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第11話 旦那様への手料理(2)

 二口女さんに相談してから一週間、私は今、台所に立っています。


「七氏様は仕事が早く出来る方で、周りに気配りができ、本当に素敵な方なのです。ですが、一つだけ欠点があるのですよ」


「け、欠点、ですか?」


「はい。それは、こちらが言わなければお食事を抜いてしまう事です」


 え、お食事を……ですか?

 そ、それはお体に悪いですよ!!


「なので、私達が作ったのではなく、奥様がお作りになりましたら喜んで食べてくださると思うのです。なので、一緒に作りましょう!」


「はっ、はい!! よろしくお願いします!」


 着物が汚れないようにたすきでしっかりと二口女さんがまとめてくださいました。


 髪も二口女さんと一緒で、後ろで一つにまとめます。

 凄く手際が良く、あっという間に準備完了しました。


「あの、一つ確認してもよろしいでしょうか」


「はい、何かございましたか?」


「料理は、その……。私も一人の時は行っていたのですが、そもそも旦那様はお料理を口にするのですか? 私は食事を口にしている姿を見た事がありませんし、食べないと聞いていたのですが……」


「七氏様は、人の前でお食事を摂ることをしないだけですよ」


「二口女さんの前でもお食事しないのですか?」


「小さな頃はご一緒しておりましたが、今はめっきりですね。人が同じ空間にいると口にしてくださいません。ですが、一人にすると口にしないでお仕事をするので、本当に困りものなのです」


「はぁ」と、深いため息を吐く二口女さん、相当お悩みになっているみたいです。

 でしたら、私でも少し役に立てるかもしれません。


 私は自慢ではありませんが、お料理は少しだけできます。


 親が居なくなってしまってからは、ずっと一人で過ごしてきました。

 家事などは私が行っていて、自然と出来るようになったのです。


 ここで私が頑張って、旦那様の頬を落とせるような、美味しい料理を作りあげますよ!!


「では、始めましょうか」


「はい!!!!」


 ※


「うーん、個性的な物が出来上がりましたね」


「言葉を選んでいただきありがとうございます……。本当に申し訳ありません!!」


「いえいえ、大丈夫ですよ。お気になさらないでください」


 腰を何度もおり謝罪を繰り返していると、二口女さんが顔をあげさせ笑みを崩さず励ましてくださいました。


 二口女さんが優しすぎて、涙が出てきそうです。


 今、私の目の前にあるのは得体のしれない物体です。

 いえ、さすがにそこまでの物ではないのですが……。


 今回私が作ったのは、て、天ぷらです。

 あとはお刺身なのですが……。


 今目の前にあるのは、衣が完全に取れてしまった菜の花やサツマイモ、カボチャ。


 お刺身は切るだけにしてくださっていましたので、少し崩れてしまいましたがお皿に盛りつける事には成功しております。


 うーん。さすがに、この天ぷらは旦那様に出すわけにはいきませんね。

 これは、私の今日のご飯にします。


「うぅ、すいません。料理は出来ると思っていたのに」


「いえ、天ぷらは難しいですよ。もう少し簡単なものにすべきでしたね、次はもっと違うのにしましょうか」


 違うのです。私が料理出来ると言ったから、二口女さんが少し難しくても大丈夫と言って下さり、天ぷらを作る事になったのです。

 私が見栄を張っただけなのです。


 うぅ、旦那様に美味しいご飯を送る事が出来るのはだいぶ先のようです、悲しい……。


「では、明日はまた違うものを―――」


 ん? 二口女さんが言葉を途中で止めた? どうしたのでしょうか。


 ――――――――ヒョイッ


「え?」


 ――――――――パクッ


「ん、美味いなこれ。天ぷらにしたかったのか?」


「だ、旦那様!?」


 私の後ろから手を伸ばし、カボチャを食べた旦那様。


 え、今私達の前で食べましたか? 

 食べ物を口にしました!! 


「旦那様、たしかに普段から食事を摂ってくださいと言っておりますが、お行儀が悪いですよ。つまみ食いは駄目です」


「むっ、すまん……」


「まったく、お腹が空いたのであれば、今すぐにご準備いたします。少々お待ちください」


 私の後ろから手を伸ばしていた旦那様が離れ、肩を落とし落ち込んでいます。

 今もいつものように黒い布を顔に付けておりますので、表情はわかりませんが………。


「って、準備? これは違うのか?」


「え、旦那様!? これは駄目ですよ、失敗しております。せっかくの天ぷらなのですが、衣が取れてしまい、見栄えが悪いです。なので、これは私の夜ご飯にします。旦那様の物は、二口女さんが作ってくださいますので……」


 天ぷらが乗っているお皿を片付けようと手に持つと、私の手ごと旦那様が大きな手で掴みました。どうしたのでしょうか。


「旦那様?」


「これは華鈴が作ったのか?」


「あ、はい。上手く出来なかったので、また違う日に再挑戦しようかと思っております」


「そうか」


 ――――――――ヒョイッ


 っ、え? 私の手から、旦那様がお皿を取ってしまいました。

 どうするのですか、それ。


「おい二口女、白米と飲み物だけで良い。おかずはいらん、部屋に持って来い」


「へ?」


 旦那様が衣のついていない天ぷらを手に、台所から出て行ってしまいました。

 今の言葉、おかずは要らんと。そう言っていたのですか?


 それって、もしかして…………。


「だ、旦那様!? 駄目ですよ! それは美味しくないです!! 旦那様!!」


 急いで暖簾を潜り廊下に出ますが、旦那様の後ろ姿はもうどこにもありません。

 もう、部屋に戻ってしまったのでしょうか。


 どうしましょう、あれは旦那様に食べさせるべきものではありません。


 見た目はただのサツマイモやカボチャ、菜の花です。

 衣がいたるところに少しだけついているだけの、ただのお野菜です。


「どうしましょう…………」

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