醒薬は不溶性カプセルに入ってるから、奥歯に詰めといて。そんで、復帰するとき噛み砕くかんじで。ただ三十分以上死んでたら本当に死ぬからね」


 となると、心臓を止める機能がある仮死薬か。おそらく、悪魔の因子持ちでなければ、本来三十分ももたないのだろう。了解、とさっそく覚醒薬を奥歯あたりに詰めておいた。さて、問題はどこで仮死薬を飲むか、だが――


「それならこっち来るときに良さげな人気の無い場所あったし、そこにしよ」

「いいね、そこで決定」


 やはり車で来ていたらしい。朱堂くんのジャガーに乗り、適当な駐車場に停め、私は彼のオススメスポットという場所へやって来た。

 そこは、駅から徒歩数分の場所であり、大通りから小道へ抜け、ともすれば私道と間違えるくらいの狭い道であり、左右には竹林が生えているせいで、夕方なのに暗がりの道だ。川崎駅周辺は賑やかな雰囲気だが、少し歩くとこんなにも静かな所もあるのか。


「このへんでいっか」


 私は適当な位置で地べたに座り込むと仮死薬の準備をした。朱堂くんは竹林に身を隠し、オーケイ!のポーズを取る。あとは、犯人の特技の運命力に願うのみ。それと、多少の問題が発生する可能性というか、根拠があるから、できるだけ仮死時間短めで来てくれると助かる。というわけで、

 ――ごくり。

 水無し一カプセルの仮死薬を、私は飲み込んだ。

 しばらくは水溶性カプセルが溶けず、何も起こらなかったが、じわじわと胃液で溶けてゆき、アッ、と思ったときには、私は胸を押さえて倒れていた。

 しかし、さすが仮死状態なだけあり、ぼんやりと霞んだ意識は残っている。一秒一秒が、まどろんで長く感じる。そして、経過するごと、体が冷たく思えてくる。思考がだんだん削れてくる……。

 今、どのくらい経ったのだろう。

 視野の中央に、水色の点が見える。あれは何だ……?


「おーい!釣れたぞっ!!」


 朱堂くんの叫び。その声で、すべて引き戻された。私は全力と全神経を集中させて、どうにか奥歯を食い縛り、仕込んでいた覚醒薬のカプセルを噛み砕く。中身は液状なので、すぐ吸収される。頭がばちんと跳ねるような感覚で電気が通り、心臓が大慌てで動き出した。脳内がまだまだ混乱している。何してたっけ?えっと。そうだ、犯人逮捕、囮捜査!私は立ち上がり、ぐらぐらしながら目を擦って視界を正常に保とうとした。

 まだぼんやりだが、ましになった視野から察するに、私の目の前に居るのは、朱堂くんと、この近くの女子校、碧海中学のの制服を着た水色制服の女生徒だった。手にはぬいぐるみを入れているであろう可愛らしいパッケージのビニール袋と、そして、今現在、朱堂くんと渡り合うための――包丁。


「――ち、ちょっと、朱堂くん……殺しちゃダメだって、生捕り生捕り……!」

「あっ、そうだった」


 いっけね、と星を飛ばし、器用に足払いを打ってのけ、女の子を見事に転ばせると、そのまま足だけ上着でぐるっと巻いてしまう。ロープが手持ちにないので、こうするしかない。

 どうもパワータイプでは無さそうだし、これで充分だろう。腕のほうは後ろ手に朱堂くんが押さえたまま、とりあえず、私は呼吸が落ち着くのを待って、なんとか歩きながら女の子の前に行った。


「初めまして。私はマイナ。こっちが朱堂くん。貴方のお名前は?」

「……我妻あがづま英花えいかです。なんですか、急に、襲ってきて……」

「しらばっくれなくていいよ。空の子連続変死事件の犯人、貴方でしょ?」


 朱堂くんがいきなり跳びついて襲い掛かったことで、投げ出された鞄やらと一緒に堕ちているぬいぐるみを拾い、ひらひらと見せびらかす。それになにより、彼女は凶器の包丁を持っている。警察で事件に使われた凶器かどうかなんて、今ならすぐ分かるだろう。


「三番目の被害者だった悠里真奈に、示し合わせて自殺させたね?」

「……なぜ、そう思うんです?」

「悠里真奈だけ、男性に暴行された過去があった」


 そう。悠里真奈のPTSDの原因。しっかりとカルテに書かれていた。

 しかし、カルテには書かれていなかったことがある。それが彼女、我妻英花が友人のために無関係のたった三人を殺害し、そうしてまで隠してやりたかった事実なのだろう。

 空の子連続変死事件の真相。

 私の予想だと、おそらく。

 ――悠里真奈は妊娠していた。


「――穢れてしまったと、何度も真奈は泣いてました。だから、無かったことにしてほしいと」


 すっかり観念したようすで、我妻英花は大人しくなり、静かに涙を落としている。そうだ。一番目の人間が空の子だったから――三番目の子も空の子である、という、木を隠すなら森の中戦法か。

