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22 八月十五日(日)(五日目)

 朝日が昇る空のもと、冬花ちゃんのオープンカーに見送られて僕は自分の部屋に帰ってきた。

 寝不足と二日酔いで、頭痛がひどい。きっと顔色も相当酷いだろう。

 でも、僕の心はこの青空のように晴れやかだった。


 それもこれも、一晩中冬花ちゃんと楽しく話をしたからだ。

 少し前まで、彼女にちょっとした反抗心のようなものを抱いていたのに、我ながら調子がいい。


「ただいま、ヨル」


 声をかけながら玄関ドアを開けると、風呂場からシャワーの栓が締められる音が聞こえた。

 お風呂に入っていたのかな? と思い、そのまま部屋に向かうと、


「北村さん、おかえりなさい! 同窓会楽しかったですか?」


 一糸まとわぬ姿のヨルが、勢いよく風呂場から顔を出した。


「うわあああ! 服、着て!」

「ヨルは大丈夫ですよ」

「僕が大丈夫じゃないの!」


 ヨルはちょっと不服そうに頬を膨らませると、そのまま素直に風呂場の扉を閉めた。

 ややあってミニワンピースに着替えて戻ってきた彼女は、長い髪の毛から滴る水気をタオルで絞りながら、部屋の真ん中に座りこむ僕の隣へ腰を下ろした。

 湯上がりのヨルからは、とても甘ったるい匂いがする。


「もう……朝から刺激が強すぎるよ」

「まあ、そう堅いことを言わずに」

「それ君が言うのもちょっと違うんじゃないかな」

「そんなことより、同窓会はいかがでしたか?」


 彼女はずいっと僕に体を寄せてきた。

 正直、ヨルから言われるまで、同窓会のことなんてすっかり忘れていた。


「あんまりかな。でも、総合的に満点というか」

「んん?」

「とにかく、いい感じってこと。友達っていいものだね」


 僕はきっとすごくにやけているのだろう。「どういうことですかー?」と首をひねるヨルの追求を交わしながら、僕はコパンに餌をやるためにベランダへ出た。

 昨日置いた餌は、珍しく完食されていた。でも、コパンの姿はどこにもない。

 ヨルが来てからというもの、コパンと心の距離が離れている気がする。


 また遊びに来たら、猫グッズで思う存分遊んでやろう。


「そういえば、ヨルは十日過ぎたら、出て行っちゃうの?」

「寂しいけど、そうなりますね」

「そっか。ずっと家にいたらいいのに」

「もう、北村さん。ヨルが悪魔だってこと忘れてないですか?」

「関係ないよ、そんなの」


 だって、ヨルは友達化する前から……いうなれば、冬花ちゃんよりも先に僕のそばにいてくれた存在なのだ。


 そんな身近な人間ではないがが消えるのは、やはり寂しいものがあった。

 ヨルは肩をすくめ、呆れたように、


「もう。冬花さんが知ったら誤解されちゃいますよ?」

「えっ。なんで冬花ちゃんのことだってわかったの?」

「悪魔はなんでもお見通しなんです」


 ざわりと鳥肌が広がっていく。

 え、なんで? 

 いつから? どこまで?

 頭の中に疑問符が浮かぶ。

 僕が硬直したままヨルを見つめていたからだろう。彼女はちょっと困ったように笑った。


「携帯電話の画面にチャットの通知が表示されるでしょう? 北村さんが寝ているときに、覗き見しちゃいました。頻繁にメッセージが来る相手が冬花さんだったので、仲良くなったのかなって」

「全部読んでたの!?」

「通知だけで、メッセージの本文は見てないですよ! 最近構ってくれないから、ちょっとだけ意地悪しちゃいました」

「ああ……そっか。ごめん。でも、僕には時間がないから」

「冗談です。冬花さんとは、本当の友達になれそうですか?」

「そうなれたらいいなって思ってるよ」

「良かった! それならヨルも嬉しいです。これからも応援しますね」

「あ、ありがとう」


 ヨルは微笑みを浮かべると、慣れた様子でテレビをつけた。

 僕がいない間に観ていたのだろう。レンタルビデオ店で借りたDVDの数が増えている。

 並んで一緒に画面を観ると、グロテスクな画面が映し出されていた。


「相変わらず、悪趣味だなあ」

「すごく面白いんです」


 ヨルは赤い目を細めて微笑む。

 居心地が悪くて、ふと窓の外を見やる。すると、そこにはコパンが座っていた。

 ちんまりとした体に、ちょこんと揃えた前足。僕を観察するように、丸い目でじっと見上げてくるその愛らしい姿に思わず顔がにやけてしまう。


「なんだ、来てたの」


 だが、僕が窓を開けて手を差し出そうとすると、彼はシャッと毛を逆立て、一目散に逃げていってしまった。


「コパン?」


 機嫌が悪かったのだろうか。

 あんなふうに威嚇されるのははじめてで、ちょっとショックだ。

 …………。


 ……まあ、いいか。

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