開け放った窓から、ゴーヤのカーテンと屋根のひさしを通して少し涼しくなった風が入ってくる。
夏の朝 ―― 外はすでに暑いだろうが、家の中はまだ爽やかだ。
母と妹が早くから出かけ、僕はひとり解放感に浸って自室のベッドに寝転がていた。
手にしているのは、
彼ら兄弟は相変わらずナッちゃんのファンで、より大胆になった 『な・つ・視・線!
とはいっても、単にきわどい水着写真を楽しんでいるわけではない。
これでも真面目に、絵の構図を考えているのだ。
―― 高校で美術部に入った僕は、秋の学祭で2点出品する予定だった。
同じ構図を油彩で1点、CGを使ってイラスト風に仕上げて1点。
ナッちゃんが凄いのか、それともカメラマンが天才なのか。
ただ歩いているだけ。そんな構図にさえ詩情が溢れている。
媚びのない自然な表情の中に、大人になりきらない女の子の透明感あるエロスが漂う。
そんな写真を眺めつつ、僕は、頭の中で別の少女を描いている。
―― 風になびくサラサラの髪に、憂いを含んだ表情。その目線に、できれば、心の奥底に潜む何かを抉り出してくるような怖さを持たせたい。
…… とすると、胸像や、半身像にするべきか。
しかし、また同時に、伸びやかな肢体も描きたい。後ろ姿で。夏の星座が映る窓辺で。
―― 振り返らせようか。
それとも、半身と全身、両方描いてみるか。
頭の中で何度も消したり描き直したりしているうちに、その少女はいつの間にか
―― 顔とか姿ではなく、心の奥底に潜む、冷たくて寂しくて、どこか怖い、なにか。
氷芽が持っていたそれは、決して良いものではあり得ない。
できれば、そんなもの知らずに生きていられたほうが、幸せに違いない。
だけど僕は、どうしても、そこから目が離せないんだ。
―― いや、ヒメちゃんをそのまま描くのは、あかん。
考えなおそうと頭を横に振ったとき、ケータイが鳴った。
昔に彼女から教えてもらった曲は、タイトル作者ともに忘れたが、美しいミュージカルナンバーだ。
実際には、着メロとして聞くことはないと思っていたんだが……
僕は少し驚きつつ、電話を取った。
「ヒメちゃん? どないしたん?」
「楓くん? 今、いいかな?」
いつもどおりの、落ち着いた声。
一瞬、不安そうだと思ったのは、たぶん気のせいだろう。
「別にかまへんで」
僕は、片手で写真集を
「んで? どないしたん?」
「今から、
「はぁ!?」
「あ、ごめん」
びっくりして上げた声にすぐに反応して、ビクビクと謝るところが
「やっぱり、急だよね……」
「いや、ええで。ええけどやな……
「ふぅん……」
「それにやな、ウチも今、僕しかおらへんで。
「じゃあ
予想外の答えに、口のなかがカラカラに乾いたような気がした。
―― どないしょー! なんで? なんで、あんな普通に 『家来る』 とか言うのん!?
内心で叫んでいるうち、
たぶん、
―― とりあえず、何でもなさそうなフリをしよう。
「え、外の方がええんちゃう?」
「実はカレーの材料を買ってしまいまして」
「なんで急にカレーやねん!」
「皆で食べたいな、って思って」
「なんで僕ん
「ごめん、やっぱり、急にとか迷惑だよね…… やっぱりやめるから。ヘンなこと言って、本当にごめんね」
いつも皆に向けられる、落ち着いて笑みさえ含んだ声だった。
―― こういう時の
僕は、できる限り普通に答えようと呼吸を整えた。
―― 昔、彼女の傍にできるだけ長く居るために、ただの友達を気取っていた時のように。
なんでもなさを装う。
「いや、別に来てもええで。皆で食べたいなら、
「うん、ごめんね、よろしくお願いします…… 皆、来てくれると良いね」
「そやな」
僕は電話を切って軽く掃除をし、中学生の時の仲間に連絡を入れた。
氷芽が僕の家に来たのは、それから20分後のことだった。