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第5話  旦那様とお買い物(2)

 旦那様と一緒に市場の近くまで行くと、華やかしい光景に自然と笑顔になります。

 馬車の中で見るより輝いて見えて、眩しいです。


 市場には反物や装身具が置かれ、食べ物だとお団子や果物などがあるようです。


 今はお昼少し前、旦那様と一緒にお昼ご飯などを食べられるでしょうか。

 でも、旦那様は人の前では食べ物を口にしません。やはり、駄目かもしれませんね……。


 市場を一緒に見て回れるだけでも嬉しいので、どちらにしてもにやけは止まりません。


 ――――はっ、い、いえ、駄目よ、だめだめ。

 旦那様の隣を歩くのだから、だらしない顔を浮かべてはだめなのです。

 耐えるのよ、華鈴。


「先ほどから百面相を浮かべて、何かあったか?」


「い、いえ。嬉しかったため、だらしない顔を浮かべないようにと……」


 鞄を肘にかけ、右手で自身の頬を抑えていると、旦那様はなぜか微笑み、顔を近づかせてきましっ──へっ?!


 い、いきなりどうしたのでしょう。


「どのような顔でもぬしは美しく、愛おしいぞ。だから、我慢しなくてよい、すべてを我に見せろ」


 ドキッ


 や、やばいです。胸が締め付けられます。

 嬉しさと緊張と恥ずかしさで、息が上手く出来ません。自分の心音が脳に響いています。


 どうか、旦那様には聞こえておりませんように――……


「おや、七氏様!! 今日はどのようなものをお探しで?」


 突如、横から明るい男性の声で、旦那様を呼ぶお方が近づいてきました。


「お、狸か」


 あっ……。旦那様の手が私の頬から離れてしまいました。

 でも、左手はしっかりと握ってくださっております。


 …………むぅ、仕方がないのです、我慢しなさい華鈴。

 これ以上は私が持ちません、物足りないような気もしますが我慢です。


 私と目が合った狸さんの頭には丸い耳、太く丸い尾が緊張でなのでしょうか、カチーンとまっすぐと伸びきっております。


 その反応、声をかけるタイミングを間違えたと、そう自覚をしたのですね。

 むぅ、今回のことは仕方がないので許してあげますよ。


「今日は特に目的があるわけではなく、嫁と共に遊びに来ただけだ。おすすめなどはあるか?」


「で、でででで、でしたら、素敵な反物をお嬢が仕入れたらしいですよ! 奥様にお似合いなものがあるかもですので、もしよかったら!」


 冷や汗が流れております。そんなに私は怖い顔をしていたでしょうか。

 少々、目つきは鋭くなってしまったかもしれませんが……。


「ふむ、そうか、それなら見に行こう。お前さんがお嬢と呼ぶという事は、あそこか」


「あそこでございます。では、逢瀬をお楽しみください」


 腰を折り、私達を見送る狸さん。

 私は手を振ったあと、旦那様と離れないようについて行きます。


 市場の通りに入ると、人がどんどん増えて旦那様とはぐれないか怖くなってきました。

 手は繋いでおりますが、それでも不安になってしまいます……。


「さすがに、人が多くなってきたな」


「そうですね、はぐれてしまわれないか不安になります」


「そうだなぁ、我も怖い。だから、繋ぎ方を変えようぞ」


 あっ、繋ぎ方、変わりました。

 指を絡める繋ぎ方、恋人繋ぎと呼ばれている繋ぎ方です。


「どうした?」


「い、いえ。その、嬉しくて……」


「はっはっ!! ぬしは我の行動一つ一つに喜びを得るなぁ」


「い、嫌ですか? 軽い女だと、思われてしまいましたか?」


 確かに、私は旦那様一つ一つの行動で喜んだり、妬いたりと。感情の起伏きふくが激しくなってしまいます。


 それを旦那様は、めんどくさいと思ってしまいましたでしょうか。


「いーや、愛されているなと思ってな。我も同じ気持ちだぞ、だから安心せい」


 っ! もう! またしても、私を喜ばせてくれます、私の旦那様は。


「お、ここだ。我がいつも世話になっている反物屋」


「ここ、ですか?」


 目の前には、色鮮やかな反物がお店を飾るように置かれています。


 薄紅色、深緑色などの一色な物もあれば、麻の葉あさのは柄や矢絣やがすり柄など。和風柄もたくさん取り揃えられてあります。


「おい、のっぺらぼう。来たぞー」


「はぁい、もうそろそろで来るかなと思いましたよ、七氏様」


 旦那様が奥に声をかけると、一人の女性が着物姿でこちらに歩いてきました。


 その人には顔がなく、黒髪を赤い簪でまとめている女性です。

 赤い着物を身に纏い、白い羽織を肩にかけております。


 顔が無くても、佇まいだけで綺麗なお方だとなんとなくわかります。

 頬が赤く染まっており、可愛いお方です。


「今日は新作が入ったと狸が言っていたが、どんなものが入ったんだ?」


「そうでしたか! わざわざ足をお運び頂きありがとうございます。もしかしてですが、隣におりますのが、いつもお話をしてくださいます奥方様ですか?」


「そうだ、自慢の嫁だぞ」


 っ!! 前触れもなく、肩を抱き寄せられました。しかも、旦那様の逞しくも美しい腕が私の肩に回されております。


 は、恥ずかしいけど、嬉しい。

 でも、やっぱり恥ずかしいです!


「ふふっ。仲良しですね、可愛い」


「そうだろう? 当たり前だ」


 二人が私を見て、そのようなお話をしております。


 そ、そんなことを本人の前で言わないでください! 恥ずかしいです!!

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