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03/まるで自らの墓穴を掘るみたいな_前半


 これは――いつだったか覚えていない。とにかく、小雨が降っていた。ちょっとばかり肌寒かった。そんな時期のことである。

 私は大抵の場合、先生の思惑はくめている、と自負がある――いや、そうだったか――ううん、そう考えてみるとなんだか不安になってきた――あんまり、くめてないかもしれない――くめてないかも――ああ、分かってないな……分かってなかった!――はい、おおよそ理解してなかったということで、私は、崇高な先生の考えというものはまるで理解が及ばないのであった。

 というのも、なんでこんなにこのたび不安になってしまったのかというと、――今回、ひとりきりで初めて依頼を任されたのだ。

 まあそれはいい。いつも通り、私に適した依頼に違いない――と私は安請け合いして事務所に向かったのだが――そこで詳細を聞いて住所の地図を渡されると、私はげんなりするはめになってしまったのである。


「――は?」

「ですから、穴を掘るだけです。その住所の場所へ行って、穴を掘って、埋めてきてください。深さは二メートルくらいですかね。目標は十時間くらいで。はい、シャベル」

「肉体労働じゃないですか!」


 しかもよりによって雨が降っている日に!

 私は本当にこの人の目指すところが分からなくなった。なんでいきなりキャンプで健全な精神を、みたいなノリになってしまったんだ。とくに説明もされればいいものを、先生は、べつだん他に解説も何もしてはくれない。ただ、優雅に珈琲を飲んで、


「いってらっしゃい」


 と手を振ってくる。

 私は、いくら受け取ったシャベルを先生に振り下ろしてやろうかと思いかねたところで、嘆息し、観念して、人間性獲得のため、とぼとぼと事務所を後にした。外へ出ると、また嫌なことに、小雨は霧雨になっており、傘はほとんど意味をなさなくなっている。先生。私は、お忘れかもしれないが、人間性はなくとも、少なくはない感情はあるんですよ――。忠告したい気持ちでいっぱいになりつつも、スマホを確認する。時刻は朝十時。の五分前。

 今日は平日だ。

 ……。五分前か。

 私の脳味噌を、いけない考えが過った。

 ひとりなら、十時間だが。

 ふたりなら、時間は半分、とはいかないまでも……労力は半分?

 ――いけるか?いっちゃうか?……あいつなら、とびつくに決まっている。だとするなら――利口な手段に出るのは、悪くないのでは?

 ――電話するだけでも、するか!

 私は一応、事務所からかなり離れた場所まで行き、静かな裏路地で、アドレス帳から「朱堂すどうくん」を選んでタップし、電話をかけた。


『――はーい。こちらアカシアクリニック。お掛けになった患者様は手遅れなので残念ですがどうしようもございませーん』

「うるさいな私だよ分かってるだろ殺すぞ」

『あっはっは、やってみろコラ受けて立つ』


 などと、軽いいつもの殺伐とした挨拶を交わしてから。


『――で、どうしたの?あと三分で開院なんだけど』


 と、あっけらかんと返してきた、彼こそが、私の数少ない友人こと、朱堂すどう朱雀すざく――精神科医である。

 私はお世話になっていない。

 私はビョーキではない。(むしろ彼が正真正銘のビョーキではないかと私は疑っているほどである)。ではどこで知り合ったかというと、ちょうど、たのしい日曜日に彼の犯行を目撃したときが、縁の始まりであった。

 場所はテーマパーク、横浜ハイパードレッシングランド。

 入園料無料ながら、遊ぶアトラクションがチケット制でちょっとお高め。ゆえに普段はガラガラで、クリスマス等のイベント日になると異様に混むという謎の役割を果たす、そんな場所であった。

 先生と出会う前からの付き合いだ。遡るに、私が中学生ごろのことになる。

 その日、横浜ハイパードレッシングランドは、日曜日ながら、イベント日でもないので、がらんと人気も少なく開店休業状態であった。時折、子連れの客がチケットを買い、なにやら押しボタン式横断歩道を彷彿とさせる感覚で、まったく動いていなかった回転式絶叫系のゴンドラ椅子を稼働させている。あれが、このテーマパーク第二位の人気アトラクションなのだから、ちょっと悲しいところである。(ちなみに、ぶっちぎり第一位はもちろん、華の観覧車だ。)

 私がそこに立ち寄ったのは、完全に偶然だった。ひとり映画を見た帰りに、ふらりと、なんとなく、立ち寄ったのだ。たまにはこんな所もいいかな、なんていう気になった。それが、

 ――まさか、同業者と被るとは、奇跡的すぎて思わなかった。

 横浜ハイパードレッシングランドは、イタリアの海辺の町並みをモチーフにしたパステル調の家々を並べたような施設外観になっており、「貴方に夢と希望と情けの雨あられをおかけします」の定番キャッチコピーで有名な屋内施設群のパークゾーンは、それはもうちょっとした実際の町であった。ゆえに――

