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第10話

セラフィナ様の愛らしさを広めるために、何をしたらいいんだろう。

そんなことを考えながら、いつもセラフィナ様の横顔を盗み見ている。

「そんなに見ていて飽きないか?」

食堂でバートラムに声を掛けられ、私は思わず首を竦めた。

「そんなに目立ちます?」

「いや、そんなに。だがお前、いつもセラフィナ嬢を見詰めているだろう」

「否定はできませんね」

バートラムは私の前に腰を下ろすと食事を始めた。

普通、いいかどうかくらい聞かないか。聞かないな。バートラムだものな。

私も構わず食事を続ける。

バートラムが思わずと言ったように聞く。

「足りなく無いのか」

「充分ですよ」

「肉を食べろ。まずは身体が資本だ」

「食べてますよ。今日はパンケーキなだけです」

それは本当。食事をしてもパラメータは上がる。パンケーキは魔力回復に効く。

肉は体力と筋力が上がる。素早さを上げたい時はポタージュだ。

理屈は知らない。

「お前今日の放課後暇か」

相変わらず何の脈絡もないバートラム。

「何です?」

「討伐。付き合わないか」

「何の」

内容による。まあ、無理難題を押し付けてはこないだろうけれど。

バートラムとは何度か討伐先で鉢合わせしている。

標的が同じだったり、似たようなバイトを受けていたり。

何だかんだで一緒に討伐したことも二度三度。相性は悪くない。

同じく討伐でよく会うのがコンラッドだ。主に剣術を使う彼のサポートに回ることが多い。

それはともかく。

「フレイヤドラゴン」

「大蜥蜴トカゲじゃないですか」

ドラゴンと名前が付くがドラゴンではない。

正確に言うならその眷属けんぞくだが、いわゆる火蜥蜴だ。炎を吐くでっかい蜥蜴。

鉱石の発掘現場に良く居る。赤の鉱石を食べて火を吐くので、定期的に討伐依頼が出ている。

強過ぎもしないが弱くも無い。

「お前の水の技は悪くない」

「それはどうも」

「で、どうする」

私はパンケーキを口に放り込み、飲み込んでから答えた。

「付き合いますよ」

バートラムはにやりと笑った。




「技のキレがよくなったな」

「バートラムこそ、剣の腕があがったんじゃないですか?」

討伐後、カフェで一服。本当は酒場といきたいところだが、学生は飲酒禁止だ。

軽食のサンドイッチを一口で頬張り、飲み込む。バートラムは一口が大きい。

「あそこで水の鎌を出すとは思わなかった。あれはコントロールが中々難しいだろう」

「コツを掴めばなんてことないです。水とは相性がいいので」

「飛ばせるのがいいな」

「飛び道具は幾つか持っておきたいですよね」

和気藹々わきあいあいとした私たちを横目で見ながら、ローズガーデン学園の生徒たちが笑いさざめきながら通り過ぎた。

バートラムが席を立ち上がりかけたのを止める。

「いいのか」

「放って置きましょう」

曰く、特待生様はあちこちの男子生徒に媚びを売って回っている。

この噂の出所はセラフィナ様ではない。

なら放って置くだけだ。後で勝手に自滅すればいい。

「いいのか。評判を落とすぞ」

「その程度で落ちる評判なんて要りませんね」

思わず鼻で笑ってしまって、内心失敗したと思った。

『私』はともかくロゼッタはそんな顔をしないだろう。

清く正しく、明るく真っすぐな少女なのだ。

見ていなかったことを願おう。

いや、今とても見られているけれど。

バートラムが呆然と見詰めている。

「お前、そんな表情できるんだな。驚いた」

ぴろりん、と好感度の上がる音がした。

いや、そこで何故上がる。




さて、学生の本分は勉強である。そして本日は中間試験である。

教科書は隅から隅まで読み尽くしたし、パラメータも目標値は超えている。

さあ、どこからでも来るがいい。でも数学はちょっと手加減してください。

一日目の筆記問題は難なく解けた。

午後は実技試験だ。まずは剣術。

コンラッドに何度か付き合って貰ったおかげで、剣術はだいぶ上達している。

実戦の経験値は討伐でしっかり稼いだ。

お陰で剣の軽いこと。

くるりと手の中で柄を回し、握る。斜めに構え、走り出し、擦れ違いざまに斬る。

藁人形はざっくりと三つに割れた。

「合格!」

「ありがとうございます!」

続いては魔法薬学の実験。作るものは白の軟膏。塩が重用なんだよなこれ。

