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乙女ゲームの主人公に転生しましたが、私の推しは悪役令嬢です!
浮田葉子
ゲームゲーム世界
2024年09月15日
公開日
29,244文字
連載中
乙女ゲーム「ローズガーデン・ロマンス」の主人公ロゼッタに転生した『私』。
だが『私』の推しキャラは本来のストーリーで破滅を迎えるはずの悪役令嬢セラフィナ。
運命を変え、彼女を救い出すために奮闘する主人公の物語。

第1話

小鳥の囀る声。窓から漏れ入る朝日の輝き。

甘い眠りに揺蕩たゆたう私を優しく揺らす母。

「起きなさい、ロゼッタ。遅刻しますよ。今日から学校でしょう」

「もう少し……」

私は夢現で答え、布団を頭まで引き被った。

「もう、ロゼッタったら。楽しみにしていた入学式、遅刻してもいいの?」

再度私を揺らす母の手に、違和感を覚えた。

ロゼッタって誰だ。

そもそも学校って何だ。

私はとうに社会人で、そもそも一人暮らしの筈。

ああ、なんだ。夢か。

夢ならもう少し寝ていてもいいだろう。

「ロゼッタ、起きなさい。流石に怒りますよ」

布団を剝ぎ取られ、私は渋々起き上がった。

目の前に居るのは知らない女性。母と呼ぶには若いのではないだろうか。

「もう、何をぼんやりしているの?顔を洗っていらっしゃい」

母は苦笑すると私を引っ張り起こし、ベッドの隣の洗面器に水を張って……。

洗面器。水道は?

まだはっきりしない頭を振り、洗面器に張られた水に顔を映して。

私は今度こそ目を覚ました。

映っていたのはロゼッタ・セアラ・クラヴィスという少女の顔。

私がやり込みにやり込んだ乙女ゲーム、「ローズガーデン・ロマンス」の主人公のデフォルト名だ。

ぺたぺたと頬を触れば滑らかな感触があり、水鏡の彼女も呆然と頬を触っている。

抓れば痛い。

『私』は小林ミオという名のしがないOLだった筈。

まさかこれは転生という奴なのか。私は死んだのか?

昨日は普通にゲームやって寝た筈だが、まさかの突然死。いやまさか。

両親に申し訳ない。親不孝者でごめんなさい。え、どうしよう。

マンションでOLが孤独死とかニュースで流れるんだろうか。

間抜けな言葉ばかりが空疎に浮かんでは消える。

「まあ、ロゼッタ!どうしたの、大丈夫?どこか痛い?」

いつの間にかボロボロと涙が零れていた。

ああ、ごめんなさい。そうじゃない。

ごめんなさい。私は貴方の可愛い娘のロゼッタではなくて。

本物のロゼッタは何処へ行ってしまったんだろう。

ロゼッタの母は優しく私を抱き締めてくれた。

「大丈夫よ。怖い夢を見たの?大丈夫よ。貴方はここに居るわ」

優しい声に益々涙が止まらない。




漸く泣き止んで、腫れた瞼をロゼッタの母が氷の魔法で冷やしてくれた。

魔法。初めて体感した。

冷たい。本当に私、ここに居るんだ。

改めて周りを見回した。

ローズガーデン・ロマンスのロゼッタの部屋。ゲーム画面で何度も見た。

柔らかいピンクの、いかにも女の子の部屋。

少しばかり簡素な、というかみすぼらしい様子の壁に歪んだ窓。傷んだレースのカーテンが揺れている。

ロゼッタは没落貴族、クラヴィス伯爵家の娘だ。

名ばかり貴族のクラヴィス家は父も母も働きに出ていて、使用人も居ない。

小さな邸も古ぼけて、あちこち修繕しつつ使っているものの、雨漏りやら鼠やら、屋根裏部屋の鳥やら、酷い有様だ。

これは確かに稼いで家を立て直したい気持ちもわかる。

ローズガーデン・ロマンスは所謂いわゆる乙女ゲームで、ローズガーデン学園での行動が基本だが、討伐イベントや人助けイベントが有り、そこで成功するとお金が貰える仕組みになっている。

