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第3話 夫婦

 そして吉高は明穂の五感を軽んじていた。弱視という事で物の色や輪郭は判別出来たが人の表情はと思い込み、また聴覚や嗅覚が健常者よりも優れている事を理解していなかった。

 そこで大胆不敵にもリビングで紗央里と卑猥ひわいなLINEの遣り取りをした。それは日を追う毎にエスカレートし玄関先や庭に出てLINE通話で会話を交わす様になった。


(また、紗央里さん)


 吉高が紗央里と情事に耽った日の表情は締まりが無かった。そして側を通り過ぎる瞬間に匂う薔薇の香。その後リビングで遣り取りするLINEスタンプは赤やピンクが多くそれはハートマークを連想させた。


「何処に行くの?」

「あ、ちょっと仕事の電話」

「そう」


 吉高の微かな愛の言葉を明穂の聴覚は明瞭に聞き取った。


(・・・おり、そんな事言うなよ)

(ーーーーーー)

(あい・・・てるよ)


 その甘ったるい声に気分が悪くなった明穂は2階へと駆け上がった。数分後、縁側の引き戸が閉まる音が聞こえた。


「おーい、明穂、寝たのか!」


 愛人との通話がひと段落ついた吉高が階下から明穂の名前を呼んだ。


「は、はい」


 怖気おぞけが走った。


「如何したの、具合でも悪いの!」

「頭痛がして、ごめんなさい」

「そうか、おやすみ!夕飯は温めて食べるよ!」


 すると今度はポコン、ポコンとラインメッセージの遣り取りが始まった。


(如何したら良いの)


 実家の母親に相談しようかとも考えたが田辺家と仙石家は明穂が生まれる前からの長い付き合いがある。明穂と吉高が住まうこの新居も両家が金銭を出し合って建てた様な物だ。その両家に軋轢あつれきが生じる事は出来るだけ避けたかった。


ぎしっ


「明穂、良いだろ?」


 そんな吉高との夜の営みは決して円滑であるとは言い難かった。明穂は吉高と初めて肌を重ね合わせた瞬間に違和感を感じ、それは結婚して2年経った現在いまも慣れる事は無かった。


「よ、吉高さん」

「怖くないよ、今から挿れるからね」

「ーーーーんっ」


 普段とは全く異なる顔付きの吉高は明穂の中へそれを挿入した。息遣いが荒くなり腰の動きが激しくなった。明穂はその行為が1分1秒でも早く終わって欲しいと願った。


「明穂、明穂」


 両膝裏を抱え上げられ深く突かれた明穂は唇を食い縛った。吉高の眉間に皺が寄った。


「吉高さん、着けて!」

「良いじゃないたまには、夫婦なんだし」

「駄目!着けて着けて!」

「明穂」

「着けて!お願い!」


 吉高は渋々コンドームを取り出しそれに被せた。明穂は子どもを授かる事を願う反面、この弱視が遺伝するのではないかとそれが不安だった。明穂は母親に付き添われて病院を受診したがと告知を受けた。依ってセックスには前向きにはなれなかった。


「明穂、いつになったらなにも着けずに出来るんだ」

「それは」

「僕たち夫婦なんだろう?」

「そう、そうだけど」

「もう少し、なんて言えば良いかな、愉しもうよ」


 吉高が紗央里という女性との浮気に走ってしまったのはこのぎこちない性生活が原因なのかもしれない。大凡おおよその見当は付いたがそれが理由で大手を振って浮気をして良い筈がない。


(愉しむなんて無理、触られるのも嫌)


 明穂は吉高から紗央里との浮気が発覚した後も度々セックスを求められた。


「ごめんなさい、生理なの」

「また?」

「不順なのかも」

「病院に行ってよ」

「うん」


 それは到底受け入れられる行為では無かった。

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