 彼女は、友人の誇りを守るため、三人を殺害したのだ。

 三人か。その年齢で、凄いものである。才覚がある。

 ――そこで、嫌な気配がした。


「おっと!」


 危ない!なんて忠告するまでもなく、華麗な身のこなしで朱堂くんは我妻英花から離脱し、その初撃を避けた。そもそも私は狙われていなかったので、そこは安心だった。まだ足元はふらふらする。戦えるか?狙われたらやばいかも。

 私が、わざわざ情報屋にまで行って買って来た情報――というか、あるかどうか、訊ねた情報。

 そして、やはりあった情報。

 ――そわかさんにはちょっと悪いと思っているが、実を言うと、そわかさんの仇に本日遭遇する予定だった。

 そして、それが確定してしまった。

 我妻英花はものの見事、奇襲を受けぐちゃぐちゃになっている。私と同じ、素直なパワータイプ。厄介である。


「――だれ?おなかへった!ターゲットではない!きみたちは違うね!」


 ――酒天しゅてん愚伝ぐでん

 「呑み屋」と呼ばれる、暗殺者、兼、情報抹消屋。噂では、その祖先はあの酒呑童子と交わったとか、どうだとか……眉唾であるが、かつて家門に虐げられていた彼が一夜にして、家の者を宴のようにすべて食い殺し、たったひとりの酒天家家長となったのは、現在においても間違いない事実だそうだ。

 ――彼は死体を食う。

 ――それで、魂の抹消を行うらしい。

 私が情報屋で訊ねたのは、このことだ。

 ――誰か、この事件の犯人に、「懸賞金」をかけた方は居ませんか、と……。

 結果として、やはり居た。裏に繋がっている人物で、金を持っている親族が復讐を考えて懸賞金をかけていたのだ。

 ともあれ、そのまま死体を持っていかれると割と困る。私は先生にこれを見せて証明せねばならないのだから。

 私が飛び出しナイフを構える姿勢をとると、渋々朱堂くんもサバイバルナイフを持って構えをとった。今日は武器を持っているらしい。


「しょーがないな、今日は共同戦線張ってやるか!」

「よし。勝てる気しかしない」


 五分後、私は思いっきり地に伏せていたのであった。

 ――ナメていた。仮死状態からの復帰をナメていた。病み上がりってこんなにもきついのか。全然体がついてこなかった。というか内臓が潰れている感覚がする。思いっきり腹を殴られたから。朱堂くんが押され気味に戦っているのが見えるが、大丈夫だろうか。うまく逃げ切れるといいけど……。

 また吐血する。死ぬのは全然慣れ親しんだ暗さと冷たさだ。生きるより難しくない。意識が落ち始める。ああ、もう――。

 ぱきん、とお守りの双水晶が割れる音がする。

 先生を見返せなかった。

 最期に、ちょっとだけ悔しかったのだった。



  ◆◆



 ――ここはどこだろう?

 地面は真っ黒で、薄く水が張っている。歩くたび波紋ができる。決して暗いというわけではない。空は夕闇色で、例えるならウユニ塩湖を色調反転したみたいな感覚だった。綺麗な場所だった。しかし、空には氷漬けになった悪魔じみた何かが、太い鎖でぐるぐる巻きにされて天から吊るされている。これがいくつもだ。

 そしてひと際大きい氷が、中央とも呼べる位置に吊り下げられていた。戒められているかのようだ。というか、そうなのだろう。


「こやつは、かつて『五度目の地獄返し』にて五代目の閻魔を葬った熾天使。カルトグラム=フィデス=フォルトゥナ。むろん今は大悪魔扱いだがな」

「えっ?……わあっ」


 いつの間にか隣に居た、あの信号待ちで会った蛍光ピンクの女の子が、腕を組みながら同じく氷を見上げていた。そしてこの氷の下に、ちょうど執務机らしきものがあるのを知った。えっ、ここで仕事してるの?すごくやり心地悪そう……。

