旦那様は、タクシーへ電話していたみたいです。
すぐ、神社の前に一台のタクシーが到着。
乗り込むと運転手さんに旦那様が行き先を伝え、ゆっくりと発車しました。
運転手さん、黒いスーツに黒い帽子、前髪で目元を隠している為、なんとなく雰囲気が不思議な感じです。
「華鈴よ、伝えておらんかったが運転手はあやかしだぞ。現代で仕事をしている、百目だ」
「え? あやかしさん!?」
思わず運転手さんを見ると、ルームミラーを使い、私にペコリと一礼してくれました。
「まさか、現代にもあやかしがいるなど思っておりませんでした。生活はあやかしの世界、仕事は現代といった感じなのでしょうか?」
「そうだな。現代の空気は、我々あやかしには少々毒なのだ。排気ガスには、色々混ざっている。ずっと住んでいると体に不調をきたすのだ。だから、こちらでは長く生活はできん。仕事をする時間くらいがちょうどいい」
なるほど、確かに都会の空気は汚いと耳にします。
田舎の方は綺麗みたいですが、あやかしの世界程ではないような気がしますね……。
「それでしたら、やはり一瞬で移動した方がよろしかったでしょうか。五時間もずっとこちらに居なければならないのは、苦痛なのでは……?」
「我はよく現代に来ているからな、他のあやかしと比べると耐性はついている。一週間なら特に問題はないぞ」
「そ、そうなんですね。ですが、体調が悪くなりましたらすぐに言ってください。無理は駄目ですよ?」
「華鈴も同じだぞ? ぬしは我より我慢するからな。言いたいことは口にすること、我慢しない。それを約束したら、我も必ず約束しよう」
むぅ、そんなことを言うなんてずるいです。
でも、旦那様からのお約束です、頷くしかありません。
頷きますと、旦那様も笑みを浮かべ「よしっ」と納得してくださいました。
「ここから五時間、今までゆっくり話す時間がとれんかったからな。ゆっくり話すとしよう」
「はい! 沢山お話がしたいです!」
ここからは旦那様とお話しタイムです。
時々、運転手さんの百目さんにも声をかけ、楽しく時間を過ごす事が出来ました。
※
都会に辿り着きました。
今は、高層ビルの目の前に立っています。
「なんか、本場の都会と言ったような感じですね」
「そうだな……。車の音や人の気配がうるさいからあまり近づかんのだが、今回ばかりは仕方がない」
「仕方がない、ですか?」
「うむ。この高層ビルでぬしの母親は働いている、声をかけ時間を作ってもらわんとならん。アポを取っておらぬから帰される可能性があるがな」
「そ、うなんですね。あの、帰されたらどうするのですか?」
「出待ちか家に突撃」
当たり前のように言われてしまいました。
そのような事をしてもよろしいのでしょうか。
警察など、呼ばれませんか?
「行くぞ」
「はい」
流石に、今は手を繋ぐ事は出来ません。
でも、緊張で胸が苦しいです。
────私は我慢できるのでしょうか、大丈夫でしょうか。
もうあまり覚えていない母親を目にしたら、どのような反応をしてしまうのでしょうか。
自分でも、分かりません……。
高層ビルの自動ドアを開けると、中はアンティーク調に統一されているエントランスが見えてきます。
床や壁は、木の板? を使用しているみたいです。
白い机やカラフルな椅子、温かい雰囲気を感じる内装です。
落ち着きなく周りを見回していると、旦那様が私の名前を呼び受付に行ってしまわれます。
私も置いていかれないようについて行くと、受付の人が旦那様を見ました。
「こんにちは……?」
あ、旦那様の顔の黒い布を気にしているのでしょうか、凝視しております。
現代では、顔を隠す理由があるとはいえ、黒い布は目立ちます。
どのように、説明するのでしょうか。
「アポを取っていなくて悪いな。ここに、
あ、なるほど。
説明をしないということですね、さすがです。
「あ、はい。おりますが、どのようなご用事で」
「天魔鈴に話がしたい。だが、今は仕事中だろうから終わる頃にもう一度来る。どうにか、会わせてはもらえぬか?」
「かしこまりました。保険証などの証明書はありますか? どこの会社で働いているかわかる物も必要となります」
「おっと、なるほどな。ふむ、わかった。さすがにそれは用意していない。ここは何時まで営業している?」
「夜の九時までですよ」
「わかった、ありがとな」
これ以上は何も言わず、旦那様はビルから出て行こうとします。
もう諦めてしまったのでしょうか? ひとまず、着いて行くしかありません。
受付の人に一礼をし、旦那様の後ろを付いて外に出ました。
※
不思議な男性と、何も話さない女性が外に出ると、受付にいた女性は受話器を手にどこかへ電話をかけた。
数回、呼び出し音が鳴ると少し高めの、凛々しい女性の声が聞こえてくる。
『はい、天魔鈴です』
「天魔様、たった今、天魔様へ訪問がありました。会社名、名前など。証明できるものがなかったため、中へはご案内しておりません」
『私に?』
「はい」
『そう、怪しいわね。今日は、予定もなかったのに……。でも、帰してくれたのでしょう? ありがとう』
「私は、仕事をしたまでです。それより、少し気がかりなことがありまして…………」
『どうしたのかしら?』
「確か、天魔様には娘が一人いると、耳にしたことがあったのですがお間違いありませんか?」
『…………なぜ?』
「先ほど来た男性と共に行動していた女性の雰囲気や目元が、どことなく天魔様と似ているような気がしまして、ご確認させていただきました。出しゃばったような行動、申し訳ありません」
女性の言葉で黙ってしまった天魔鈴、受話器からも伝わるくらい焦りが滲み出ており、女性は何も言えずお互い黙ってしまった。
『……………………そう、わかったわ。頭の中に入れておく』
「はい、余計な事をしてしまい申し訳ありません。これで失礼します」
相手が電話を切ったことを確認すると女性も受話器を戻し、パソコンに手を添える。
いつものように仕事を開始しようとしたが、先ほどの鈴の反応が意外過ぎるものだったため、首を傾げてしまった。
「いつも冷静で、取り乱した姿など見せたことのない天魔様が、あそこまで焦りを露わにするなんて……」
独り言のように呟き、腕を組み考えるが何もわからない。
その間にも他のお客様が来たため、受付の仕事に戻った。
建物の外には、
夜空のような藍色の瞳を細め、受付の女性を険しい表情で見ていた。