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第3話

ある日の学園での授業のひとコマ。

ロゼッタ・セアラ・クラヴィスに転生して初めての数学の授業だ。

ロゼッタは特待生で勿論数学も得意なのだが、『私』小林ミオは数学が大の苦手だった。

恐る恐る教科書を見る。

するとなんてことだろう、するすると頭に入って来るどころか頭の中に回答が浮かぶ。

理解できるというより、既に理解できている、、、、、、、。すごい。特待生すごい。

当てられた問題も難なく解けて、板書しようものなら手が勝手に動いていく感覚だ。

なんだこれ。すごい。

国語も社会も古代語も。

そして魔法。

実は一番楽しみにしていた授業だ。ゲームではパラメータを上げる為の選択しか出なかったが、今回は実際に魔法ができる。

「では皆さん、杖を構えて」

ラティオー先生が教壇で杖を振って見せる。

「順番はこうですよ。はい、一、二。二拍子ですから簡単ですね。はい、一、二」

杖を上から下へひらがなの「し」を描くように振る。

きらきらと軌跡を描いて皆の杖が光る。

何てきれいなんだろう。

「先生、こんなのつまんないです。もっとすごいのやりたいです!」

男子生徒が喚く。

「基本を疎かにすると大事故に繋がりますよ。はい、続けて」

隣の席の女子生徒がちらりと私を見た。

「でも、ちょっとつまらないわよね?」

亜麻色の髪の乙女。なんて言葉が浮かんだ。

柔らかな茶色の眸がくるんと動く。可愛らしい子だ。

「そうかしら。でもそうね。もっと色々やってみたい気はするわ」

「ね!あ、私クラリス。クラリス・サーノ。ミドルネームはジュリエット。宜しくね」

「私はロゼッタ・セアラ・クラヴィス。宜しく」

すこん、と飛んできた何かが後頭部に当たった。

「ごめん、大丈夫?」

男子生徒が杖をすっ飛ばしたらしい。

「大丈夫。でも気を付けて」

「うん。ごめん」

杖を渡すと男子生徒は歯を見せて笑った。

モブキャラなんだろうな、と思いながらも、皆それぞれ個性があって。

生きているんだな、と改めて感じた。

ただのゲームの世界じゃなくて。皆、それぞれ生きて動いている。




セラフィナ様に近付こうと四苦八苦して気付いたことがある。

もしかして、ある程度ゲームに沿わないと、セラフィナ様とは妨害イベントすら起こすことができないのではないだろうか。

ロゼッタは特待生として名を上げ、アルバート殿下のお妃候補にまでなる。

そして起こる数々の妨害、陰謀、嫌がらせ。

それはいずれセラフィナ様の破滅に繋がる。

嫌だなあ。

何とかして妨害イベント無しに、セラフィナ様に近付く手段は無いものか。

図書館で借りた本を返却し、ふと窓から外を見た。

セラフィナ様!

