少し経ったある日。
「坊ちゃま、今日はわたくしの孫を紹介いたします」
「アナスタシアです、よろしくお願いいたします」
すごくきれいでおとなしい女の人だ。
まごってばあやの家族ってことだよね?
ええとこういう時はほめた方がいいってお父さんが言ってた。
「ばあやのまごだからきれいだね」
「おっほっほ、坊ちゃんはお世辞が上手ですね」
頭をなでてくれた。せいかいだったみたい。
あなすたしあさんもニコニコ笑ってる。
わらうとすごくびじんさんだ。
僕より大きく見えるけどいくつぐらいなんだろう?
「あなすたしあさん?」
「さんはいりませんのでアナとお呼びください」
「え、僕よりお姉ちゃんじゃないの?」
「主従関係はリチャード様の方が上になりますから」
「ならぼくのことはリチャードって呼んでほしいよ」
「それは……」
「構いませんよ、アナスタシア。ただし家族の中だけです」
アナがちょっとこまっていたけど、ばあやからはおゆるしをもらえた。
せっかくともだちになるならあんまり気をつかってほしくない。
「分かりました、リチャード」
・・・
アナはぼくより5つ上で、なんでも知っていてこまった時はいつも助けてくれる。
「アナー」
「なんですか、リチャード」
「ほんがとれない」
「わかりました……、あら、この本は」
「アナとおなじほんよみたかったんだ」
そう言うとうっすらと笑って頭をなでてくれた。
お姉ちゃんがいたらこんな感じなんだろうな。
「アナスタシアは綺麗ね」
「そうだよね」
こんやくしゃ?のジョゼットもほめている。
ちょっとうらやましそうな顔をしているけど、
ジョゼットもとてもかわいいので気にしなくていいと思う。
「リチャードも懐きすぎよ」
「だって……」
「ジョゼット様の言う通りでございます、わたくしよりジョゼット様と仲良くしてください」
「大丈夫、アナもジョゼットも大好きだから」
「何が大好きなのよ」
アナはジョゼットといっしょにいるといつもこうだ。
話しかけても全然相手してくれないし、いっしょにあそんでもくれない。
しょうらいジョゼットとふうふになったら、
ずっとこんなかんじならいやだな。
・・・
数年後。
今日は婚約者のジョゼットが来ている。
両親がいたころに決めた相手で、そのころはとても仲が良かった。
会うたびに「結婚するのが楽しみですね」と言ってくれていたのに、
最近はちょっと変わってきた。
「リチャードはまだ大きくならないのですか?」
「成長は人それぞれだってばあやが言っていたよ」
「それにしても遅すぎます」
ジョゼットが少し怒りながら僕に文句を言っている。
でもどうしようもない。
毎日頑張って運動してるしミルクも欠かさず飲んでいる。
それなのに身長は伸びないし体も丸い。
ばあやは「時期が来れば大きくなりますよ」と言っていたけど、
本当に大きくなるのかな?
