「ごめん! みんな、これへんねんて!」
僕は玄関で、
―― 夏休みの高校生は忙しい。
急にカレーパーティーをしようと言われても、都合がつかないのは仕方がないのだ。
もっとも、俺の盟友にして師匠の
『オレからのプレゼントや! せいぜい楽しめや♡ ただし二股はダ・メ・よ♡』
もちろん、こんなことは
「仕方ないよね」
「みんな、バイトとかしてるんだろうね……
「僕はひたすら修行ざんまいや」
小遣いは欲しいが、ほかにもやりたいことが多すぎてバイトは見送っているのだ。
とくに絵を描くのは時間が、かかる。僕はスタートが遅かったぶん、がんばらないと美術部の端っこにもいられない。
バイトもせずに絵を描いていられるなんて、ぜいたくな身分には違いないのだけれど……
焦りのほうが大きすぎてバイトなんかしてられない、というのが正直なところだ。
「ヒメちゃんは? バイトとかせえへんの?」
「ウチはバイト禁止」
「ひぇぇぇ。前から思ってたけどほんま、お嬢様やなぁ! ま、上がりいや」
「おじゃまします」
本当は、この時点で氷芽を追い返す予定だった。
付き合っていない女の子と自宅で2人きりというのは、やはり気がひける。
だが実際に来られると、とても 「帰りーや」 とは言えなかったのだ。
大きな袋を肩から
ひとりにしちゃいけない。
なんだか、そう思えてしかたなかった。
「どーぞ。ただの水やけど」
「ありがとう」
とりあえず、キッチンのテーブルに座ってもらって水を出す。
「んで、今日は? お母さんは?」
「友達と会う約束があるって。一緒に誘われたけど、断った」
「おー。頑張ったな、ヒメちゃん」
「うん。涙ぐまれて困った」
「相変わらずおもろいお母さんやな!?」
氷芽のお母さんは、氷芽に依存してると思う。
涙ぐまれたからって、氷芽が困ってあげる必要は全然ないのだ。
その優しさに付け入っている気配がある氷芽のお母さんを、僕は嫌いになりかけていた。
感情を隠すため、あえて、軽い調子で尋ねる。
「そんじゃあ、家はヒメちゃん1人やったん?」
「ううん、兄がいるよ。だから、出てきたの」
紺地でふちに白いラインが入ったシンプルなデザインは、おそらく自分で選んだものだろう。
「そのエプロン似合ってるやん」
「うん、ありがとう」
「いやいやいや、ほんま似合ってるから!」
「うん、じつはわたしも、そう思ってる」
「やろなぁ」
鶏の手羽先を鍋に入れ、火にかける。
ことこと煮込み、時折、
僕たちは隣同士に、まないたを並べた。
「林間学校の時なぁ、後で、こうやってヒメちゃん手伝っとけば良かった、ってめっちゃ後悔したんやで」
「そんなの良いのに」
「いやいやいや! だってあの頃、ヒメちゃんのこと、めっちゃくちゃ好きやったもん」
ずっと黙っておくつもりだった言葉は、意外なほど、さらりと出てきた。
昔、あれほど言いたくて、けど言えなかったのが嘘のようだ。
「え」
「全然、知らなかった」
「当たり前やん、
「そんなことないよ」
氷芽は低い声で、繰り返した。
「そんなこと、ない」
「いや、あるって。手ぇつなぎたいとかな、そんなこと考えてるのバレたら軽蔑されそうで」
フライパンにひいた油を、煙が出るほど熱してから玉ねぎを一気に放り込む。
じゃーっ、という豪快な音と、パチパチと油が水を弾く音で、キッチンは一気に賑やかになった。
「嫌な子だったんだね、私」
「んなわけないやん。いっちばん、良い子やったでぇ! 今もや」
僕は、フライパンのたまねぎを掻き回す。
しばらくの沈黙。
「あのね、昨日、
僕の心臓が、いやな音をたてて跳ねた。
―― やっぱり、全部、聞かれてたんや。
僕はフライパンをガタガタ揺すり、なるべく軽い調子の声を心がける。
「あんなん、でたらめやろ」
「もし、でたらめじゃ、なかったら?」
「私がずっと昔から、良い子でもキレイでもなかったら……