「あなた方だけでは謝罪が足りない、周りも謝罪が必要だ」
「は?」
「リチャード!?」
旦那様は謝罪を受け入れられませんでした。
これはみんな想定外で奥様すら驚いておられます。
「僕のことはいい、でもリタを悪く言ったのは許さない」
「ひっ!?」
旦那様に見られた女性が悲鳴をあげました。
よく見ると先ほど奥様に淫売と言った女性です。
「リタに謝罪しろ」
「リチャード!? 私はそんなこと気にしないわ!?」
「僕が気にするんだ、さあ早く」
これほど怒っている旦那様を見るのも、
奥様の言うことを聞かなかった旦那様を見るのも初めてです。
「む、無理やり言うことを聞かせるなんて野蛮です」
「そ、そうだ、主催の貴族が謝罪しているんだから受け入れろ」
主催の貴族が謝ってもあなた方が謝ったことにはならない。
そんなことすら分からないのでしょうか?
「謝罪がなければ本家に処分を依頼する、リチャード=スオルムの名にかけて」
「本家に処分を依頼する」この言葉で会場が一気に静まりました。
特に主催の貴族達は顔を青ざめさせています。
スオルム家は王族と強いつながりがある家系です。
旦那様はその分家の末席になります。
もちろん直接的な力は何もありませんが、
本家に頼みごとをする程度は可能です。
ただし頼めば無償で動いてくれる訳ではありません。
十分な代価が必要となります。
今回のようにこうやって名前を出すだけでも、
寄付とは比べ物にならない代価を要求されるでしょう。
ましてや処分を依頼するとなるといくらになるか想像がつきません。
その分相手に対する効果は絶大です。
「リチャード殿、それは……」
あわてて主催の貴族達が取りなしに来ました。
処分が来る場合は巻き添えを喰らう可能性が高いので必死です。
「この馬鹿が、早く謝れ!!」
「だ、だって」
「つべこべ言うな、周りを巻き込むな!!」
他の貴族は奥様に暴言を吐いた夫人を取り囲んで謝罪を迫っています。
夫と思われる貴族も必死に謝らせようとしています。
「も、申し訳ありませんでした」
「次はないと思え」
「は、はい」
これを皮切りにして貴族達が次から次へと謝罪に来ていますが、
それに対して高圧的にも見える態度で対応されています。
いつもお優しくて誰に対しても強く出なかった旦那様が、
あのように怒りをあらわにされるなんて思いませんでした。
全員からの謝罪が終わりましたが、
旦那様の表情は険しいままでした。
「リチャード、もういいから」
「ああ、そうだね、リタ」
しかし奥様からの一言で旦那様の表情が一転しました。
それを見て周りの空気も弛緩しました。
それにしても旦那様は奥様を本当に愛しておられるのだと実感しました。
・・・
家名を出した代償は高くつきました。
寄付の額とは比べ物にならない、
文字通り桁が違う額を支払うことになりました。
「リタを侮辱されたんだから仕方ない」
そう答えて必死にお金を工面する旦那様。
あの日以降、旦那様を子ども扱いする人はいなくなり、
奥様を平民と蔑む人もいなくなりました。
また旦那様は大変な愛妻家としても知られるようになりました。
「どうしたの?」
「いえ、奥様はどうしてあの時あのような真似を?」
「あの時はリチャードを侮辱されて腹が立ってただけよ」
やはり旦那様と同じで相手を侮辱されたから行動を起こしたそうです。
相手のために怒る所が似たもの夫婦だと思います。
「アナスタシアだってずっと我慢していたでしょ?」
まるで当たり前のことのようにそう話されました。
この人には勝てません。
「わたくしのことはアナとお呼びください」
わたくしの見る目はまだまだでした。
旦那様に相応しい人は奥様をおいて他にはいません。