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01/かみさまのいる村


 先生と出会って、それなりの頃、夏の話である。


「夏に出歩く奴って、馬鹿だと思うんですよね」

「といっても、夜ならいいでしょう」


 先生の鶴のようなひと声で私は呼び出され、仕方なくクーラーのきいた部屋から出ていくはめになり、途中でなぜかノンキホーテに寄って花火とバケツを買って、先生ご自慢の黒のハイエースに乗り込むことになった。


「でも、なんだかんだで呼んだら来てくれるとこ、僕は大好きですよ?」

「ふざけないでください死んでくださいほんとに殺しますよ」

「愛が痛い!」


 軽口を叩きつつ助手席に座り、とりあえず日が暮れるままに任せ眠気があるので眠る。まさか、花火をしたいので遊びに誘ったのではあるまい。(そこまで先生は馬鹿ではないはずだ。)

 おそらく、今日もオカルト関連の何某かに私を連れて行ってくれるのだろう。私の情操教育、という名目で。先生はそのための先生である。まあ、私にとっては。その点で有用と考えているのだから、嫌々ながらも、こうして暑い中来ているのだ。頭のおかしい暑さを誇る令和なのに。車の中は涼しいからいいんだけど。

 ――私はまともになりたいわけではない。

 ――しかし、まともになるのは正しい、という気はしている。

 そんな程度の、ゆるい珍道中が、私と先生の関係なのだ。



  ◆◆



 さて。どれくらい経ったろうか。起こされる感覚に、私は眠りから浮上する。かなりぐっすり眠った感覚があったので車の時計を見ると、どうも深夜2時をきっかり指していた。先生め。狙って丑三つ時に着くように運転していたな。私は小さくあくびをして肩を揺すってきた先生を見た。先生はおちゃめな顔で糸目をにいっと更に笑ってみせて、どうだ!とあたりの景色を見せびらかした。


「……うーん、廃村?マニアには垂涎そうな……」

「リアクション低いですねー。いわゆる、曰くつき廃村ってやつですよ?」

「私はこういうとこ、どっちかというと野生のおっさんのほうが怖いですけどね」


 貴方に怖いものとかあるんですか?と突っ込まれたので、後ろ頭をべし!と軽く叩いてから、互いに笑い合い、私達は連れ立って車から降りた。テンション高めに心霊スポットにやってくる人間どもである。

 先生は車の座席後ろからバールのようなものを持ち出し、ライトで前を照らして、先導しながら村の簡易的な説明をしてくれるようだった。


「ここ、草木がおかしいと思うでしょう」

「……?……言われてみれば……確かに」


 歩きつつ、雑草のようすを私も見る。先生の言う通り、タンポポ等の形状が明らかに異常なものが多かった。花が縦に並んだように伸びた形で咲いていたり、葉が分裂やくっついていたり……いわゆる奇形である。もっと見れば、巨大なバッタなんかもびょっと横切り少し驚いてしまった。気持ち悪っ。


「見てみます?ガイガーカウンター」

「なんでそんなものまで……うわ」


 先生に見せてもらったガイガーカウンターは、見事に数値を示してくれていた。……まあ、ただちに健康に影響はない程度の数値。私は長生きにこだわりはないので、別に良いけども。


「いやですよねえ、……こういう、ダイレクトにくる呪いって」

「なるほど。今回、これをどうにかせよと、依頼されたと」

「まあそうなります」


 うふふ、と、先生は人差し指を唇に当てて、悪戯っぽく笑ってみせた。

 先生は、「袖乃そでの心霊研究所」という――まあ心霊なんでも屋、みたいなところの所長で、私も一応、そこに所属している。(バイト扱い)。先生はその界隈ではかなり有名な人――らしく、――まあ本人申告だが――私も一緒に居て、彼がオカルト関連で、困ったり、動揺したりしていることは、見たことが無い。すべてに対応しきっている。だからおそらく、本当のことなのだろう。そして、先生の「お仕事」では、毎回、少なからず少なくない大金が動く。そして、私もそれにご相伴預かれる。


「ここにねえ、ダムを作りたいんだそうですが、やっぱり問題があるんだそうで。でも原因を排除したところで、すぐ土地が大丈夫とはいかないと思うんですがね。そこはどうするんですかね」

「まあそこでもお金が動くんじゃないですか?重要なのは、対策を講じたっていう事実なんでしょう……よく知りませんけど」


 私達は仕事をするのみである。

 というわけで、改めて、先生は廃墟の村々を照らしながら、明るく説明口調で話し始める。これは先生の癖である。雑草には廃墟の朽ちた廃材が混ざりはじめ、道というものが無くなってきた。私は釘など踏みぬかないように気を付けながら、どうにか先生についてゆく。


「ここは今境村いまさかむらといったそうです」


 夏の虫が鳴いている。大きく鳴いて聞こえるのは、例の呪いのせいで虫が巨大化しているからか。それを掻き分けて私達はざくざくと邪魔するように歩くので、時折虫の声が中断され、変な静寂、などが起きるから、しん、とした静まりは、何かの息を潜める息遣いではないかと邪推する。


