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第3-1話 プール(1)

「おっ、久しぶり~!」

「焼けたなぁ!誰か分からんかったわ!」


 夏休みもあと2日で終わり、という日。

 僕たちは、林間学校のグループメンバーで市民プールに来ていた。

 鼻につく塩素の匂いも、プールだと思えばワクワクする。


「宿題やったか?」

「まだ!今日明日で徹夜するんや!」

「ぶーっ!んなヤツは泳ぐ資格ナシやぁ!早よ帰れ!」

「お前も道連れじゃぁ!手伝えっ!」

「ぎャァァァッ!オニに食われるぅっ!」


 口々に挨拶をする僕らの片隅で、氷芽ひめはやっぱり静かに曖昧あいまいな微笑みを浮かべていたが、皆の会話が途切れた瞬間におずおずと切り出した。


「あの、ありがとうね。合わせてくれて。海の予定だったのに、ごめんね」


「何言ってんのぉ!気にしないでよね!」

「カレー女王をハブなんかしないって」

「ねー!?」


 女子が口々に言う。

 氷芽はますます、申し訳なさそうにした。

 というのも、今回のプール行きは、彼女のお母さんが 『子どもたちだけで海?それ絶対ダメ!』 と止めたのが、そもそもの発端だったからである。


『母が心配するから行けません。ごめんね』


 そんなメールが来て、真っ先に 『プールにしよう』 と動いたのは班長の里絵りえだった。

 理由は今しがた女子が述べた、ほぼその通り。

 みんな、林間学校での氷芽の努力に気づいていたんだ。


 男子の説得には、僕が動こうとした。

 が、実際に役に立ったのは僕らの師匠こと翔樹とぶきのひとことだった。


『海なら、女子はほぼ全員ラッシュガード着用やろうな』


 この発言を聞いて動かない男子なんていないだろう。

 さすがはセクシーなお姉さん本の貸出元である (だから 『師匠』 なのだ)。


 だけど僕はひそかに、氷芽ひめだけは屋内でもラッシュガード着用してくれないかな、と願っていた。

 イタい願いではあるが、ほかの男子に氷芽の水着を見られたくなかったのだ…… まあ、虚しい願いでもあるが。

 実際の話、ほかの女子たちに混じった彼女の水着姿は、人一倍、目を惹いている。


 露出少なめなセパレートだったけれど、重なるように南国の花が描かれたピンクのトップスは、それだけで華やかだ。

 それに、長い部分は膝まで届くそのトップスは、ラインが一定でなく、短い部分はお尻の下ぎりぎり程度しかないのも、問題である。

 氷芽ひめが動く度に、長い裾が揺れて短い部分が顔を出し、白い短パンと日焼けしていない太腿ふとももが見えるのが、なんだかとてもなまめかしい感じだった。


 甘めのデザインは、きっとまたお母さんのチョイスだろうな…… などと考えつつ、眺めていると、氷芽ひめは素早く里絵りえの陰に隠れてしまった。


 僕の目線に気付いたんだろうか。

 確かに見ていたけど、かなり、さりげなくしたつもりだったのに……


「このムッツリめ」


 翔樹とぶきが僕の肩をツンツンとつついた。


「俺になんかひとこと、あるやろー?」


「うん、ナイス判断やったな、師匠。ありがとな。でもなんでムッツリやねん。ソレ言うならアンタやろ!」


「俺はムッツリちゃうでぇ。なぜならナマの水着中1女子より、今日発売の『な・つ・ぞ・ら!17歳セブンティーン』の方が気になるからや!」


 なつぞら、という言葉に、映画館のポップコーンの匂いとそれを食べながら氷芽ひめと飛んだ空が、鮮やかに蘇った。


 けれど、僕の口はそんな感興とは関係なしに動く。


「ウソ買うん?あれ高いやろ!」


「ナッちゃんの魅力は1万円以上や!……と兄貴が息巻いてたから間違いない!」


「兄ちゃんに今度何貢いだらいいか、聞いといてや」


「ヒメちゃんの私服ナマ写メ、言うとったで」


「却下や。なんで僕がそんなん撮らなあかんねん」


「ほらやっぱりムッツリや」


 知ってるぞ、と言わんばかりの顔で、翔樹とぶきがニヤぁっとした時。

うわぁぁぁ、と甲高い女子たちの歓声が聞こえた。


「すごいヒメちゃん、これ全部持ってきたん?」


「うん、調べたら市民プール持ち込みOKだったから」


「めっちゃ遊べるやん!」


「楽しそー♪」


 口々に騒ぐ女子たちの足元には、へしゃげた浮き輪やビーチボール、ビニールボートなんかが、いつの間にかきちんと並べられていた。


「男子に膨らましてもらお!」


 里絵りえが決然とこう言って、女子たちが僕らの元に駆け寄ってきた。


「もしかして口で、とか言わんよな」


「イヤきっとヒメちゃんのことや。空気入れも持ってきてるに違いない!」


 僕らは半分引きつりながら話し合う…… が。

 どんなによく見ても、誰も。

 オモチャ用の空気入れさえ、持っていない。


 その間にも女子たちは近寄ってきて、僕らに次々とブツを差し出してくる。


「まじでこれやるんか?」


「いややるしかないやろ」


 誰も言わないが、いつもより断りにくいのが本音である。

 たとえ17歳のナッちゃんほどでなくても、露出が少なめのTシャツタイプばかりであろうと、水着の威力はすごいのだ。


 けれど。

「ヒメちゃん見てないのにヤル気せぇへんわ、なぁ?」


 翔樹とぶきがコソコソと耳打ちしてきた通り、持ち込んだ張本人の氷芽ひめは、この時どこかに姿を消していた。

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