次の日私は早々にセラフィナ様に御礼を申し上げに行った。
「昨日はご迷惑とご心配をお掛けし、申し訳ありませんでした。保健室まで運んでくださったそうで、ありがとうございます。御礼申し上げます」
深々と頭を下げる私にセラフィナ様はツンとした表情で
「もう、具合は大丈夫なのかしら?」
冷たく見せた表情の裏に心配が透けて見えて、私の胸は高鳴った。
「はい。お陰様で。丈夫なことが取り柄です」
「そう。今後は気を付けるようにね。危険だと思ったら、すぐに人を呼ばねば駄目よ」
「はい」
嬉しくて顔がにやついてしまう。セラフィナ様が私を心配してくださっている。
目の前でにやにやと照れ笑う私は相当に気味が悪かったことと思う。
セラフィナ様、申し訳ない。
魔法訓練場は立ち入り禁止になっていた。人垣ができている。
様子を見ようと背伸びしてみたが、中は見えない。
壊してしまった水晶玉、弁償とかになるんだろうか。お金が、お金が足りない。
「ああ、君。ロゼッタ」
急に声を掛けられ振り返れば、そこにはアルバート殿下が居た。
「殿下!ご機嫌麗しゅう存じます」
殿下は興味深そうに私を見て、微笑む。
「ちょっと付き合って貰えないだろうか」
薔薇園に連れて行かれ、ベンチを勧められる。一礼して座って、気付いた。
アルバート殿下のお付きの人。モブで名前は知らないけれど、いつも一緒に居る人。
私を警戒しているらしい。
「ロゼッタ、君は昨日魔法訓練場の水晶玉を破壊したそうだけど、それは本当かい?」
気まずいが嘘を吐く訳にもいかない。
「本当です」
視線を逸らせつつ頷く。弁償だろうか。弁償なんだろうか。
怖気づく私に、殿下は顔を輝かせて笑った。
「凄いな」
「は」
「何年かに一度くらいの割合で、水晶玉を壊す生徒が現れるらしいんだけど。はは。私がお目に掛れるとはね」
ご機嫌な殿下に私は思わず眉を寄せた。
何故こんなにも楽しそうなんだろう。麗しいお顔は目の保養だけれど。
「殿下。ロゼッタ嬢が戸惑っておられます」
「おっと、失礼。フェルディナンド、説明を」
「は」
このモブさんはフェルディナンドというのか。
サラサラの綺麗な髪は灰色に見える銀髪だろうか。瞳の色は黒に近い紫。
この人も問答無用な美形だ。
隣に居るのが美の化身たる殿下だから全然目立ってないけれど。
「ご説明申し上げます。何年かに一度、水準以上の魔力を持った生徒が現れ、水晶玉を破壊するというのがある種恒例のようになっております。あの水晶玉は魔力の測定器も兼ねておりまして、それぞれの魔力容量を推し量れる設定になっております。かつては一瞬で水晶玉を木っ端微塵にした者もおりました」
「今宮廷魔術師をしているフランソワ・マイエというんだが、ふふ。彼は数百年に一度の逸材だそうだよ。君はどのくらいの器なのかな」
「畏れ多いことでございます」
殿下は苦笑すると私の顔を覗き込む。至近距離にその美貌はまずい。
頬が赤くなるのが分かった。思わず仰け反ってしまう。
「堅苦しいな。殿下は止めよう。ここでは同じ学生だ。アルバートと呼んでほしいな。私は二年生だし、そうだな、アル先輩とかどうだい?」
「アルバート様。お戯れが過ぎます。ロゼッタ嬢が困っておいでです」
助かった。ありがとうフェルディナンド氏。
「君とは仲良くなれそうなんだけどな、ロゼッタ。君は私に群がる令嬢たちとは違うだろう」
引っ掛かる単語に私は顔を上げた。
殿下は。アルバート様は少し寂しそうに肩を竦める。
「肩書が王太子だから仕方ない所もあるのだけれど、私は気安く話せる友が欲しいんだ。フェルのようにね」
フェルディナンドが軽く咳払いをした。