トラム石を砕いて塩と中和剤とを加えよく混ぜる。そこに光の草を磨り潰したものを加え、よく練り合わせる。分離しないようにしっかりと練り合わせたら密封して三日置く。

「合格」

「ありがとうございます」

今日はここまで。

「ロゼッタ、どうだった?」

クラリスが疲れた顔で聞いて来る。彼女は剣術が苦手なのだ。

まあ、普通の貴族のお姫様に剣術は必要ないと思うよ。

「筆記はバッチリ。実技はそれなりに自信あり」

「ということは今回も首席かな?」

「頑張ったからね。そうなら嬉しい」

爽やかに答えてはいるが、実は内心ドキドキである。

パラメータは足りているし、ゲーム的な経験もある。

ただ、実際にやるとなるとやはり勝手が違う訳で。

首席でないと奨学金減らされるし、できれば首席でありたい。

裏技として、アルバイトで稼ぎまくって奨学金分を稼ぐという手段もある。

でもできれば使いたくは無いな。

「帰り、お茶をしていかない?」

「ごめん、ちょっと今日は急ぎで帰らないといけないの」

「なら仕方ないわね。気を付けて」

「ごめんね、お先に」

迎えの馬車の合間を縫って、走って帰る。

今日はロゼッタの父が、暴走する馬車から子供を守って怪我を負う。

幸いにして骨折だけで済むけれど。できればそのイベント事態を回避したい。

シナリオだと、確か街の北側、黄金通りのどこか。

夕方と言っていたからまだ時間はある。

間に合って。

きょろきょろと辺りを見回しながら走る。黄金通りを行ったり来たり。

不審者に見えるだろうか。警邏の騎士が不審そうな顔をしている。

でも事故が起こるから気を付けてほしいだなんて、そんなことを言ったところで……。

「あの!すみません。お時間宜しいですか」

私は警邏の騎士を掴まえて一方的に捲くし立てた。

「私、ローズガーデン学園の生徒なのですが、占いで良くない結果が出たんです。今日の夕方、黄金通りで馬車の事故が起こるって」

当然のことだけれど騎士は怪訝な顔をする。

「勿論一生徒の占いではありますが、心配になってしまって。申し訳ないのですが、一応の注意喚起をお願いできますでしょうか」

「そうなのか」

応えは思わぬ方向から来た。

「コンラッド先輩」

「コンラッド殿」

騎士はぴしりと敬礼する。この騎士はルシオラ家に所縁ゆかりの人だそうだ。

「俺にまで敬意を払わなくていい。ロゼッタ嬢、占いとはどういうことだ」

「黄金通りで今日の夕方、馬車の事故が起こります。子供が巻き込まれるのを通行人が助け、怪我をします」

「確かか」

コンラッドが鋭い眼で私を見る。

「占いですから、確証はありません。でも、怪我人の可能性があるなら、できる限り潰したい」

「よし」

コンラッドの厚意で、この騎士の人が警邏の騎士たちに注意喚起をしてくれるそうだ。

「ありがとうございます。不確かなことなのに申し訳ありません」

「いや、悪い可能性は潰しておくに限る。何も無かったのならそれでいい」

「感謝します」

深々と頭を下げる私に、コンラッドは不思議そうな顔をする。

「実は、怪我をするのは私の父かもしれなくて、それで……。申し訳ありません」

「そうか。ならば余計に心配だろう。俺も共に回ろう。どの辺りだ?」

「黄金通り、夕方としかわからなくて」

「それで行ったり来たりしていたのか」

「見てらしたんですか」

恥ずかしい。

「一生懸命動き回る制服が目に付いてな。ともかく君の父上を探そう」

「はい。ありがとうございます」




結局、事故は起きた。

だが警邏の騎士らの警戒と注意喚起のお陰か、怪我人は出なかった。

ロゼッタの父も無事だ。良かった。

ほっとして泣きそうになった私を優しく抱き締めてくれる。

温かくて優しい腕。子供を助けた頼もしい腕。

「お父さん、無事でよかった」

コンラッドも良かったと笑ってくれた。

「コンラッド先輩。本当にありがとうございました!」

きょとんとする父に経緯を説明する。

コンラッドの父親のアラン伯とは顔見知りなんだそうだ。

そうなの?意外な繋がり。

アラン伯爵ブライアン・なんとか・ルシオラ卿、というのが正式な呼び方だそうだ。

ルシオラ伯爵家ではないの?世襲貴族?爵位は直系の嫡出団系男子のみの継承?

そうなんだ。へえ。よくわかってなかった。




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