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12/空の子連続変死事件_中



「動機か……動機ねえ……」


 朱堂くんも腕を組んで唸る。それから、そういえば、と区切って、方向性はすこし変わるんだけどさ、と切り出した。


「犯人がもし、悪魔の因子を持ってたとしたら?」

「……どうなのかなー。それだと、『持ってましたから必要ないけど殺しました』が許される社会にならない?」

「そうなんだよ……。そうなんだけどさ……」


 私達はふたりして、頭を抱え込んだ。

 悪魔の因子。

 これって、どのくらいこの世界に蔓延っているのだろう。少なくとも、秘密裏に亜坂先生が研究をしているのだから、表沙汰にはならないレベル、ごく少数のはず……。

 この一連の事件は、まったく意味のない劇場型殺人事件なのか。

 それとも、隠された別の何かがあるのか。

 何が何でも合格を頂かなくてはいけない。力技でただ解決ではダメなのだ。きちんと、事件の全容を知った状態で、そしてすべてに決着をつけて。

 そのうえで叩き壊す。

 それが私に課せられた試練といえよう。

 まあ、最も良いのは犯人に会うことだ。そして、捕まえて聞き出す。

 だが先生はもちろん、そんな片付け方を正解にはしないはず……。


「……ん?待てよ?」


 私は懐にしまったままだった、被害者書類の紙を取り出した。三番目の被害者、悠里真奈のもの。私は軽く斜め読みし、自分の勘が当たったのが満足だったので、再度それを懐に戻した。朱堂くんは置いてけぼりをくらい、少しむくれている。


「説明!」

「――ああ、ごめん。たぶんこれ、本命は悠里真奈の事件を起こすためで、あとは誤魔化すためのオマケだなって」

「オマケ?――なるほど」


 それだけで、朱堂くんには伝わったらしい。さすが。ていうか、もしかしてさっき渡したばかりの被害者書類のリスト、ぜんぶ記憶しているのか……?

 ――ひとりだけだと、目立つ変死事件。

 ――だが、連続してしまえば――複数のうちのひとつに埋もれる事件。

 手口がこれだけエキセントリックだと、まず注目されるし、警察も連続した変死事件だと扱う。――動機は、今、リストを見て理解した。

 しかし確認の必要はある。


「そろそろ、人数的に犯人も切り上げちゃうかもしれない――ここは囮捜査で捕まえて、直接答え合わせといこう!」

「おっ、いいね!囮は任せた」


 まあ、おそらく自身で真実に至ったのだから、結局こうなってもいいだろう。

 私達は事件現場で考えをまとめることに決めた。


「四つの事件はどれも横浜市内で起きてるね……。私が思うに、これ、定期の範囲だと思う」

「はァ?どんなみみっちい犯人だよ」

「学生って話」


 朱堂くんが納得した。犯人が起こしたかったのは学生である三番目の被害者、悠里真奈の事件。となると、その関係者――犯人も、学生である可能性は高い。スマホで地図アプリにマークをつけてみると、確かに定期範囲と思われる距離の狭い位置で、どの犯行も起きている。


「――ここまで用意周到とは、よっぽど恨んでたんだね」

「逆でしょ」


 私は自分の口から、予想外に冷たいトーンの言葉が出てしまったことに驚いた。まるで侮蔑でもするかのような。思わず喉に手を当てたほどである。そんな私を、ありがたいことに朱堂くんがケラケラ笑っていた。こういうノリの良いところが、結構助かる。

 これは――直感なのだが――犯人の犯行理由は、恨みでは無いと断言できる。むしろ善意というか愛だ。そういった執着、執念を感じる。人間は、恨みよりも、そういった力のほうが強いことを、私はいやでも知っている。そしてやはり、それを心から軽蔑している。


「この辺りの地区……川崎か。まだ事件を起こしてないし、適度に他の事件現場と離れているしちょうどいいかも。明日の夕方、ここで張ろう」

「オッケー。今日はいいのか?」

「学生が夜遅くは出歩けないでしょ」


 ぐい、とグラスに残ったオレンジジュースを飲み干し、ごちそうさまでした、と言って外に出る。途中、電車に乗っている間、ちょっと確認があり、亜坂先生にニャインのメッセージを入れておく。ちょっと待ってね、のスタンプが返ってきたのち、しばらくして、かなりお返事遅れそう、との答えが返ってきた。まあ、担当科が全然違うしなぁ……。ゆっくり待とう。