 ところどころ、そこかしこに建物同士の間を繋ぐデッドスペースがあり、日陰になった袋小路がある。それは自販機を置いてあったりもすれば、ベンチがあったりもするし、従業員用の扉があったりもした。全てに共通するのは、死角。ということだ。

 私は客よりも、当然キャストに狙いを定めた。そして、パークのモチーフキャラクター「来るトンくん」の着ぐるみを着て袋小路へ入っていくキャストの後をつける――私の思惑通り、その「来るトンくん」は袋小路に入り、従業員用の扉を目指すようだった。

 他のキャストが出入りする危険性もあるが。

 充分だ。これだけの人気の無さなら――

 私はややあって、目の前を曲がり袋小路に入りこんだ「来るトンくん」をネズミのように捕縛しようと――すぐに駆け足で自分も袋小路に飛び込んだ、ところで。

 既に、「来るトンくん」――そのファンシーな豚の着ぐるみは、頭が背中の方向をくるっと向いて地面に倒れ伏していた。

 無言の早業だった。私が目を離して数瞬経っていない。明らかに手慣れている。

 袋小路の暗がりで、その物言わなくなった「重たい中身入りぬいぐるみ」を見やった。奥から、やけに細身の、長身の男性が、舌打ちをして静かに私へと一歩近づいてくる。そう。私と死体以外に、男が居た。トカゲに似た男だった。毛が長めの坊主頭で、そこに、まだらに赤いメッシュを打ち込んでいるというなんとも奇妙奇天烈な髪型をしている。そんな恰好じゃあ目立つだろと普通に突っ込みたくなった。ところで、

 ――こうして、私、遠城寺えんじょうじマイナと、彼、朱堂すどう朱雀すざくという同業者――殺人鬼は、奇跡的に一同に会し、遭遇することとなったのである。

 結果として。

 初対面の私達は、元気に殺し合った。

 正直あのとき、彼が有効な武器を持っていたら負けていたと思う――彼は殺し方にこだわりを持たないタイプの殺人鬼だが、手先と体術が器用で、純粋に力で殴りにいくだけのパワータイプな私とは相性が悪いといってむべなるかなだった。私の力を利用され何度も転ばされたり逆にダメージを返され骨を折られたりしたが、私もちくちくとダメージを蓄積させてゆき (意地)、まだまだこれから、といったところで、

 ――遠くから足音が聞こえた。

 私達は示し合わせたわけでもなく、同じ方向に脱兎のごとく逃げ出した。監視カメラについては、互いにフードをずっと被っていたし大丈夫だろう。(殺人鬼の鉄則。)私達はお互いに安否確認してから――というのもおかしな話であるが――ちょっと笑って、ぼろぼろの姿のまま、


「引き分けにしよっか」

「そうしとく」


 と、相成った。

 こうして私達は、お互いに殺人鬼と認知し合い、連絡先を交換し、友人となったわけである。

 今では、一緒に巨大なハムスターをひと狩りしにいく人気ゲーム、「モンスターハムスター」、通称「モンハム」を一緒に通話しつつプレイするほど仲が良い。あいつうっかりキャンプ送りにされるとすぐコントローラー投げて爆音響かせて壊すけど。(でも分かっている金持ちなので複数個ストックしているらしい。)

 閑話休題。

 私は簡潔に、本題――先生からのバイトの話をもちかけた。

 ――穴を掘るバイトの話。

 ただただ、穴を掘るだけのバイトの話。


『は?なーにそれクッソつまんなそう切るわ』

「報酬はこれほどになります……」

『え?ボクの日給上回るの?人生くだらな医者やめよ』


 でも肉体労働かー、と渋る朱堂くんに、もうひと押しと私は条件を提示した。


「これ済ませてくれたら、後日で殺し合いのケリをつけようぜ」

『……へえ?やっちゃう?やっちゃうの?いいの~?ボク強くなってる自信あるけど~?』

「かかってこい!」

『よっしゃ!今日は予約全キャンセル!朱堂先生、臨時休診です!』


 ここまでで時刻、ちょうど朝十時、一分前。

 私は当然、なんだかんだでこの面倒な約束を煙にまく気、満々なのだった。



  ◆◆



 私は朱堂くんの運転する白のジャガーに乗り込み、途中ノンキホーテに寄って、それぞれ雨具ともうひとつシャベル、それとバケツを購入した。今回の依頼は群馬県某所のようである。住所の紙を渡すと、朱堂くんはカーナビに住所を音声入力し、すぐに案内を開始させた。


「――で、今回の仕事って、――先生、だっけ?お前の。いわゆる『心霊』みたいな案件なんでしょ?」


 運転がてらに、おそらく暇つぶしだろう、朱堂くんが話しかけてくる。私はノンキホーテでついでに購入していたナッツ (有塩)をポリポリつまみながら、その会話に付き合うことにした。