「隔絶された田舎村でしてね――およそ村民五十名ほど。かといって悪い風潮の田舎村ではなく、仲が良い家族村みたいなかんじだったそうで――」


 そういえば、寝てしまっていたので、ここがどのくらい都市から離れているか私は知らない。おそらくかなり離れている。というのに、空は一点の曇りもない夜空であるくせ、星がまったく見えない。月だけがぽかんと浮かんでいるが、頼りなげに霞んで見える。鬱蒼と生い茂る深い深い森の木々のせいである。この廃村は高い木々に守られ結界のように暗澹としているのだ。


「ま、問題は本当に全員家族だったことですかねえ」

「近親相姦ですか」

「正解!」


 といっても昔も昔ならありそうなことだ――と思ったが、小さな村ではあまりよろしくないのだろう。本当に完全に外部を遮断し、新しい血を入れなかったのなら、その血族たちは数世代かけて奇形が生まれ始めることになる。特に、寿命が短いのが顕著になり、精神的にも不安定なもの、単純に発育不良なものも多くなる。

 閉鎖的な村。

 近親相姦の村。

 ただし、恐ろしく平和だった――という村。

 しかし、最終的には、呪われ、廃村になった村。


「そして全員が仲良くするには、どうすればいいか、分かりますか?」

「ひとりを犠牲にすることですね」

「その通り」


 それがすべての答えだった。

 だからこの村はこうなった。私はそこで気が付いてしまった。先生も気が付いたのだろうか。なるほど待ち受けるのは救われない人だ。失敬、。私は持っていない故、それに関して逆によく分かる。決して共感はできないけれども。かわいそうとも思えない。ただ、そうだとだけ、分かる。

 この村は呪われていたのではなく。

 ただ、ある意味でいえば――

 先生はずんずんと進み、ようやく、足を止めた。


「――あ。あった。あれが、目的の屋敷ですね」


 その屋敷だけは、他の廃屋と違い、どうにか屋根と家屋という形状を保っていた。というのも、雨戸やらといった、金属で作られた部分がある、他の木造家屋と違った、ややしっかりとしたつくりの散見される屋敷であったからだ。とはいえ、崩れかけている廃屋には変わりあるまい。先生は「気を付けてくださいね」と忠告しつつ、自分が先んじてその屋敷へと足を踏み入れた。屋敷縁側から中に入った。私も続いて、そこに足を踏み入れる。気を付けるというのは、先ほどからの尖った廃材や錆びた釘を踏み抜くなというお達しだろう。さすがの先生も、いまさら、いきなり出てくるオバケに気をつけろとは私に言うまい。(というか、いきなり脅かすオバケなんて今時居ない)。

 屋敷内部はいくつか鉄の扉などがあり、先生がバールのようなものでこじ開けてみてくれたものの、目当てのものは見つけることができなかった。


「居ませんね」

「居ませんねえ」


 二階を回っていると、とん、とおもむろに床をかかとで叩いたかと思うと、おや?と先生は首を傾げ、また、とんとん、とかかとで叩いて、小首を傾げて見せた。

 さすがは先生、何かに気が付いたらしい。私は素直に感嘆して先生のほうに戻った。


「何か見つかりましたか?」

「いえ――ここだけ響く音が違いまして」


 先生は異様に耳が良い。

 なんといっても「話している相手の心音を聞いて嘘かどうか当てる」なんて特技を持っているほどである。ちなみに、この特技は私にはあてにならないらしい。なんでも、私の心音は常におそろしく一定なので嘘をついていても分からない、とのこと。言われるまで知らなかった。

 閑話休題。

 先生はやはり何度か音をかかとで確かめ、頷いてから、


「隠し部屋ですね」


 と、言った。


「さすがです先生。一階へ行って、ぶち壊して入りましょうか」

「暴力的ですねえ。隠し扉とかかもしれないでしょう」


 とはいったものの、結局、行ってみると周りを調べても壁があるばかりで、ぶち壊すしか手段はなさそうであった。となると、出番は先生のバールのようなものである。


「てい。てい。てい。てい。えいっ!」

「ケンカキック!」


 数発は先生のバールのようなものによるヒビ、それが決め手であるが、最後は私の蹴りで壁が見事に崩れ落ちた。先生は懲りずに「暴力的ですねえ」と私にぼやく。ところで、その部屋は露わになった。

 いかにもといった、お札だらけの部屋であった。

 茶ばんだ部屋である。おそらく、家畜の血を壁にまんべんなく塗っている。壊してきた壁、他の壁、すべてに当然窓らしきものはなく、ただ隔絶するための隠し部屋である。高い位置には神棚らしきものもある。おにぎりと水が置いてあるが、腐り果て、枯れきっている。部屋の広さ的には一畳半ほどか。そこの中央に、木製の椅子に括りつけられ座り続けるかたちで、ミイラ化した死体が佇んでいた。ああ、これがこの村の「かみさま」なんだと私は直感した。全身は茶色く硬化し干からびていて、目は落ちくぼみ眼球は無く空洞が私を見返している。その頭はふたつある。腕は三本ある。左が一本で右が二本、逆に足は一本しかなく、その一本の足も胴体からひょろと出ているだけで、なんだか歩くには使えそうにもない。

