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第2話

教室に向かう途中、人波に押され、私はうっかり誰かにぶつかって跳ね飛ばされた挙句に抱き留められてしまった。

「申し訳ありません!お怪我は?」

あ、これ強制出逢いイベントだ。

「いや、大丈夫。君こそ怪我はないか?」

受け止めてくれたのは攻略対象その一、アルバート・ダリウス・マレ・レティシア殿下。

蜂蜜色の柔らかな癖毛。エメラルドのようなきらきらしい緑の双眸。

何度見ても麗しい。

レティシア王家第二王子で王太子。兄上がいらっしゃるが王位継承権を放棄している。

厳格な父王と優雅な母妃の間に生まれた、常に冷静沈着な王子だ。

最初はロゼッタに対して無関心に見えるが、徐々に彼女の魅力に気付いて心を開いていく。

その殿下との初対面。

「はい。大丈夫です。受け止めてくださってありがとうございました。失礼します」

本当はこの後に会話があったり選択肢が出たりするのだが、私は早々に一礼して逃げた。

後ろで殿下が怪訝そうな顔をしているのがわかった。

だって、ここで殿下と新密度上げることで、セラフィナ様のライバル心に火が付いちゃうんだもの。回避回避。

セラフィナ様は、初日から殿下に対して馴れ馴れしいと注意をしにいらっしゃる。

あれ?ということは、あそこで殿下の好感度上げておかないと、もしかしてイベント起きない?

