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第14話  旦那様への手料理(5)

「すまぬな、そのような顔をさせるつもりはなかった」


 すいません。私も、旦那様を困らせたい訳では無いのです。

 ただ、怖いだけなのです。過去を繰り返さないか、とても……。


「我もまだ、華鈴の全てをわかってやることは出来ぬ。だが、何がぬしにそのような顔をさせているのかは、少しだけわかるぞ」


「え、私、旦那様にお話した事ありましたか?」


 確か、旦那様に私の現代での生活はお話していないはずです。なのに、なぜ知っているのでしょうか。


「では、明日。現代へ共に行くぞ」


「――――――――え?」


 私も、共にですか?

 い、今の話の流れで、なぜそのような事……に?


 ※


 次の日、私はいつものように着物に着換えようとしていると、女中さんが一つの風呂敷をお持ちくださいました。


 解くと、中にはお洋服一式が入っております。


 白いブラウスに、黒地に白い小さな花がちりばめれらているスカート。

 シンプルですが、すごくかわいいです。


 なぜ、これが私に届けられたのでしょうか。


「お、しっかりと届けられたらしいな。今日はそれで出かけるぞ」


「え、旦那様? あの、何故?」


「我の世界なら着物でいいが、現代で着物を着用し歩いていると目立つだろう。我も、現代で買った服を着るつもりだ。楽しみに待っておれ」


「はっはっはっはっ」と、笑いながら去って行ってしまわれました。


「──もう! 旦那様、考えすぎですよ。私、にやけが止まりません!」


 思わず頂いた服を抱きしめてしまいました。

 旦那様が優しすぎて、私はどうにかなってしまいそうです。


「──っ、あ、あれ?」


 そういえば、さっき旦那様、自分も現代で買った服を着ると言っていました。

 つまり、今まで見た事がない旦那様のお姿を見る事が出来るという事でしょうか。


 た、楽しみ過ぎます!!!!


 ※


「お、来たな」


「だ、旦那様、かっこいいです……」


 お着換えが終わり、御屋敷の外に出ると、旦那様も準備が終わったみたいで馬車の前で待っておられました。


 そのお姿が、ものすごくかっこいいです。


「これが正装と呼ばれる物なのだろう?」


「確かにそうですが……」


 旦那様は現代で呼ばれる正装服、黒いスーツを着ておりました。


 今は、白いワイシャツのボタンを二つ開け、ジャケットを手に持っております。

 暑いのか袖を捲っており、いつもは着物で隠れている男性らしい逞しい腕が見えています。


「かっこいいです」


「そこまで言われると照れるな」


 ですが、やはり顔は黒い布で隠してしまわれるのですね。

 顔はどうしても出したくないようです。


「では、現代に行くぞ」


「あ、はい」


 いつものように私の手を引き馬車の中に。

 旦那様の合図で走り出します。


「あの、旦那様」


「どうした?」


「現代の、どこに行かれるのでしょうか?」


 現代に行くと言っても、様々あります。

 普通のお買い物でしたら、黒いスーツでなくても大丈夫なはず。


 私は私服で旦那様はスーツ。

 少し、不思議な組み合わせです。何か意味があるのでしょうか。


「華鈴が今、どれだけ幸せかを見せに行くのだ」


「え、幸せを? 一体、誰にでしょうか?」


「ぬしの母親にだ」


「――――――――え?」


 私の、母親? それはなぜ、何故なのですか。


 私の母親は、私を捨てた人です。

 もう、顔すら思い出す事が出来ません。


 今、どこでどのような生活をしているのかもわかりませんし、私は興味もありません。

 なのに、なぜ今更会いに行くのでしょうか。


「華鈴は我の嫁だ。それを伝えんといかんだろう? 順序が変わってしまっておるが、致し方ない」


「い、いえ、その、そうではなく。わざわざ挨拶などしなくてもよろしいかと。母親は私を捨てたのです。もう、私の事を覚えておられんませんよ」


「だが、華鈴は覚えておるのだろう?」


 うっ、確かにそうですが……。


 捨てた親は私の事など忘れ、今もどこかで普通な暮らしをしているのでしょう。

 ですが、私はその、"普通な生活"すらまともに出来ず、最後は私を蔑んだ村の人のために、人身御供の生贄にされました。


 なぜ、加害者が悠々自適な生活を送り、被害者である私があんな悲惨な生活を送らなければならなかったのか。

 これを何度何度も考えて、生活をしておりました。


 考えたところで意味はありませんが、考えずにはいられなかったのです。


「華鈴は今、幸せか?」


「え?」


「我の嫁となり、自身と同じ”人間”がおらぬ異世界と呼ばれる所で生活を送らなければならない今。ぬしにとって、今の生活は大変であろう」


 旦那様が不安そうに私を見てきます。


「慣れん住処、同じ感覚を持つ人がいない世界、ぬしの旦那も人間ではない。そんな生活を送らせてしまっておるが、ぬしは、幸せか?」


 旦那様がぽつぽつと、そう口にします。

 確かに、私が今住んでいる世界には人間はおりません。


 皆、私とは違い、あやかしです。

 ですが、皆さまは温かく、優しい心を持っております。


 私にとっては、人間やあやかしなど関係ありません。

 私は、今の生活がなによりも宝物で、代わりなんてない。最高な、幸せなんですよ。


「私、今の生活を失うくらいなのなら──旦那様を失うくらいなのなら。今ここで、自害します。そう、思うくらい。私は今、幸せですよ、旦那様」


「――――っ! くくっ、そうか。やはり、ぬしは最高の我の嫁だ!!」


 っ、旦那様が私を抱きしめ、耳元に顔を寄せてきました。


「我が華鈴を捨てることなど、何があってもありえん。なにがあろうと、このを離すことなどせん。どんなことがあろうとな」


 低く、妖艶な。それでいて温かく、優しい旦那様の声。

 私の耳元で話しておられるため、少しくすぐったいのです。体がゾクゾクとしてしまいます。


「約束、ですよ?」


「当たり前だ」


 私も旦那様の背中に手を回し、胸に顔を埋めました。

 この幸せが、永遠に続きますように。

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