「アル、あまり王太子らしからぬ振る舞いは」
「ここだけだよ。君の前だけだ、フェル。ロゼッタ、すまない。迷惑だったら忘れてくれ」
迷惑なんてあろう筈がない。だがこれはフラグなのだろうか。
展開が私の知っているゲームと違い過ぎてよくわからない。
フラグを折りつつ何とか仲良くなる術はないものか。
「アルバート様は、気楽に離せる友人が欲しいのですよね」
「そう。というか君が規格外過ぎて興味がある」
「珍獣ですか」
思わず鼻の頭に皺を寄せてしまうと、アルバート様は楽し気に笑った。
「そう。そういう反応が欲しかった」
孤独な王子様。心を許せる友は僅かしか居なくて。
いつも他人の目に晒されて、気を抜ける場所は少ない。
「わかりました。私で良ければ喜んで。と言っても別に騒動を起こして回るつもりは無いので、面白いかどうかは保証し兼ねますが」
私の答えにアルバート様はそれはそれは綺麗な笑みを見せた。
フェルディナンドが優し気に微笑んで頭を下げる。
薔薇園での秘密の会話。
そしてそれをセラフィナ様が目撃してしまったんだなあ。
このローズガーデン・ロマンスのシステムは、どうしてもセラフィナ様の悪役令嬢フラグを立てたいらしい。
よしわかった。受けて立とう。
セラフィナ様は私が守る。フラグなんてバッキバキに折ってやる。
そんな決意を胸に、私は今セラフィナ様の取り巻きAとBの前に立っていた。
そういえば名前何て言うんだろう。
「貴方生意気ですわよ。王太子妃候補に相応しいのはセラフィナ様ですわ」
「王子殿下に取り入って、セラフィナ様のお心を騒がせるなんて許せませんわ」
私は軽く溜息を吐く。
セラフィナ様がいらっしゃらないなら遠慮する必要はない。
「そもそもあなた方はどなたですか。セラフィナ様のご友人でいらっしゃるのなら、セラフィナ様のご迷惑になるような振る舞いは慎むべきかと存じますが」
キッパリはっきり言い切った私に二人は怯んだようだった。
「私のことはご存じのようですが、名乗ります。ロゼッタ・クラヴィスと申します。あなた方もお名乗りあれ」
「アナベル・エインズワースですわ」
「ベアトリクス・バグウェルですわ」
あ、本当にAとBなんだ。
「アナベル様、ベアトリクス様。私も王太子妃候補に相応しい方はセラフィナ様だと思っております」
あら、まあ、と二人が目を丸くする。
「であればこそ、セラフィナ様の評判を貶めるような真似はお止めくださいませ。私ごときにそのような圧迫は不要ですし、外聞も宜しくないと存じます」
二人はしゅんと俯いた。
「それは、その通りですわね。浅慮でしたわ」
「わたくしたち、セラフィナ様の邪魔をする者が気に障りましたの」
なんだ。良い子たちじゃない。
「であればアナベル様、ベアトリクス様。私たちは同志と言えるのではないでしょうか」
私は両手を広げる。
「私は先日セラフィナ様にお助け頂きました。そのお優しさに感服し、心酔致しております。どうかセラフィナ様のお優しさや素晴らしさを広めてくださいませんか?目に余る者の足を引っ張るのではなく、セラフィナ様を誉め称え、そのお人柄の素晴らしさを広めるのです」
目から鱗が落ちたような顔をした二人は、俄然顔を輝かせる。
「素晴らしいわ!それは良いわ!」
「わたくしたちなんで気付かなかったんでしょう!」
二人は私の手を取り笑顔で誓う。
「わたくしたちで、セラフィナ様を盛り立てて参りましょうね」
「ええ。あの方の素敵な所をもっともっと知って頂きましょう」
私は満面の笑みで応えた。
「是非、お力添えをさせてください」
セラフィナ様の幸せのために!いざ!