レイフ島に島流しにされてから二日目。この日は泥のように眠った。久しぶりに揺れない地面で手足を伸ばして眠れる環境に、それはもう眠った。起きた時には辺りはすっかり暗くなっていて、クロエは「ボク寝すぎじゃない?」と丁度外から帰ってきたリオンに尋ねてしまったほどだ。眠ったおかげで頭はすっきりしていて、倦怠感こそ少しあるもののそれだけだった。
「疲れていたんだろう。喜べ、今日は猪の肉だ。これで精をつけろ」
「えっ……それってハンティングしたの? 狩ったの?」
「不思議か?」
「いや、なんか……感服です」
「ならよし」
リオンはどこか誇らしげで、クロエは素直に拍手をして彼女を賞賛した。猪は既に解体された後らしく、リオンが持ってきたのは二人分の肉だけだった。それ以外は売っ払ったと豪胆に告げるリオンにまた拍手をする。正直猪を一匹ドーンと持ってきて「解体するぞ」なんて言われたらもう一度寝袋に戻っていた気しかしない。血は平気だが内蔵はダメなんだと、のちにクロエは語る。
「お前の犬は随分役に立った。猪の追跡も、狩った猪の荷運びも請け負って、正に忠犬だな」
「……待って? あの犬まだどこかに居るの!?」
昨晩の時点で話題に一切挙がらなかったから、てっきりどこかに消えてしまったのかと思っていた。だがリオンの話しぶりでは、あの巨躯の犬——もうきっと山犬だろうて山犬と表記するが——は今日リオンと行動を共にしたらしい。そして寝転けている主人と違い立派に働いたと。
「言ってなかったか? この家の出入口のすぐ側で寝てるよ。あんまりにもでかいから周囲の住人に安全だと説明するのが大変だったんだからな」
「それは……ご苦労をおかけしました……」
クロエは重たい身体を引き摺って家から出ると、犬は確かにそこに居た。そして己の元にやっと姿を現した主に擦り寄り腹を見せて撫でろと言いたげである。
「今日の狩りは、その山犬が多く猪を狩ったお陰で大収穫だ。これで当分は暮らせるな」
「そうなんだ……偉いぞぉワンコ」
全身を使って腹を撫でてやれば、山犬は満足そうだった。その白い毛並みをブラッシングしてやらねばなと思いながら、生き物が作れる魔法ってなんだよとゾッとする。生き物を作る魔法なんて禁忌だとされていてもおかしくないと思うのに。
掘っ建て小屋の中に戻れば、リオンが肉を吊るしていた。肉は干して保存するのだと、リオンが教えてくれた。クロエはその手順を学びながら、冷蔵庫と冷凍庫の偉大さを思い知る。ラップに包んで冷凍庫にポイだったあの簡単さが既にもう懐かしい。だがこの生活に慣れなくては未来は無い。
「今日少し街の方を見てきた」
「街……えっと、領主様が治めてる都市部の方ってこと?」
「ああ。邏卒兵がお前のことを探していた。黒髪に金色の目、該当する者は少ないからすぐに見つかると思っているのだろう、捜索は
「何から何までありがとう。リオンは本当に頼りになるね」
「おべっかなんてかかなくていい。お前を拾った以上、私はお前を最期まで面倒見てやるつもりだ。たとえお前が救いようのない屑でもな」
「おべっかじゃない。凄いと思ったからそう言っただけだ。実際に頼りになるから頼りになると言った。ボクは賞賛の言葉一つ自由に発言することが許されないの?」
クロエが思わず問えば、リオンは一瞬黙ってからすぐに「いや、これは私の落ち度だな」と
「すまない。お前のことを侮辱する言葉だった。私はいつも、言葉を間違えて人を不愉快にさせてしまう。お前は話したいことを話し、聴きたいことを聴いてくれ」
「リオンだけが悪いわけじゃない。ボクはまだ信用に足ることを何一つ成し得てない。そんなボクを信頼してくれなんて言う方が無茶な話だ。謝らせてごめん。キミがボクを拾ってよかったと思えるぐらいに、立派な男になってみせるよ。少なくとも、世話になりっぱなしにはならない予定。……こんなに今日寝てた時点で、信頼できないかもだけど」
クロエはそう大見得を切って、そして頬を掻いた。実際そうならなければ、この島では生きていけない。まずは今日寝転けていた分の仕事をしなければ。
「なにか、物を入れていい空き箱はある?」
「箱か? お前はまた変なものを欲しがるな…………これでいいか」
リオンは掘っ建て小屋の中を見回して、部屋の隅に詰んであるガラクタの中から木箱を引っ張り出す。いつか何かに使うと思って残しておいたのか、その木箱は蜘蛛の巣が張っていてあまり清潔とはいえなかったが、クロエには充分だっだ。
「昨日の水みたいに、今日もこの中に何かを出すのか?」
「リオン鋭い。その通り、手っ取り早く現金になりそうなものを出現させてみるよ」
そう言って、クロエが木箱に床に転がっていた石で書き込んだ文字は【馬鈴薯】だった。