「うん。でもとくに心配とかないよ。心霊案件って言っても、大抵先生に回って来るのってややこしい呪い関係とかで、こう、ずばーん!って出てくるオバケとか今時あんま無いから。怖がる必要は無いよ」

「ここここ怖がってねーし!ちがうし!ボク心霊特番とか大好きだし!」


 さんざ否定しつつ、朱堂くんはダッシュボードに置いてあるボトルから、ミントガムをひと粒つまんで口に放り込んだ。彼は非喫煙者であり嫌煙家である。この車に初めて乗る時も、いの一番に「あ、喫煙者じゃないよね?ボクの車で煙草吸わないでよ。吸った瞬間フロントガラスに顔面叩きつけて鼻柱折るから」とまで言われたほどなのだ。ちなみに私は煙草は吸わないが実は一式持ってはいる。先生からお守り替わりに渡されているのである。ばれたら殺されるかもしれないので、黙っておくが。


「ああ、そうそう……先生から追伸なんだけど――『掘っていて、途中何かが出土したら、すべて壊しちゃってください』だって」

「うえー。それってあきらか呪われるやつじゃん……。おまえ、よくそういうの平気でやれるよな……。それについては任せるわ」

「人殺しほどの最大の不謹慎しておいてそれ言う?」


 そっちのほうがよっぽど呪われそうである。しかし、やっぱり年代物って気味わるいじゃんとバッサリ返されてしまった。なるほど、年季の問題かと私は腑に落ちる。

 その話題についてはそこまでで、あとは彼のクリニックのおもしろい患者の話とか、最近彼が仮想通貨で大損した話とか、逆に狙った獲物に殺されかけた話などを聞いて車中の時間を過ごした。彼は普段、クリニックで聞き上手を徹しているので、こういったとき喋り上手になる。ゆえに、移動時間は退屈せずに済むことができた。

 そして――

 ――到着、である。

 お昼を回る頃には目的地に到着した。群馬県某所、大通りから外れ小道、そこからさらに外れ、――つまり車を降りて数十分歩く獣道、そこへ行くと目的地であり、急に視界が開ける――森の中にぽかんと空いた、木々も芝生もつる植物も生えていないスポット地であり、奇妙な死地じみた場所。だいたい、一メートル四方ほどの空間だろう。そこをぐるりと囲うように、厳かにしめ縄がされている。背後で、朱堂くんが唾を飲む音が聞こえた。すこうし、雨のせいか、気配がどんよりしている。私は雨具をぎゅっと被り直し、シャベルを握って、ずかずかとしめ縄に近付いた。

 しめ縄を千切って外して遠くに投げた。

 地面に打たれているしめ縄を支えていた杭も抜いていって、遠くに投げてしまう。穴を掘るのに邪魔である。


「――えっ?!なにしてんの?!」

「だから、穴を掘るんだって。ここに。目的忘れた?」

「だからってしめ縄スッとばす普通?!」


 朱堂くんがぎゃーぎゃーと叫ぶのを受け流す。私は空いた場所にアタリをつけつつ、さっそく、ざく、とシャベルを不毛の地面に突き刺した。

 朱堂くんはそんな私を見て、恨めし気な視線をやってから、嘆息し、同じく、地面にシャベルを突き刺す。シャベルの縁に足を掛けて踏み込み、土を掘り、すくって、外側へとよける。私たちは顔面に吹き付ける霧雨のなか、目をしぱしぱさせながら、この単調な行動をしばらく続けた。

 しばらくして――穴を掘って、五十センチほどである。次第に土が硬くなり始めた。そのあたりで、ついに朱堂くんが音を上げた。


「――もう無理!」

「――え?」


 私が嘘だろうおいとそちらを見やると、どうも、ようすがおかしい。朱堂くんは顔を真っ青にさせ、がくがく寒気に震えているようだった。確かに現在霧雨が降り、我々は雨に降られるまま雨具でしのいで軽くはない肉体労働を続けているわけだが、それにしたって、そこまで体力を消耗し凍えるほどではないだろう。現に女性の私でもまだ余裕がある。気温も肌寒い程度という体感だ。

 ――ああ。

 私はそこまで考えて、ようやく、自分の体質にまで思い至った。


「ごめん、ごめん。私、アレ――霊障とか受けにくいタイプでさ。朱堂くんは見えない人みたいだから、同じかと思ってたんだけど――」

「……。こ、こんな薄気味悪いとこでよく平然としてるなーとは……疑問になってた……、まさかおまえ、この状況下でホントに何もないワケ?!」

「うん」


 化け物を見る目をされた。今年のこいつにだけはされたくないランキング第一位の視線であった。

 ――だがこうなってくると、彼は完全に使い物にならなくなる。それは困る。現地点五十センチ。目標二メートル。まだまだ掘り進めねばならないのだ。

 というわけで。

 私は懐――フード付き上着の内ポケットから煙草とジッポライターを取り出し、煙草の方を朱堂くんに投げ渡した。


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