「こんなんじゃ結婚なんて出来ませんよ」
「努力はしてるからきっと大きくなるよ」
「それならいいのですけど……」
「僕はジョゼットが好きだよ?」
「わたくしもリチャードが好きですわ」
・・・
さらに数年後。
「メイドとなりました、これからは態度を改めます」
「そんな、今まで通りでいいよ」
「いいえ、けじめは必要です」
アナがメイドとなった。
しっかりもので頼れるのでそれ自体は良いのだけど、
昔のように気軽に話しかけてくれることがなくなった。
いつ話しかけても一歩引いてメイドとしての対応をする。
二人きりの時ぐらいは昔のようにしてほしいとお願いしたけど、
「わたくしよりジョゼット様と仲良くしてください」
と言われてしまった。
そのジョゼットとはあまり関係が良くなかった。
僕の体が一向に大きくならないことに苛立ちを感じているようで、
誕生日を迎えるたびにジョゼットの態度が悪くなっていく。
「どうして成長しないの?」「体がおかしいんじゃないの?」
そう言われるたびに心が折れそうになる。
もう最近は「好き」と言ってもらえていない。
そんな感じの状態だからアナも心配しているのだろう。
・・・
ジョゼットはそれでも一応婚約者として居てくれていた。
その関係が終わったのは成人した日のことだった。
正式な結婚前に体の相性を確認したいとジョゼットが言ってきた。
本来、婚前交渉は駄目なことだけど婚約者相手なら黙認されている。
「リチャードも早く脱いでください」
ジョゼットは早々に服を脱いでいる。
その綺麗な体にドキドキしながら服を脱ぐ。
「なんですか、その小さくて粗末なものは」
僕のものを見て嫌悪に近い表情でそう言うジョゼット。
「顔も駄目、体格も駄目、せめて子種ぐらいと思ったのですが」
「ごめん……」
「……それにここ数年は愛してるどころか好きとすら言ってくれませんでしたね」
「あっ……、違うんだ、それは」
「もう結構です」
「ジョゼット……」
そう言うと服を着て出て行ってしまった。
あ、ああ、僕は自分のことばかりでジョゼットのことなんて何も考えていなかった。
「好き」と言ってもらえないというばかりで、
ジョゼットに「好き」と言っていなかった。
あんなに我慢をさせていたのに、
その彼女が求めるものすら渡さず……。
ドタンッ!!
服を着ようとしてふらついて倒れてしまった。
あはは、気持ちも分からない、着替えすらまともに出来ないなんて、
どれだけ子どもなんだろうな。
「旦那様、ジョゼット様が出ていかれましたが何かあr、大丈夫ですか!!」
アナが部屋に入ってきた。
僕が全裸で床に倒れているのを見て駆け寄ってくる。
「転んじゃっただけだよ」
「ジョゼット様と何かあったのですか?」
僕を起こして服を着せながら問いかけてくる。
その動きが優しくて涙が出そうになる。
「ジョゼットを怒らせてしまっただけだよ」
「どうしてそんなことに?」
「僕は彼女の求めるものを何一つあげていなかった、怒るのも無理はないよ」
「……具体的に何があったのですか?」
「婚前交渉しようとしたけど僕のあれが小さいので我慢の限界だったと言っていた」
「そんな……十分な大きさがありますよ」
アナはそう言ってくれるけどおそらく本当に小さいんだろう。
それにあれの大きさもそうだけどもっと大事なことがある。
「それにここ数年僕から「好き」と言われていないからと言っていた」
「それは……」
「好き」と言ってもらえないと愚痴をこぼしていた僕こそが、
ジョゼットに「好き」と言っていなかったなんて何様のつもりだったんだろう。
ちゃんと「好き」だと伝え続けていたら、
きっとこうはならなかった。
「一方的に求めて、与えられないから文句を言ってるとか最低だったね」
そんな関係が長続きする訳がない。
むしろジョゼットはよく我慢してくれたんだ。
「アナ……?」
着替え終わった僕をアナが抱きしめてくれる。
懐かしいアナの匂い。
小さい頃に雷が鳴って怖かった時にずっとこうやって抱きしめてくれた。
アナに抱きしめられると怖さなんて感じずによく眠れた。
そのまましばらくアナに抱きしめてもらったままでいた。
後日、婚約破棄を申し出る連絡が来た。
理由には「男性機能不全のため」と書かれていた。
「抗議してまいります」
普段感情を表に出さないアナが怒りの表情を見せている。
周りのメイド達は怯えてすくみ上っている。
「アナ、いいんだ」
「ですが……」
「僕が好かれる訳ないのにここまで付き合ってくれたんだ」
「そんなことありません、旦那様は魅力的な方です」
「ありがとう、嬉しいよ」
アナは昔からそう言ってくれる。
でも周りの評価はそうではないし、自分でも分かっている。
アナの胸ぐらいの高さしかない身長に丸い顔に丸い体。
どう見ても子どもにしか見えない。
その上あれまで小さいときた。
「ジョゼットの願いをかなえてあげてほしい」
「……承知しました」
その日、正式にジョゼットが婚約者ではなくなった。