ロゼッタは特待生なので教科書は無料で提供されているが、他のイベントに必要なものは都度、稼いだお金で買わなくてはならない。

舞踏会用のドレスとか、おしゃれアイテムとかそういうものだ。

無くても困らないが、有ると攻略対象の好感度があがるというアレだ。

無論私は毎回フルに稼いで家を修繕し、両親に楽をさせる為にサブイベントに勤しんでいたプレイヤーである。

ついでに全員同時攻略もしていたり、縛りプレイもしてみたり。それなりの猛者だ。

それはともかく。

ここが本当にローズガーデン・ロマンスの世界なら、彼女がいる筈だ。

私の一番の推しである、セラフィナ様。ロゼッタのライバルでヴェリタス公爵家令嬢。

俗に言う悪役令嬢に当たるのだろう。

彼女について語り出したら私は長い。

その美しさから気高さから、とにかく尊い。

悪役になってしまっているのも公爵家からの重圧だったり過度な期待だったりで、彼女自身の心掛けが悪い訳ではない。プレッシャーとプライドで雁字搦がんじがらめなだけ。

本当は繊細で優しい、恋する乙女なのだ。

ともかく。セラフィナ様にお会いできるのだ。

俄然私はやる気になった。

何度も繰り返したオープニング。母との遣り取りは完璧に覚えている。

卒なくこなし、いざ入学式へ。

新入生の列に並ぼうとすると突然声を掛けられた。

「ロゼッタ・クラヴィス」

背の高い女性。この人はソフィア・ラティオー先生。基礎魔法学の先生だ。

「はい。何でしょうラティオー先生」

彼女は少し驚いた顔をして私を見る。

「貴方、もうわたくしの名前を覚えているの?光栄だわ」

しまった。初対面だった。

毎度先生にはとてもお世話になっておりますので、もうすっかり顔馴染みのつもりでした。

「それはさておき、特待生は新入生代表としての挨拶があります」

「え」

このゲーム何周もしたけどそんなの初耳。

「こちらで待機するように」

「はい。畏まりました」

流れるように優雅な貴族礼ができたのは、おそらくロゼッタの身体に染み付いた経験から。

それはともかく。聞いてないぞ。何を言えばいいんだ。

新入生代表の特待生だなんて言ったって、ロゼッタはともかく『私』は何もしていないんだから。

などと思っている間に順番が来た。

ええい、当たって砕けろ。主人公補正が利くことを願う。

私は深呼吸をし、台の上に立った。

全員の視線がこちらを向くのがわかる。

その中に憧れのセラフィナ様の姿を見つけ、テンションがち上がった。


「ご列席の皆様、そして新入生の皆様、こんにちは。私はロゼッタ・セアラ・クラヴィスと申します。このたび、光栄にもローズガーデン学園の特待生として、新入生代表の挨拶を任されましたこと、心より感謝致します。この学園は、長い歴史と伝統を誇り、貴族や王族、そして次代を担う多くの才能ある人々を輩出してきました。ここに集まった私たち新入生は、その輝かしい歴史の一端を担うこととなります。この学園での日々を通じて、学問、礼儀、そして友情を育み、私たち自身が成長していくことを強く胸に誓います。私はまだ至らないところが多くありますが、ここで学ぶすべての皆様とともに、自分自身の可能性を広げ、努力を惜しまず、学園の名に恥じぬ学生として成長することを目標といたします。また、同じ新入生として、皆様とこの素晴らしい学園で切磋琢磨し、互いに学び、支え合うことができれば幸いです。私たちの未来が、このローズガーデン学園での経験によって豊かに花開くことを信じて、これからの学園生活を楽しみにしております。結びに、今日この日を迎えるにあたり、私たち新入生を支えてくださったご家族、先生方、そして学園の皆様に感謝の意を表し、挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」


割れんばかりの拍手に迎えられ、私はどうにかふらつかずに台を降りた。

主人公補正すごい。漠然と考えるだけで形になる。

これはすごい。ありがたい。




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