桜が舞い散る季節、白地に薄紅色の花が散りばめられている着物を身にまとい、私は旦那様の帰りを待っています。
「早く旦那様、お帰りになるといいですね」
「はい、すごく楽しみです」
後ろには、大きな御屋敷が太陽の光を反射し輝いており、その周りには、女中さんが箒で掃除をしているお姿があります。
今、目の前で広がっております普通の光景も、私にとっては輝かしい記憶として、今も大事に刻まれ続けております。
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私は昔、ろくに物を食べられず、蔑まされて生きてきた元巫女。
親には見捨てられ、ご近所さんには邪険にされてきました。
生きている意味が分からなかった私が今、笑顔でいられているのは旦那様のおかげなのです。
黒い、腰まで長い髪を桜の簪でまとめ、耳飾りも簪とお揃いの桜。
旦那様は、桜がお好きなようです。
私へのお土産は大体、桜をモチーフとしている装身具が多いのです。
私は、旦那様が選んで下さったものなら何でも嬉しいので、ウキウキしながら身に着けております。
何時でも、どんな時でも。
旦那様を感じることが出来るので、絶対に離しません。
旦那様が私に贈り物としてくれた耳飾りが、心地よい風に揺られ、鈴のような綺麗な音を鳴らします。
澄んでいる音を聴きながら空を見上げると、白い雲と共に鳥や、空を飛ぶ事ができる
「
「あ、
空を見上げておりますと、後ろから私を心配してくださる声が聞こえました。
振り向きますと、優しげに微笑む鎌鼬さんのお姿。
見た目は普通の、優しいおばあちゃん。
背中にはいつも、二つの鎌が背負われております。
「今日は、お久しぶりの旦那様とのお買い物ですもんね。楽しみで、落ち着いて御屋敷の中で待つなんて、出来ませんよね」
「うっ、は、はい……」
そうなんです。
私はこれから、待ちに待っていた、旦那様とのお買い物なのです。
今、旦那様は私が住んでいた
人間の時の流れや変化、どのように進化しているのか。
日々観察し、遅れを取らないようにしているのだと聞きました。
「早く帰ってくるといいですね」
「はい。早く帰ってきて、いつものように私の頭を撫でて欲しいです」
旦那様はいつも、私の頭を大きくて逞しい手で撫でてくださるのです。
それが本当に心地よくて、幸せを感じます。
「ふふっ、惚気をありがとうございます」
「え、い、いえ。そんなつもりでは……」
「いいのですよ。では、華鈴様、私はこれで」
「あ、はい」
一礼をし、鎌鼬さんが風と共にいなくなってしまいました。
御屋敷の中へお戻りになったのでしょう。
「ふふっ。ここは、本当に素敵な場所。
ここは、私が生まれ育った”現代”と呼ばれる場所とは異なる、あやかしの世界。
自然に囲まれた、大きな御屋敷が私の今の家。
移動手段は馬車、着物が当たり前な生活を送っています。
青空が近く、空気が澄んでいるので、朝早く起きて外で深呼吸するのが日課となっております。
旦那様が雇っております皆様は優しく、素敵な方々。
人間である私にも、親切丁寧に接してくださるのです。
ですが、やはりあやかしはあやかし。
皆、無意識に気配を消しているらしく、背後に立たれたり、前フリ無く声をかけられてしまい、毎度驚いてしまいます。
私が驚くと、眉を下げて腰を低くし何度も謝罪されてしまい、それがものすごく申し訳ないのです。
このようなことも沢山あったため、私は驚かないように普段から気を引き締めて頑張ろうと思っております。
よしっ、今日は絶対に驚きまっ──……
「奥方様」
「ひぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「っ!? も、もうしわけありませんでした……」
「あ、こ、こちらこそすいませんでした……。あの、顔を上げてくださいぃぃい」
後ろからろくろっ首さんが声をかけてくださいました。
気を引き締めていたのに……、無念です。
「あ、あの、どうかいたしましたか?」
「今はまだ朝方、体が冷えるといけないです。こちらを羽織ってください」
「あ、ありがとうございまっ―――」
フワッ
この甘い、私が好きな香り。
この香りって……。
「これ、旦那様の羽織りじゃないですか?」
白地に、黒い龍の刺繍が施されている大きな羽織。
私の身長は一般女性よりやや小さい、百五十四センチ。
旦那様は百八十は超えているため、羽織りに完全に包まれます。
あぁ、旦那様の香り、温もり。
ものすごく安心します。
「ありがとうございます、ろくろっ首さん」
「いえ、風邪をひかれてしまうと、旦那様もさぞご心配されると思いましたので。お体にはお気を付けください」
「はい」
カラカラ――――
っ、馬車の音が風と共に聞こえてきました。
「おや、お帰りになられたようですね」
「はい」
白い毛並みの馬が二頭、御者席に座っている人の手綱によりこちらへと向かってきております。黒い馬車に乗っているのは、私の愛しの人。
私を、地獄から救い出してくれた、素敵な旦那様。
「お帰りなさいませ、旦那様!」
「お、出迎えか。体は冷えておらぬか、華鈴よ」
私の前で馬車が止まり、旦那様が私の前に降りて来てくださいました。
銀色の、私と同じくらいの長さはある髪が陽光に照らされ、キラキラと輝き、何度見ても目を奪われます。
それに加え、色白の肌、逞しい大きな手。
黒い着物に白地の羽織、顔には黒く四角い布。
うぅ、顔を見ることが出来ないのがとても悲しいです。
私は、今まで一度も旦那様のお顔を見たことがありません。
どのような容姿でも、私は貴方を愛し続けられるというのに、頑なに見せてはくれないのです。
「お、これは我の羽織か?」
「あ、すいません勝手に。体が冷えてはいけないと女中さんが羽織らせてくれたのです」
「そうか、確かに少々今日は冷える。屋敷の中で待っていても良かったのだぞ?」
「いえ、私がほんの少しでも早く、旦那様とお会いしたかったのです」
「そうか、それは嬉しいことを言ってくれるな」
旦那様が笑い、私もつられて笑う。
このような時間が心地よくて、大好き。
この世界に来る前は、こんなことはありませんでした。
全ては旦那様のおかげ。
旦那様が私を見つけてくれたから、今の幸せを感じることが出来るのです。
「では、我は一度屋敷の中に戻り、支度をしてくる」
「わかりました、待っております」
「すぐに戻る、悪いな」
「私が好きで待っているので、お気になさらず」
御屋敷の中に入る旦那様の背中を見送り、私は青空を眺めながら待ちます。
今の幸せは、私にとってかけがえのない時間。
でも、今でもわからない。
なぜ、旦那様が私を見つけてくださったのか。
なぜ、私を嫁として、迎え入れてくれたのか。
なぜ、