最近奥様が寝込まれることが多くなってきました。
医者にも見せているのですがまったく原因が分からないそうです。
「ねえアナ、ちょっといいかしら?」
奥様がわたくしを呼びます。
その姿は少し弱弱しくて不憫になります。
「私の体調はどうなのかしら?」
「すぐ良くなるそうですよ」
「そう……」
原因不明とは言えません。
そんなことを伝えたらさらに心労を増やしてしまいます。
「リチャードにはずっと言ってるのだけど私を生き返らせないようにね」
「っ、それは」
「死んだ人が生き返るのは自然の摂理に反するの」
この時、既に奥様には確信があったのでしょう。
・・・
数日後。
「リタ、リタ、どうして、どうしてなんだよ……」
「旦那様……」
旦那様が冷たくなった奥様を抱きかかえて大声で泣いておられます。
朝、旦那様が目覚めた時は既に息を引き取られていたとのことです。
隣には涙をこらえるお嬢様の姿があります。
「すぐ元気になるって言っていたのに」
おそらく旦那様を不安にさせないためにそう言っていたのだと思います。
実際、体調が良くないことはよくご存じでした。
「死者蘇生……そうだ、死者蘇生だ」
ゆらりと立ち上がった旦那様がそうつぶやかれました。
「魔術師ならリタを生き返らせることが出来る!!」
「駄目です、それは奥様から止められています」
「僕にはリタしかいないんだ!!」
奥様が懸念された通りになってしまいました。
なんとかお止めしないと。
「もう魔術師はいません、死にました」
「他にも魔術師は存在する、今すぐ探せばいい!!」
「死者蘇生は自然の摂理に反すると奥様は申されていました」
「摂理に反しようが世界に反しようが僕はリタに生きてほしい」
駄目です、わたくし達の言葉では旦那様に届きません。
奥様の言葉すら届かないのにどうすれば……。
「お母様の墓前ですわよ」
お嬢様の発したその言葉は静かに皆の心に響きました。
「レ、レイナ……」
「お父様、死者蘇生?というものでお母様が生き返るのは本当なのですか?」
「あ、ああ、そうだよ、一度生き返ったことがあるんだ!!」
「それをお母様はご存じだったのですか?」
「もちろん!! あの時は大変だったんだ」
「なら、やめましょう」
「は?」
「聡明なお母様が、知っていた上でやめろというなら理由があるのでしょう」
「で、でも理由は生き返らせてみないと……」
「それがお母様を苦しめることになっても、ですか?」
「え……?」
「お母さまは笑顔で最期を迎えられています」
「で、でも」
「きっとお父様のためにわたしを残したのでしょう」
そう言ってお嬢様が旦那様の背中に抱き着かれました。
その姿が在りし日の奥様と重なります。
「レイナ……」
「お父様がお母様を愛しているのはよく知っています、でももうお別れの時です」
「レイナ……でも」
「人はいつか旅に出ます、残された人がするべきことはきちんと見送ってあげることです」
「……うん、そうだね」
旦那様が丁重に奥様をベッドに寝かせて、
こちらに振り向きました。
「アナ、すまない。後は任せる」
「承知いたしました」
旦那様はお嬢様を連れて部屋を後にされました。
準備をしようと近くに寄り、今日初めて奥様のお顔を拝見しました。
奥様の寝顔はとても晴れやかでまぶしい笑顔でした。