 私はその眼窩に、まだ燃える魂の燻りを見た。彼は踊っていた。苦しみに呻いていた。苦しんでいた。彼は村八分により徹底的に迫害され、虐待され、そして、この部屋に閉じ込められ、まだ魂が生きている。彼は信じているのだ。村を守るかみさまに祀り上げられたとは知らず、ただ、家族たちに報い続ければ、いつかは振り向いてもらえるだろうと――

 ――彼は子供なのだ。

 ただの、迷える魂の、子供だった。


「――先生。それ、貸してください。ここからは私の仕事です」

「……え、ええ」


 先生から、バールのようなものを受け取った。先生にはできない。これが私の仕事。先生には良心があるから。私には無い。だから、これは私がやる。そのために私が居る。私がついている。この仕事を私がするとき――先生は、私にこの仕事を任せたくせ、――なぜか、悲し気な顔をする。私はその、理由が分からない。

 ――振り下ろした。

 凶器を、かみさまに向かって振り下ろした。かみさまと崇められたであろうものに振り下ろした。まず、肩口へ。干からびたそれは通常の人間より小さく脆くすぐに砕ける。部屋に、金属音を最低にしたようなものが木霊した。ひるまずにすぐに第二撃を与える。ひとつの頭に凶器を刺すと、ぐしゃりとたまごのように爆ぜ、ひと際金属音が強くなった。耳栓を持ってくれば良かったと思うと同時に、これは耳の良い先生にかなりきついものではないかと心配になる。残っているほうの頭も凶器で潰した。こちらは何やらごりっと少し頭蓋骨の心地よい感覚がした。鼻あたりまでで引っかかって止まる。私は凶器を引っこ抜いて、今度は体を両断するように凶器を胴体に突き入れた。

 金属音がひどい。

 気にせず、下まで両断しきると、ブツリとやりきったところで、一瞬、途端に、静寂が訪れた。なので、私はとうとう自分の鼓膜が負けて破れてしまったのかと思った。

 好き勝手に解体した、かみさまと目が合う。

 その眼窩が、涙のように、光って見えたのは、錯覚か。

 ――気が付いたときには、もう、かみさまだったものは、砂になり、跡形もなく消えてしまっていた。

 金属音も聞こえない。

 先生に金属音のことを訊ねると、何のことだと言われた。あれが聞こえていたのは、どうやら私だけだったらしい。なんだか損をした気分で立腹である。



  ◆◆



「さて、弔いの花火パーティーしますか」

「先生も先生でなかなかにパスみ強いですね」


 ていうか、花火買ってきたのそのためかよっ!

 内心で突っ込みつつ、村の中央部、井戸の近く、ちょうど空き地然となっているところで花火を広げて、私達は井戸――どうやら枯れ井戸ではなく生きていたようだ――から水を頂戴し、きちんとバケツに完備して、ふたりきり花火大会と相成ることとなった。

 私が手持ちの色変わり花火を巨大虫に当てて焼き殺し遊んでいると、先生は不健全ですねえと呆れつつ、線香花火の維持に集中しながら告げた。


「まあ、あの子もこれで解放されたのだから、天国でゆっくり余生を送ってほしいものです」

「――え?」


 私は、先生が珍しく間違ったことを言ったので、――あの子、っていうのは――あの、かみさまのことだよな――ともう一度考えて、それでもやっぱり、先生が間違ったことを言ったな、と思って、なるほど、先生はあの子の最期を見なかったのか――いや、見えなかったのか――とひとり、腑に落ちた。

 たぶん、近くで、或いは直接撲殺 (?)した私にしかその光景が見えなかったのだろう。彼のその最期の光景は――。愛されたいと願いそのために全力を尽くして耐えがたきを耐え尽くした彼が、元より近親相姦という因果の収束、そこから村を守るという神になるため、彼が行った結界、それがガイガーカウンターに示される数値なのだから、村人は消えてしまったけれど――今でもまだ、先生が来るまでのことだが――こうして、この村は、ここにあった。守られていた。ダムに沈まずに、ずっと、守られていたのだ。彼の使命だった。だが、私が壊してしまったことで、彼の使命は果たされた。彼は永劫苦しむだろう。やったことを悔いることなく。


「――えっ」


 先生の、線香花火の赤い玉が落ちた。それから――それから、先生は、愚かではない。聡い人だ。すぐにしゅんとして、そっか、と笑ったあと、そんなこともあるよね、と、バケツの中に花火を捨てた。ジュッ、という音がして、夏だなあ、と私は思った。


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