拝啓、親愛なる先生へ。
こうして書き出してみたけれど、私はどうやってまともに筆を進めたものか、結局何も分かりません。貴方は私に何ひとつだって教えてくれなかった。進むべき道も未来も確かな答えも。貴方は私に先生と呼べと言ったのに、貴方が先生たる資格としていたのは、ほんとうにその道の先達だったことだけ。あれだけ長い長い時間を共に過ごしていたのに、私は、貴方から何も受け取れなかった。私は何ひとつ変われなかったし、貴方だって何ひとつ変わらなかった。つまり、不毛だった。周りの環境はぐるぐる変わっていったけれど。何があろうと私は変われない人間だった。それが痛感できました。だって、先生。貴方が死んでも、私はこうして平然としていられるのですもの。
私は人間性というものを、ずっと考えて暮らしていました。
おそらく、欠落しているのでしょう。そうあるのでしょう。だから求めていました。なので、恐怖や命の危機といったものが、私のトリガーとなり、色づくのではないのかと、期待していたのです。もしくは、先生とのふれあいで、私は何かを教わるのではないかと。何かを触発されるのではないかと。しかし無意味なことでした。私はどのような死線を超えても虚無でありましたし、悲劇を聞いても共感はできませんでした。貴方が死んだときすらも、涙が出なかった。なにもふるわなかった。私は――。……この気持ちはなんでしょう。落ち込んでいる、でもない。ただ、――呆れている。に近い。そう、私は私に、呆れて、飽きた。
飽き果てました。
なので、おそらくこれは、――遺書です。
先生。どうか、そちらでも、ご病気などには罹らぬよう。
敬具。
追伸、私はおそらく、地獄に堕ちると思いますので。