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第7話

私の右頬には、うっすらと白い傷痕が残っている。

もう消えかかっているし、全然大したことはないのだけれど、やはり貴族令嬢の顔に傷というのは外聞が悪い。

どこから話を聞きつけたのか、フェルディナンドが様子を見に遣って来た。

というよりアルバート様のお使いだ。

「ここでは目立ちますので」

と連れていかれたのはくだんの薔薇園。相変わらずいい香りだ。

「顔に傷を付けられたそうだね」

眉を寄せ、アルバート様が私の顎を持ち上げた。

王宮うちに来るかい?宮廷術師ならすぐにも消せるだろう」

「いえそんなとんでもない!放って置けばその内消えます。大したことないので」

辞退した後でふと思う。

もしかして傷が残っていると、セラフィナ様が気に病んでしまうだろうか。

アルバート様に顎を持ち上げられながら思案顔で固まった私を、フェルディナンドがそっと解放してくれた。

「アル、気軽に女性に触れるものでは無いよ。君は王太子なのだから」

「ああ、すまない。フェル。ロゼッタも」

「いいえ、お気になさらず」

「ところでロゼッタ嬢、その傷はセラフィナが付けたもので間違いはないね?」

フェルディナンドが少し厳しい表情で言う。

セラフィナ。呼び捨てだと。なんだこいつ。腹立つな。

「私の不注意でしたので、セラフィナ様に落ち度はございません」

少し険のある口調でそう答えれば、フェルディナンドが少し目を瞠った。

「セラフィナは自分の失敗だと言っていたが」

また呼び捨て。

「フェルディナンドさん。セラフィナ様とはどういうご関係なのですか?先程から呼び捨てにしていらっしゃいますが」

アルバート様が少し笑った。

「親戚だよ。セラフィナ嬢とフェルディナンドは本家と分家の関係だ。二人ともヴェリタス公爵家の者だよ」

私は今度こそ目を剥いた。

「ご、ご無礼申し上げました」

「いえ、こちらこそ不躾な態度を取りました。お詫びします」

フェルディナンドは苦笑して私に一礼した。

「あのセラフィナが酷く落ち込んでいたのでどうしたのかと思ったら、同級生に怪我を負わせたのだということで」

セラフィナ様と親戚だというと俄然美形に見えてくるから不思議だ。

いや、勿論フェルディナンドは最初から美形ではあったのだけれども。

「セラフィナ様がお気に病むことは何もないのに、本当に申し訳なく思っております。ご親戚でしたら、どうかお伝え願えませんか。どうかお気になさいませんようにと」

「お人好しだね、君は」

不意に背後から出て来た人影に私は思わず仰け反った。

「おっと失礼。また会ったね、ロゼッタ」

ヴィンセント・ユース。

アルバート様とは友人関係。二人がこうして顔を合わせていてもおかしくは無いのだが。

「ごきげんよう。ヴィンセント先輩」

「何でもセラフィナ嬢がロゼッタの顔にわざと傷を付けたのは、殿下のお妃候補から外すためだそうだよ」

思わず頭に血が上った。

「そんなふざけたこと言ったのはどこの誰ですか。怪我した本人が言ってるんだからセラフィナ様に落ち度があるわけないでしょう。直接話付けてやります。どこの誰です」

「どうどう、落ち着いて」

「落ち着かなくしたのはヴィンセント先輩ですよ!」

セラフィナ様がそんな噂を耳にしたらきっと酷く傷付かれてしまう。

「セラフィナ様の耳に届く前に消します」

アルバート様もフェルディナンドも呆気にとられ、ヴィンセントは笑い出した。

「あははは、本当に本気なんだ。君、本当にセラフィナ嬢が好きなんだね」

「はい。あんな素晴らしく可愛らしい方は他に居ませんから」

言い切った私にヴィンセントは益々笑いだして。

仕舞いにはお腹を押さえてうずくまってしまった。

放って置こう。

「ところで、セラフィナ様はやっぱり気になさっておられますよね」

アルバート様は頷いた。

「噂も私の所まで届くくらいには広まっているようだしね」

「アルバート様、申し訳ないのですが先程のお申し出受けさせて頂いても宜しいでしょうか」

「うん?」

「厚かましいお願いで申し訳ないのですが、私の傷を消してくださいませんか」

「構わないよ。でも心変わりをしたのは何故?セラフィナ嬢のため?」

「それもあります。私の顔に傷がある限り、セラフィナ様はお気になさるでしょうし。それに忌々しい噂も、傷が消えればその内消え去るかと」

「人の噂も七十五日というからね」

「私のような没落貴族が王宮に上がるなど、本当に申し訳ないのですが、お願い致します」

フェルディナンドがそういえば、という顔をした。

「ロゼッタ嬢はクラヴィス伯爵家の出でしたね」

「はい。祖父が不始末をしでかしたらしく、私が生まれた時にはもう没落しておりましたので、詳しいことはなにも知らないのですが」

本当は知っている。

でもこれは何回もゲームをクリアして辿り着いた結論で、ゲームでは明言されていないから、真実かどうかはわからない。

確実にわかっているのは、クラヴィス伯爵家は「鍵」の一族で、王家にというよりも王国にとって大切な何かの鍵になる血脈だということだ。

そして、このローズガーデン学園は「門」の役目も果たしている。

たぶん。

明言されて無いから、ただの考察なんだけど、当たってると思うんだよね。

アルバート様は少し思案し、けれど頷いた。

「うん。大丈夫。おいで」




王家の馬車に乗り、王宮へ。

これ最終イベント付近でみたことあるわ。段階すっ飛ばし過ぎだわ。

けどスチルイベントってわけでも無いし、大丈夫かな。たぶん。

王宮の控室のような場所に通された。

「私の控室です。どうぞお楽に」

フェルディナンドが椅子を勧めてくれた。

アルバート様もヴィンセントも自室のように寛いでいる。仲いいんだなこの三人。

「ヴィンセント」

椅子に反対向きに跨り、椅子の背に顎を乗せたヴィンセントの頭をフェルディナンドが軽く叩く。

「ここでならいいだろう、フェルディナンド」

「淑女の前ですよ。だらしない」

「ロゼッタには僕のだらしない姿を既にみられているから気にしないのさ」

えっ、と二人の視線が集中し、私は弁解する羽目になった。

「単に花畑で寝転んでいた所に出くわしただけです。そもそもお会いしたのは二度目です。親しくありません」

「傷付くなあ。もう少し打ち解けてくれてもいいと思うよ」

「打ち解けるには時間が掛かりそうですね」

アルバート様が笑いを堪える。

「形無しだね、ヴィンセント」

「プレイボーイの名が泣きますね」

二人に良いようにあしらわれ、ヴィンセントは拗ねたように唇を尖らせた。

私もつられて笑ってしまった。

ノックの音がする。扉は開け放たれたままなので、宮廷術師の人が見えた。

そうか、淑女が居るのにドアを閉めたりしない。流石だフェルディナンド。紳士だ。

宮廷術師の彼女が私の頬に手を翳すと、柔らかな光が零れる。

タンポポみたいな光だなあと思っている間に終わった。

「きれいに治りましたよ。よかった。女の子が顔に傷を作っては大変ですものね」

「ありがとうございました」

丁寧にお礼をいい、アルバート様に向き直る。

「アルバート様もわざわざ王宮までお連れくださいまして、ありがとうございました」

にこりと輝くロイヤルスマイル。

「気にしないで」

眩しい。


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