奥様は貴族夫人として相応しくなるよう大変な努力をなされています。
毎日厳しい教育を受けている様子を見て、
旦那様はかなり心配しておいででした。
「リタ、大丈夫かい? つらくないかい?」
「大丈夫ですよ、リチャード」
ジョゼット様のことがあるからでしょう。
ことあるごとに声をかけていらっしゃいます。
「心配性ですね、一人で大丈夫ですよ」
「だって大変そうだよ」
「リチャードも子どものころに一人で教わったのでしょう?」
「でも……」
「リチャードにずっと見られていたらアナスタシアもやりづらいですよ」
「わかった、愛してるよ、リタ」
「私も愛していますよ」
渋々といった表情で部屋を後にされる旦那様。
退出前に奥様の手を握って寂しそうにしてたのが印象的でした。
「リチャードは甘えん坊ですね」
奥様はよくそうおっしゃいますが、
今までこのようなお姿はほとんど見たことがありませんでした。
奥様によほど心を開いていらっしゃるようです。
ただ毎日のように「好きだ」「愛してる」という言葉を聞くので、
こちらが赤面してしまいます。
「今日はリタに我慢させることになると思う」
「構いませんわ」
今日は結婚後初めての貴族の交流会です。
平民である奥様にはいろいろと厳しいことを言われるでしょう。
旦那様はかなり気にしておいでですが、
奥様はあっけらかんとしておられます。
会場に到着しました。
周りの目が一斉にこちらを見ます。
「まあ、あれが例の……?」
「ええ、そうですわ、何でも平民の出だとか」
「割れ鍋に綴じ蓋でちょうどいいでしょう」
わざと聞こえるように話しているのでしょう。
奥様にも聞こえたようですがなんの反応もありません。
しかし割り当てられた席に座ろうとした時、顔色が変わりました。
「リチャード、それは?」
「いいんだ、リタ」
旦那様に用意されていたのは子ども用の椅子。
さらに近くには踏み台まで用意されていました。
「座りやすくてちょうどいいよ、ははは」
「リチャード……」
最近こういうことが増えてきました。
旦那様が我慢しておられるので耐えていますが、
招いておいてこの対応は許せません。
しかし使用人の立場では言えないのが歯がゆく感じます。
「さあ早くリタも座りなよ」
「……ええ」
奥様も戸惑いながら座られました。
全員着席したところで主催の貴族達が立ち上がりました。
「よく集まってくれました、心からの感謝を」
長々と感謝を述べていますが、
心にもないことをよくあそこまでべらべらと話せるものだと感心します。
「では、交流の前にまずは料理を楽しんでほしい」
食事の時間が始まりました。
周りが一斉に慌ただしく動きだします。
とはいえわたくし達は何もすることが出来ませんので待機です。
「どうぞ」
奥様の前に置かれた料理は、
肉の切れ端の寄せ集めや崩れた野菜、焼け焦げた痕のある魚。
他の人とメニューこそ同じですが、
明らかに質の悪い部分を選んできていました。
「見た目はちょっと悪いですが味は良いですね」
旦那様が苦虫を嚙み潰したような顔で見ていましたが、
奥様は気にせず食べ進めておりました。
「ところでリチャードの料理はまだ来ないのかしら?」
そうです、明らかに順番がおかしいのです。
他の人には次々と料理が運ばれていますが、
旦那様には一品も届いていません。
同じメニューであるなら一人だけ遅くする理由がありません。
「お待たせしました」
タイミング良く料理が到着しましたがこれは……。
「これは子ども用ではありませんか」
旦那様の元に置かれた食事は、
一つのプレートに多様な料理が並んでいるもので、
よく子どもに対して提供される形式です。
会場内に子どもは一人もいませんので、
間違えて配膳された訳ではないでしょう。
「申し訳ありませんが食事が間違っていますよ」
「いえ、そちらで間違いございません」
奥様が給仕係に問いかけましたが、
間違っていないそうです。
周りを見回すと主催の貴族達が笑っているのが見えます。
「子どもが結婚とか(笑)」
「女の見た目だけは羨ましいな、俺のと取り換えてほしい」
「ああいうのは性格が駄目って決まってんだよ」
「だから見た目だけっていってるんだよ」
どうも旦那様への妬みでこのようなことをしているようです。
腹立たしいですがわたくし達には何も出来ません。
このような場で使用人が動けば旦那様に責任が行きます。
「いいよ、一つにまとまってるから食べやすいし」
旦那様がひきつった笑顔で対応されています。
立場的には抗議出来ますし何度も勧めているのですが、
旦那様は抗議しようとしてくれません。
変にもめたくないとおっしゃっておりましたが、
侮辱には毅然と立ち向かうべきだと思います。
「ちょっと良いかしら?」
奥様が給仕係を呼び止めます。
まだ何か言われるのかと思っているようで、
少し困った顔をしている。
「とてもおいしかったです」
「はい、ありがとうございます」
しかし奥様から出た言葉がお礼だったので、
一気に笑顔になりました。
「記念にこのテーブルで提供されたメニューのリストを頂くことは出来るかしら?」
「あ、はい、構いません」
「日付とシェフのサインも頂けると次来るときに助かります」
「大丈夫ですよ、少しお待ちください」
奥様は何を考えてらっしゃるのでしょう?
美味しそうに食べていらっしゃいましたが、
そこまでの料理だったとは思えません。
・・・
食事が終わり交流の時間となりました。
知人に奥様の紹介をする旦那様は非常に嬉しそうです。
こんな状況でも笑顔が見れたのが少し嬉しく思います。
一通り挨拶が終わり一息ついていると、
主催の貴族達がこちらに来ました。
「いつも通り頼むよ」
「わかっています」
旦那様の家は貴族の中でも裕福です。
そのためかいつもこのように寄付を求められます。
ただそれで感謝された所を見たことがありません。
むしろ額が少ないと怒られることすらあります。
旦那様が魔力のこもったカードでお金を渡そうとした時です。
奥様がスッと二人の間に割り込まれました。
「貴族というのは子どもにお金をたかるものなのかしら?」