 電車から見える空は狭く、星はあまり見えなかった。

 そのとき。

 ――あ。久々に人でも殺そう。

 と、私は思った。



  ◆◆



 人の嫌がることをしてはいけません、と道徳の授業で教える教師は零点だ。それは「自分がされても平気なことなら平然とやっていい」に繋がるサイコパスを生む。だが安心してほしい。私はサイコパスではないから。

 私は人の痛みとか、そういうのはよく分からない。同意できない。賛同も理解もできない。自分にとって良く分からないものだ。だから冒頭に戻って、やってもいいと思っている。わけではなく、犯罪だとは理解している。やってはいけないと理解している。ただ、これは性分なのだ。どうしようもないのだ。そう生まれついてしまったというか。ニワトリが空を飛べないのと同じで、ペンギンが泳ぐのと同じこと。種族のひとつだとご理解してほしい。こう生まれついてしまったから、こうするしかない。貴方はライオンが獲物を食するのを残酷と言うのか。私も同じ。獲物をとらないと生きていけない。そのかわり、社会からあぶれた人間として生きている。わきまえている。

 男性が人気のない道を通り、ふらふらしていた。酔っ払っているのだろう。飲み帰りのサラリーマンだ。私は飛び出しナイフを構えて後をつけている。しばらくしたら飛びついて、後ろから、喉元を、えいっ!


「がっ――、」


 殺人鬼の中には、いたぶるのが好きという人もいるらしいが、私は違う。男性は首から噴水のように流血し、その場で倒れた。噴水は綺麗だった。命を失う瞬間は誰だって綺麗で貴重なものだ。これを芸術だとか言うつもりは毛頭ない。ただ、綺麗だから。この瞬快が見たいからやる。幼稚園児が、無邪気にアリを潰すような気分で。

 ――素敵な人生でしたね。お疲れさまでした。

 そんな人生をたった一瞬で刈り取れるこの瞬間は最高に素晴らしい。ああ殺人鬼でよかった。

 まあ、とっくに地獄行きが確定してるけども。

 それでも引き換えになるくらい、充実しているのだ。殺人鬼は。

 それにしても――、

 四件だ。

 あまりにも、遭遇確率が、短期間に続きすぎやしないか?

 犯人の、自殺遺体の発見率の話である。

 私たちの推論によれば、犯人は殺人でなくどれも自殺遺体を利用している。でも、――だとすると、あまりにも、短期間に発見しすぎている。

 自殺遺体なんて、そうそう巡り合えるものではない。

 期間は二ヶ月ほど。その間に四件なのだから、一体差し引いたとしても、どれだけ遭遇しているんだという話になる。

 いや、……これは、特技か?

 その犯人も、悪魔の因子持ちの可能性が――?

 などと考えているうちに、足元の男性は血を吐き出さなくなり、完全に死亡していた。飛び出しナイフの血を拭い、拭ったタオルをその辺に投げ捨てる。

 現場からは速やかに撤収。そして、現場には絶対に戻らない。

 これが殺人鬼の鉄則である。

 ――さようなら誰かさん。

 ――天国はあるそうですよ。

 ――地獄もありますけど。



  ◆◆



 自宅に戻り、泥のように眠り、朝。

 というかもう昼だった。職も適当なひとり暮らしをしていると、怠惰が勝ってこんなかんじの体内時計になってしまう。とりあえず、昨日使ったので飛び出しナイフを砥石で手入れし、シャワーを浴びて、朝兼昼ごはんに牛乳をかけたフレークを食べていると、テレビでニュースがやっていた。

 桜前線がどうとか。平和である。昨日の私の殺人事件は取り沙汰されていない。良く分からないが、なぜか明らかに殺人鬼による犯行の事件は、警察上部によりもみ消される。ニュースにも出ない。おそらくだが、殺人鬼をいくら捕まえても、一定数また殺人鬼が増えることに警察が気が付いたせいだ――と先生は言っていた。悪魔の因子の影響なのか否か。つまり私達は、お目こぼしで許されている状態、というわけだ。

 にゃいんっ、と、ニャインの通知音が鳴った。

 スマホの通知画面を見ると、一文、メッセージが来ていた。噂をすれば先生からだ。


『どうですか?調査、進んでますか?危ないことは駄目ですからね』


 相変わらず過保護である。私も返すことにする。


『全然楽勝です。明日にかからず解決してみせます』


 送信っと。完璧。

 実際、今日限りで解決してみせる予定であった。実際、犯人をおびき出すのはかなり簡単なのである。

 ――定期の範囲内、と思われる場所で自殺すればいいのだ。

 究極の囮捜査である。

 ただし時間勝負。あまり長く死亡していると現世に戻ってこれなくなるし、仮死状態を維持できるものとなると、特別な薬物が手ごろだろう。そのあたりは、昨日ニャインで朱堂くんにお願いした。

