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第17話 旦那様と親への挨拶 母親(3)

 旦那様は、タクシーへ電話していたみたいです。


 すぐ、神社の前に一台のタクシーが到着。

 乗り込むと運転手さんに旦那様が行き先を伝え、ゆっくりと発車しました。


 運転手さん、黒いスーツに黒い帽子、前髪で目元を隠している為、なんとなく雰囲気が不思議な感じです。


「華鈴よ、伝えておらんかったが運転手はあやかしだぞ。現代で仕事をしている、百目だ」


「え? あやかしさん!?」


 思わず運転手さんを見ると、ルームミラーを使い、私にペコリと一礼してくれました。


「まさか、現代にもあやかしがいるなど思っておりませんでした。生活はあやかしの世界、仕事は現代といった感じなのでしょうか?」


「そうだな。現代の空気は、我々あやかしには少々毒なのだ。排気ガスには、色々混ざっている。ずっと住んでいると体に不調をきたすのだ。だから、こちらでは長く生活はできん。仕事をする時間くらいがちょうどいい」


 なるほど、確かに都会の空気は汚いと耳にします。

 田舎の方は綺麗みたいですが、あやかしの世界程ではないような気がしますね……。


「それでしたら、やはり一瞬で移動した方がよろしかったでしょうか。五時間もずっとこちらに居なければならないのは、苦痛なのでは……?」


「我はよく現代に来ているからな、他のあやかしと比べると耐性はついている。一週間なら特に問題はないぞ」


「そ、そうなんですね。ですが、体調が悪くなりましたらすぐに言ってください。無理は駄目ですよ?」


「華鈴も同じだぞ? ぬしは我より我慢するからな。言いたいことは口にすること、我慢しない。それを約束したら、我も必ず約束しよう」


 むぅ、そんなことを言うなんてずるいです。

 でも、旦那様からのお約束です、頷くしかありません。


 頷きますと、旦那様も笑みを浮かべ「よしっ」と納得してくださいました。


「ここから五時間、今までゆっくり話す時間がとれんかったからな。ゆっくり話すとしよう」


「はい! 沢山お話がしたいです!」


 ここからは旦那様とお話しタイムです。

 時々、運転手さんの百目さんにも声をかけ、楽しく時間を過ごす事が出来ました。


 ※


 都会に辿り着きました。

 今は、高層ビルの目の前に立っています。


「なんか、本場の都会と言ったような感じですね」


「そうだな……。車の音や人の気配がうるさいからあまり近づかんのだが、今回ばかりは仕方がない」


「仕方がない、ですか?」


「うむ。この高層ビルでぬしの母親は働いている、声をかけ時間を作ってもらわんとならん。アポを取っておらぬから帰される可能性があるがな」


「そ、うなんですね。あの、帰されたらどうするのですか?」


「出待ちか家に突撃」


 当たり前のように言われてしまいました。

 そのような事をしてもよろしいのでしょうか。


 警察など、呼ばれませんか?


「行くぞ」


「はい」


 流石に、今は手を繋ぐ事は出来ません。

 でも、緊張で胸が苦しいです。


 ────私は我慢できるのでしょうか、大丈夫でしょうか。


 もうあまり覚えていない母親を目にしたら、どのような反応をしてしまうのでしょうか。

 自分でも、分かりません……。


 高層ビルの自動ドアを開けると、中はアンティーク調に統一されているエントランスが見えてきます。


 床や壁は、木の板? を使用しているみたいです。

 白い机やカラフルな椅子、温かい雰囲気を感じる内装です。


 落ち着きなく周りを見回していると、旦那様が私の名前を呼び受付に行ってしまわれます。

 私も置いていかれないようについて行くと、受付の人が旦那様を見ました。


「こんにちは……?」


 あ、旦那様の顔の黒い布を気にしているのでしょうか、凝視しております。

 現代では、顔を隠す理由があるとはいえ、黒い布は目立ちます。


 どのように、説明するのでしょうか。


「アポを取っていなくて悪いな。ここに、天魔鈴てんますずという従業員がいると聞いたのだが、いるか?」


 あ、なるほど。

 説明をしないということですね、さすがです。


「あ、はい。おりますが、どのようなご用事で」


「天魔鈴に話がしたい。だが、今は仕事中だろうから終わる頃にもう一度来る。どうにか、会わせてはもらえぬか?」


「かしこまりました。保険証などの証明書はありますか? どこの会社で働いているかわかる物も必要となります」


「おっと、なるほどな。ふむ、わかった。さすがにそれは用意していない。ここは何時まで営業している?」


「夜の九時までですよ」


「わかった、ありがとな」


 これ以上は何も言わず、旦那様はビルから出て行こうとします。

 もう諦めてしまったのでしょうか? ひとまず、着いて行くしかありません。


 受付の人に一礼をし、旦那様の後ろを付いて外に出ました。


 ※


 不思議な男性と、何も話さない女性が外に出ると、受付にいた女性は受話器を手にどこかへ電話をかけた。


 数回、呼び出し音が鳴ると少し高めの、凛々しい女性の声が聞こえてくる。


『はい、天魔鈴です』


「天魔様、たった今、天魔様へ訪問がありました。会社名、名前など。証明できるものがなかったため、中へはご案内しておりません」


『私に?』


「はい」


『そう、怪しいわね。今日は、予定もなかったのに……。でも、帰してくれたのでしょう? ありがとう』


「私は、仕事をしたまでです。それより、少し気がかりなことがありまして…………」


『どうしたのかしら?』


「確か、天魔様には娘が一人いると、耳にしたことがあったのですがお間違いありませんか?」


『…………なぜ?』


「先ほど来た男性と共に行動していた女性の雰囲気や目元が、どことなく天魔様と似ているような気がしまして、ご確認させていただきました。出しゃばったような行動、申し訳ありません」


 女性の言葉で黙ってしまった天魔鈴、受話器からも伝わるくらい焦りが滲み出ており、女性は何も言えずお互い黙ってしまった。


『……………………そう、わかったわ。頭の中に入れておく』


「はい、余計な事をしてしまい申し訳ありません。これで失礼します」


 相手が電話を切ったことを確認すると女性も受話器を戻し、パソコンに手を添える。

 いつものように仕事を開始しようとしたが、先ほどの鈴の反応が意外過ぎるものだったため、首を傾げてしまった。


「いつも冷静で、取り乱した姿など見せたことのない天魔様が、あそこまで焦りを露わにするなんて……」


 独り言のように呟き、腕を組み考えるが何もわからない。

 その間にも他のお客様が来たため、受付の仕事に戻った。


 建物の外には、七氏ななしが黒い布の隙間から覗き見える。

 夜空のような藍色の瞳を細め、受付の女性を険しい表情で見ていた。

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