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第9話

とはいえ、アルバート様とセラフィナ様の仲を取り持つってどうしたらいいんだろう。

行商で賑わう街角。楽しいのにどこか上の空。

「ねえ、クラリス」

二進にっち三進さっちもいかないのよ。

「なあに、ロゼッタ」

「片想いの女の子が想いを寄せる男性に近付くためには、何をしたらいいと思う?」

クラリスが勢いよく振り返り誰かにぶつかった。

「失礼致しました」

誰かに一礼し、コホンとひとつ咳払い。

クラリスは私に向かって真剣な表情で聞いた。

「で、どなたが好きなの?」

「ああ、私じゃなくて。友達、というか知り合いのご令嬢なんだけど」

クラリスが胡乱な表情を見せる。

「ロゼッタではないの?」

「残念ながら」

クラリスは少し小首を傾げた。

「あまり身分の高くない方?」

「何で?」

「身分の高い方々は、割と幼い頃から婚約者が決まっている場合が多いから」

それもそうか。

「なるほど。でも王太子妃とか候補もまだ決まってないじゃない」

「貴方も候補に挙がってるって噂よ」

「私はいいから。で、どうしたらいいと思う?クラリスだったらどうする?」

クラリスは少し考え込んだ。

「私は婚約者が決まっているし、特に考えたことはないかしら。仲もそれほど悪くないと思うわ」

「参考にならないか」

「ごめんなさいね。順風満帆で」

「あらー、ご馳走様」

二人して笑い合って。

「でもそうだとするとよかったの?今日は婚約者の方と来たかったんじゃない?」

「あら、お友達と交流するのも大切なことの一つよ。それに明日はオスカー様とご一緒するの」

「婚約者の方、オスカー様っていうのね。幸せそう。良かった」

「ありがとう」

微笑むクラリスは本当に幸せそうで。こちらまで胸が温かくなるような笑顔だった。

「あら、縁結びの栞ですって」

「え?栞?」

「ほら、きれい」

金細工の栞は薔薇の透かし彫りになっていて、光に翳しても、影を映しても綺麗だった。

「ああ、模様が対になってるのね。それでか」

縁結び。薔薇は愛に関する花言葉も多い。

「買っていこうかしら」

「揃いで?」

「揃いで」

一組包んで貰うと、店のお兄さんがにこりと笑ってくれた。

「はい、毎度あり。お嬢さんの恋路が上手く行きますように」

「ありがとうございます。是非、祈ってくださいな」

クラリスが少し苦笑する。

「貴方のじゃないのに、そんなに嬉しそうでどうするの」

「あら、だって。恋じゃないけど、とても好きな方たちに贈るんだもの。嬉しいに決まってるわ」

「私には?」

「クラリスには、そうね、似合いの髪飾りとかどうかしら。あっちに細工物があったわ」

「行ってみましょう。ね、二人でお揃いにしてみない?」

「いいわね」

結局クラリスとは同じ生地で色違いのリボンを買った。

今度付けていこう。




「セラフィナ様」

セラフィナ様は本から顔を上げ、私を見た。

「あら、ロゼッタ」

「読書の時間を邪魔して申し訳ありません」

セラフィナ様は今日も図書館の窓から見えるあの木の下で、本を読んでいた。

私はそっと跪いてセラフィナ様に薄い包みを差し出す。

「セラフィナ様にお似合いだと思って買い求めました。使って頂けたら幸いです」

「開けてもいいかしら」

「はい」

セラフィナ様の優美な指先が封を切る。そして。

「まあ、綺麗ね」

薔薇の透かし模様の金細工の栞。

「読書のお供にと思いまして」

「ありがとう。大切に使わせて頂くわ」

嬉しそうなセラフィナ様に、こちらが嬉しくなってしまう。

思わず蕩けた頬に、セラフィナ様が指先を触れた。

「良かった。傷は残らなかったのね。ごめんなさい。痛かったでしょう」

「いいえ、全然!お気にならさらないでください。本当にもうなんでもありませんし、あれは私の不心得が招いた事故ですので、本当に全然、セラフィナ様は悪くありませんので!」