 ――よし。

 私は軽くストレッチをし、もう一度飛び出しナイフの調子を確認して、懐にしまい直した。今日で決めるのだ。うっかり仮死薬でそのまま死んでしまわないように気を付けなくては。悪魔の因子のおかげで人より体力があるとはいえ、さすがに長時間経てば普通に死ぬだろうし。一回死んだこともあるし。


「……あっ」


 それよりも。

 私はちょっと気になったことがあり、再度ニャインを起動した。

 開くトークページは、「そわかさん」である。彼女も今は学校かもしれないので、遠慮してメッセージで用件を伝えた。


『そわかさん。情報屋のツテあったりしません?』


 十分後ほどに、おそらく授業合間の小休憩だろう、そわかさんは律儀に返事をしてくれた。


『ありますよ。横浜駅の地下時計台「マシナリー・ハウス」は分かりますか?そこ付属の機械修理店店主に、私の紹介で来たと伝えてください』


 地下時計台……と首を傾げるが、そういえば、横浜駅とデパートの狭間あたりに、大きくて一時間ごとに人形が踊る時計があった。あれのことだろう。あそこに付属した機械修理店、あったのか……。などと思いつつ、そわかさんには『ありがとうございます』とメッセージを残し、私は時間を確認した。現在昼一時。朱堂くんとの待ち合わせは川崎駅に夕方四時だから、まだ間に合うか。

 しかし、情報を買うなんて初めてだから、勝手が分からない……。カードって使えるのかな……。

 とにかく私は身支度を済ませ、足早に横浜駅へと出向いた。

 時計台のある場所に来ると、確かに豪奢な時計盤の下はガラス張りで、店らしくなっている。しかし、あまり繁盛してそうにないのは見てとれた。確かに、この立地だと、なんだか変に目立って入りづらいところではある。

 私は構わず入るけども。


「――すみません。香田こうでんそわかさんの紹介で来ました」

「え!?あ!いらっしゃ……うわあっ!」


 がしゃんっ、と奥から物凄い音が響く。金属音なので、何か調整中のものを落としたのだろう。ちらちらと見える金髪と黒のプリン頭。あれが店主か。と思っていると、奥から先に出てきたのは、私の腰くらいに満たない背の低いアンドロイドだった。


「お待たせしております。メンテナンス対話特化型アンドロイド、ネムと申します。」


 アンドロイドらしく、ちょっと宙を浮いている。そして、丁寧にお茶まで運んできている。近年のメカの発達はすごいなあと思いつつ、彼女の案内で応接スペースらしきところまで案内された。ちょっと硬いソファに腰かける。お茶は熱すぎるでもない、ちょうど良い温度だ。

 ここでやっと、プリン頭の男性が、ごめんなさい!と慌てつつこちらの対面になんとか座った。


「――えっと、そわかさんの紹介ですよね」

「はい。欲しい情報があって……というか、その情報があるかどうか、教えてほしくて。そういうのって、受け付けてます?」

「ああ、いいですよいいですよ。初回サービスでお安くします」


 ……お金足りるかな。

 怖々しつついくつかの書類を山のように出している男性に視線を送っていると、何かを察したか、ネムはコホン、と咳払いの真似をして主人に作業を中断させた。


「え?……ああ!すみません。僕って結構集中しちゃうタイプで……僕は臥河がが演舌えんぜつといいます。よろしくお願いします」

「私は遠城寺えんじょうじマイナです。……あの、どのくらいお金ってかかるんでしょう?」

「そうですね、今回の場合だと……」


 うーん、と悩む主人に、ネムが後ろからピコピコと音を鳴らし始めた。あ、計算してる。明らかに計算してる。便利なメカだな……。


「割引を入れてざっと……この程度でよろしいのでは」

「えっ。そんなにお安いんですか」


 よかった、今回の報酬山分けしたうえでかなりお釣りがくる程度で……。


「カード使えますか?」

「使えます使えます。なんなら、電子マネーでもいいですよ」

「今時ですね!」


 でも書類はアナログ管理なんだ……。

 と、彼の両サイドに積みあがる情報の山を見て、私はとてつもなくそう思った。



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