セラフィナ様が木の下、穏やかに本を読んでいらっしゃる。

周りには誰も居ない。

風がそよいで銀髪が揺れる。木漏れ日がきらきらと踊る。

美しい。涙が出そうだ。

近付きたいが、静かで穏やかな時間を邪魔したくはない。

こっそりと見詰めるだけで満足しよう。

うっとりとセラフィナ様を見詰めている私を、更に見詰める影には気付かなかった。




そうして何日か、図書館の窓辺からセラフィナ様を見詰めるだけの日々が続いた。

今日は雨。セラフィナ様はあの木の下にいらっしゃらない。

私は軽く溜息を吐いて本棚へ向かった。

セラフィナ様が一番だが、ここの蔵書も私の興味を引くものであるのは間違いない。

何せ知識の宝庫。ローズガーデン・ロマンスの設定資料が山とある。

歴史書だったり魔法書だったり、それは色々だけれど、見ていて飽きないのだけは確かだ。

そしてそれはパラメータにも影響するようで。

パラメータウィンドウが見られないか試してみたら、できた。

魔力が高いのは良しとして、体力と筋力が少し低いな。

来るべき時に備えて体力作りをしなくては。

来るべき時というのは勿論アルバイト。魔物退治である。

結構良い収入になるのだが、無論失敗もすれば怪我もする。

もう少しパラメータを上げてからでないと、挑戦すらできない。

訓練場へ足を運べば、そこに攻略対象その三、コンラッド・ダリル・ルシオラが居た。

彼は将来の騎士を目指して剣技を磨く二年生だ。

赤みの強い茶色の髪、深い緑色の眸。日に焼けた肌に鍛えられた体躯。

ロゼッタとは剣の稽古を通して親しくなる。

フラグを立てたくは無いが、パラメータの上昇率がとてもいいので、見逃すには惜しい。

コンラッドがこちらを見た。

私は一礼し、近付く。

「初めまして。一年生のロゼッタ・クラヴィスと申します」

「コンラッド・ルシオラ。二年生だ。剣の訓練か?」

「はい。ご指導願えませんか?」

「俺で良ければ」

コンラッドは快く引き受けてくれた。良い人なんだよなあ。

そして体力と筋力のパラメータがぎゅんぎゅん上がる。とても良い。

「筋が良いな」

「ありがとうございます。先輩の教え方がわかり易いので」

ぴろりん、と効果音がした。しまった。つい癖で好感度を上げてしまった。

フラグ立てないように気を付けなくちゃ。




雨はまだ降り続いている。

この世界天気予報ないからなあ。イベント以外の天気なんて気にしたこと無かった。

そりゃあ普通に曇りも雨もあるだろう。

しかし朝家を出る時には見事な晴れだったもので、傘を持ってきていない。

学園の玄関口で空を仰いでも雨が止む気配はない。

仕方ない。走って帰るか。

鞄を頭に掲げ、走る用意をしたところで声を掛けられた。

「お前、まさか走って帰るつもりじゃないだろうな」

振り返れば攻略対象その四、バートラム・ロイド・モルス。

黒髪黒目の涼やかな外見の子爵家のご令息だが、その実モルス家は代々王家のお抱え暗殺者である。

バートラムは家系を誇りに思いつつもその血塗られた歴史故に、ロゼッタから距離を置こうとするのだが……というのがシナリオ。

「勿論走って帰るつもりですが何か」

バートラムは片手で顔を覆った。呆れている。

「バカかお前は」

この「バカか」って言うのがまたいいのよね。好き。それはともかく。

「転んだらどうする。風邪を引くかもしれんだろう。大体貴族令嬢が雨の中走るんじゃない」

お人好し。私は思わず苦笑する。

「どうぞお気になさらず。没落貴族ですのでそういった行動には慣れております。では」

ここでバートラムが傘を貸してくれるスチルが入るのだが、彼に風邪を引かせてはならないし、フラグも立てる訳にはいかない。

セラフィナ様の為だ。悪く思うなバートラム。

「では、じゃない。あ、こら!」

私は構わず走り出す。

幸い小雨だ。この程度ならびしょ濡れは免れる。

と思っていたらバートラムが走って来て並んだ。

「何やってるんですか!」

「お前が走り出すからだろう!」

「だからってつられてどうするんですか!」

「ええい、うるさい!とにかくそこの辻馬車の駅まで走れ!」

「辻馬車なんて乗りませんよ?!」

「何故だ!?」

「言ったでしょ、没落貴族!お金無いんです!」

バートラムは舌打ちすると私の腕を取って引っ張った。

「馬車代くらい奢ってやる」

「まあありがとうございます。でも結構です!施しは受けません!」

「施しではなく!ああもう!女性が困っていたら助けるのが紳士の役目だろう!少しは淑女らしくしたらどうだ!」

バートラムってこんな奴だっけ。

結局怒鳴り合ったまま辻馬車に二人で乗り込んで、家まで送ってもらってしまった。

「折角ですのでお茶でも如何ですか。大したものはお出しできませんが」

「いや、結構。では失礼する」

正直断ってくれて助かった。

お茶は出涸らしのような粗末なものしか家には無い。

一緒に出す茶菓子も無い。

「あ、お名前!私ロゼッタ・クラヴィスと申します!」

「バートラムだ。じゃあ」

家名を名乗らないでバートラムは辻馬車で去って行った。

いろいろ、ゲームとは齟齬が出て来たな。

まだ序盤だというのに、展開が違い過ぎる。



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