 女の子は執務机の椅子に座ると、ふむ、と言って指を鳴らし、私のためだろう、同じくソファ生地の椅子を出してくれた。遠慮なく座らせていただく。


「予想はつくだろうが、ここは地獄だ」

「でしょうね」

「そして我輩は閻魔えんま。名はゲシュタルト=ジズ=ゲヘナⅥ世。光栄に思うがよいぞ」

「はあ……」


 って、これは真名か?そんなわけないよな?初対面の人間に真名教える閻魔とか大物すぎるし……。


「それで、どうして今回は私、閻魔様の場所に直通だったんです?」

「ゲシュタルトでよい。我輩の代ではな、現在『永世えいせいキャンペーン』中なのだ」

「……はい?」

「つまり、魂の不死と、肉体の不死という完全の不死『永世』を与える得々キャンペーン中というわけだ。誰でもじゃないぞ?我輩が目に留まった奴だけだ」


 ――となると、その代償が気になるところである。

 よっぽどなことを代償にするんだろう。要するにこれは蘇りのチャンスでもあるわけだし……。(今回はかなりしっかり死んだし)。


「まず、人間の寿命を奪う権利は我輩には無い。寿命分は自由にすること――そして、定められた寿命が終われば、自動的にお前は地獄に落ちる」

「おお……それで?」


 ごくりと唾を飲み込む。どんなひどい目に遭うというのか。

 一生魂を業火に焼かれるとか?

 それについては、全然構わないと思う。それだけのことをした人間だから。殺人鬼だから。どんな扱いも甘んじて受ける。そうとしてしか生きられない人間だったけれど、言い訳にはならない。罪には罰が待っているものだ。覚悟が無いわけじゃないのだ。

 ゲシュタルト様は重々しく口を開く。


「お前は終わりなく、獄卒――看守として地獄につくすのだ。地獄の人間を罰するために――どうした?」

「いや、なんか、ズコーッってしちゃって……」


 思ったより軽い契約だった……。

 「永世」の付与、本当に得々キャンペーンなんじゃないか?と考えたが、ふふっ、とゲシュタルト様は面白そうに笑って言う。


「軽く思っているな?――『永世』の付与は良いことばかりではない。かわりに地獄の浄罪、天国の救済、現世での断罪という与えられていた「慈悲の三顔」による罪のあがないを放棄したことになるのだからな」

「構いませんよ。どうせ地獄行き、決まってますし」

「……そうか」


 そのとき、なぜかゲシュタルト様は、悲しそうな顔をしていた。

 ――では、契約成立だ。

 ゲシュタルト様の声が遠くに聞こえる。再度の後ろに引っ張られる感覚で、私は意識を飛ばした。



  ◆◆



 目が覚める。

 またいつものリスポーン地だ。安心の天井。聖ネオポリス大学附属病院である。


「――ああ、起きましたか」


 文庫本を読んでいた先生が、ふう、と嘆息して椅子から立った。それから、また無理をして!とデコピンを受ける。病人に対してこの態度である。

 ――あれ?

 それにしては、私の調子がいい。悪魔の因子があったにしても、内臓の潰れがあったならもっと手術が必要なはず――なのだが、明らかに軽傷で私は済んでいる。

 ……これが「永世」ってやつ?


「先生、今回、合格ですよね」

「どこが合格ですか!無事に病院送りを回避できるようになってから大口を叩きなさい!」

「あらら……」


 私は思わず笑い、先生もしばらくして、笑った。

 まあ、今回はこれでいいか。

 これが報酬ってことで。

 しばらくして、ニャインに通知がきた。朱堂くんから、「生きてる?」との有難いメッセージだ。私は「生きてる!」と元気よく返した。あれから、どうなったかは知らないが、とにかく逃げ切れたかしたのだろう。今の私が消えていないということは、そのとき私を捨てずに搬送か何かしてくれたはずなので、これも感謝しておかねばなるまい。あとでメロンでも贈っとくかな。

 またニャインに通知が来た。今度は、亜坂先生だった。

 「遅れてごめんね~。例の子、見つかったよ」とのメッセージ。場所が書かれていたので、そのままそこへ行く。


「ちょっと、病み上がりなのに」

「平気です、軽く散歩してきます」


 これだけは確認しておかねばならない。たぶん、犯人、我妻英花にとって、逮捕や死んだりしてでも守りたかったものだろうから。ひとつは、友人の誇り。そしてもうひとつが――


「あ。居た」


 指定された保育器に入っている赤ちゃんは、元気そうに呼吸をしていた。生きていた。動いていた。

 そう。

 ――

 これが、どうしても、

 近くの看護士さんに聞けば、赤ちゃんポストに入れられていた子だという。未熟児だったが、今は元気に育っているそうだ。

 ――確認出来て、充分だった。

 報酬も、朱堂くんの配分多めでお渡ししておこう。

 残念ながら、今回、悪魔の因子についてはうまく聞き出せなかったけれど。――まあ、私なりにはよくできた方だということで。

 満足し、私は自分の病室に戻ることにした。


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