セラフィナ様はアルバート殿下に密かに恋心を抱いていて、それが故にロゼッタとの恋のライバルともなるのだが。

失敗したかもしれない。




心配は杞憂に終わった。

セラフィナ様からのお呼び出しを頂き、私は今裏庭の薔薇園に居る。

セラフィナ・アンネリーエ・ヴェリタス様。私の一番の推し。

薔薇に囲まれたセラフィナ様の美しいことよ。まるで女神だ。

銀糸のような輝く髪は緩く巻いて背中に流れている。

紫水晶のような眸は少し憂鬱な光を宿して、長い睫毛が細い影を落としていて。

肌は白雪。頬は淡い薔薇色。唇は珊瑚。

いつまでだって見ていたい。だが彼女の魅力は外見だけではなく、寧ろその中身であって。

「ちょっと貴方、聞いていて?セラフィナ様のお言葉よ」

取り巻きAが声を上げ、取り巻きBが腕を組む。

セラフィナ様は不機嫌そうに眉を寄せていらっしゃった。

「はい。何でございましょう」

私が真っ直ぐセラフィナ様を見詰めると、彼女は少し怯んだように目を細めた。

いけない。威圧してしまった。

ロゼッタは目力がある少女だ。魔力も強い。それによって特待生に選ばれたこともあって、無意識に圧を掛けてしまう。気を付けねば。

「貴方、ロゼッタ・クラヴィスと言ったわね。初日からアルバート殿下にご迷惑をかけるだなんて。身の程を知りなさい」

私は綺麗に礼をする。

「仰る通りです。身の程をわきまえず失礼を致しました」

セラフィナ様は少し鼻白んだ。

「弁えているなら良いのです。それだけよ。下がって宜しい」

「はい。失礼致します」

頭を下げた私の横を、ぶぅん、と蜂が飛んで行った。

「きゃ!」

「蜂ですわ!」

「いやだ、来ないで!」

慌てふためく令嬢たちに蜂も興奮して羽音を荒くする。

まずいな。

「皆様、落ち着いてください。興奮させると刺しますよ」

「落ち着いてって、貴方、よく平気でいられますわね?!」

取り巻きAが思い切り手を振った。蜂を追い払おうとしたのだろうけれど逆効果だ。

「危ない!」

私は咄嗟に杖を振った。

魔法の杖。ローズガーデン学園の生徒なら誰もが持っている、魔法道具で一番大切なもの。

使ったのは氷の魔法。

蜂は見事に凍り付き、床に落ちる。

「全く、なんてこと」

取り巻きBが凍り付いた蜂を踏もうとしたので慌てて突き飛ばしてしまった。

「きゃ!何なさるの!」

「踏み潰さないで!刺されなかったのですから逃がしてやってください」

彼女はAに抱きかかえられて憤懣ふんまんやるかたない様子だ。

まあ、無理もない。

「溶ける前に殺しなさいな!」

「無益な殺生は致しません!」

咄嗟に叫んで思った。

魔物討伐とかアルバイトでこれから散々やる癖に何をほざくか。

でもまあ、蜂はまだこちらを害してないわけだし。今凍ってるから無抵抗だし。

気分だ気分。咄嗟に出ちゃったんだ。仕方ない。

私の剣幕に驚いたのか、セラフィナ様は長い睫毛を瞬いた。

こんな表情もするのか。お美しい。

状況がこうでなければゆっくり見詰めていられるのに。

「では、失礼を」

私は蜂を杖の先に付けると、とっとと薔薇園を逃げ出した。

その姿を殿下に見られているとは、ちっとも気付かなかったのだけど。




花畑の一角に蜂を下ろして魔法を解く。

蜂は震えながらまたどこかへ飛んで行った。

「ごめんねえ。無事に帰ってね」

蜂の飛んで行った方向をぼんやり見詰め、私は花畑に視線を移した。

絨毯のような白詰草の上、男子生徒が横たわっていた。

攻略対象その二、ヴィンセント・シリル・ユース。女性に優しいプレイボーイ。

琥珀色の真っ直ぐな髪。今は閉じていて見えないけれど綺麗な紺碧の眸。

出逢いイベントその二だろうか。ここでは無いはずなんだが。

私はそっと音を立てずにその場を去ろうとし、できなかった。

「お嬢さん、髪留め外れそうだよ」

声を掛けられ私は慌てて頭に手を遣った。

「動かないで。直してあげるから」

ヴィンセントは手慣れた様子で髪を留めてくれた。

「ありがとうございます。お手数をお掛けしました」

「おっと、そのまま行くの?自己紹介させてよ」

立ち去ろうとした私を引き止め、ヴィンセントは綺麗に一礼した。

「ヴィンセント・ユース。二年生だよ。宜しく。君は?」

ミドルネームは明かさない簡略な挨拶。普通はそうだ。

私もそれに倣う。

「ロゼッタ・クラヴィスと申します。一年生です」

完璧なカーテシー。

ロゼッタは没落貴族の娘だけれど、礼儀作法はきっちり教え込まれている。

どこに出しても恥ずかしくない、両親自慢の娘だ。

「君が噂の特待生の子だね」

「噂、ですか」

「とても可愛くて優秀なんだってね」

「畏れ入ります」

「変に謙遜しないのも気に入った」

「はあ」

何と答えていいものやら、私は困る。

下手にフラグを立てたくないのもある。

今回私が目標にしているのはセラフィナ様の救済だ。

ゲームでは何をしても破滅してしまうセラフィナ様だが、ここに『私』がロゼッタとして介入することで、もしかしたら別のルートが開くのではないかと淡い期待もしている。

現に少しずつだけれどゲームには無かった展開となっている。

出逢いイベントはスチル付だが、殿下との出会いではスチル回避できたと思うし、ヴィンセントのスチルはここではなく、池のほとりだ。

「心ここにあらず?妬けるな。誰を想ってるの?」

思わずぽろりと本音が零れた。

「セラフィナ・ヴェリタス様でしょうか」

予想外の返答だったのだろう。ヴィンセントは一瞬固まった。

「あの方、お美しくて優雅で、憧れます。お近付きになれたら嬉しいのですが」

「ふぅん?セラフィナ嬢ねえ」

意外、と頭を掻くヴィンセントに思わず食いついた。

「ヴィンセント様は、セラフィナ様とお親しいのですか?」

「様じゃなくていいよ。ヴィンセント先輩で。親しくは無いが、知ってはいるかな。アルバートのお妃候補だからね。アルバートは知ってるよね。王太子。第一王位継承者」

「はい。勿論存じております」

「名立たる家の令嬢は皆アルバートのお妃候補の座を狙ってるよ。君も狙ってみたら?」

私は苦笑する。

「分不相応に過ぎます」

アルバート殿下はローズガーデン・ロマンスで最難関の攻略対象だし、仮にフラグを立てたとして、王太子妃になるわけにはいかない。

ゲームの後の展開がどうなっているかは知らないが、未来の王妃などできる訳が無い。

ロゼッタ・セアラ・クラヴィスならともかく、中身が『私』、小林ミオだ。

無理過ぎる。

「セラフィナ様が未来の王妃になられたら、アルバート殿下ととてもお似合いですね」

うっとりとその光景を思い浮かべ、私はすっかり妄想に浸っていた。




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