頭をぶんぶん振って否定して、セラフィナ様は少し眉を下げて笑った。

「変なひとね、貴方」

それはもう、昇天するかとおもうくらい、美しい微笑みでいらっしゃった。




「フェルディナンド様」

「ロゼッタ嬢」

揃って見合って礼をする。

「今日はアルバート様にこれをお渡しして欲しくて」

セラフィナ様にお渡しした片割れの包みを見せる。

「これは?」

「縁結びの栞ですって。片方をセラフィナ様にお渡ししました。是非アルバート様にも」

なるほど、と頷いて、フェルディナンドは栞を受け取る。

「確かにお渡ししましょう」

フェルディナンドと少し連れ立って歩く。

「セラフィナ様のこと、アルバート様にお話していますか?」

「ええ、少しずつですが誤解を解こうとしています。長年の積み重ねがありますから、厄介ではあるのですが」

セラフィナ様は大好きなアルバート様の前ではつい意地を張って、頑なな物言いをしてしまうという。

幼い頃からのことなので、アルバート様はセラフィナ様に嫌われていると思い込んでいる。

「どうにか絡まった糸を解したいですね」

「何か良い案は無いものか」

「私の邸がああでは無ければ、お二人をお招きしてお茶会など……駄目ですね。王子殿下と公爵家令嬢をお呼びするなど、そもそもが身分不相応でした」

フェルディナンドはふと思案顔になった。

「いいかもしれませんね、お茶会」

「正気ですか?」

「ええ。でも貴方の邸ではなく、野外で。ピクニックなど如何でしょう」

「ピクニック?」

思わず鸚鵡おうむ返しだ。

「時々討伐の依頼が掲示板に載っているのをご存じですか?」

「はい」

愛用者です。いつも大変お世話になっております。

この栞もバイトで稼いだお金で買いました。

「簡単な討伐がてら、ピクニックにしませんか。簡単なお茶とお菓子とを用意して。皆で」

「皆で?セラフィナ様にアルバート様、それにフェルディナンド様と私と?」

「ええ。まあ、ヴィンセントやコンラッドに声を掛けてもいいですが、そうすると少し気詰まりかな。貴方の方でもご友人を誘いませんか?でも、あまり大所帯になっても困るか」

「いいと思います。ピクニック、是非!」

「では、アルに提案してみましょう」




話はとんとん拍子にまとまって。

討伐は悪魔の息吹と呼ばれる魔物の影のようなものだ。

無論私たちの敵ではない。

男性陣が張り切ってくれて、私たちは手を出す隙も無いくらいだった。

「フェル、貴方出しゃばり過ぎではありませんの?わたくしたちの出番が無くてよ」

「セラフに傷がついてはいけませんからね。ロゼッタ嬢、お怪我は?」

「いいえ、全然」

「良かった。そちらのお嬢さん方、お茶にしましょう」

フェルディナンド、アルバート様、セラフィナ様に私。ヴィンセント、コンラッドにアナベルとクラリス。

ベアトリクスは残念ながら来られなかった。

本当に残念そうにしていたので、次の機会には是非誘ってあげたい。

シートを引いて、木陰に腰を下ろして。

近くに泉もあるので、綺麗な水には事欠かない。白清花はくせいかという花が咲いている水辺は毒物や汚染の心配なく飲める水なのだそうだ。

ゲーム中には出て来なかった情報だ。覚えておこう。

「お茶が入りましたわ」

セラフィナ様手ずからお茶を淹れてくださって。

アルバート様も気負った様子なく自然に受け取っていらして。

お似合いだなと思う。

クラリスが少し私を突いた。

「もしかして」

クラリスが視線だけで問い、私も視線だけで頷く。

お菓子を頬張りながら、お茶を飲む。

爽やかな風が通り抜けて、花が揺れる。

穏やかで素敵な午後だった。




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