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第7話【千文字短編】雪だるまに転生した僕は、なんにもしない

 過去のことはぼんやりとしか覚えていない。

 毎日、帰宅は25時頃だった。仕事でだ、残念ながら。

 そして、死んだ。たぶん過労だ。


 次に目が覚めたときには、道ばたに立っていて動けなかった。

 僕の前で知らない女性が 『大きな雪だるま作ったね』 と子どもに言っていなかったら、僕は自分が何に転生したかわからなかっただろう。


 しかし、雪だるまとは。

 春になれば溶けて消えてしまう運命。それも、何もなさないままに。

 毎日同じ場所で、じっと時が過ぎるのを待つ…… この人生、いや物生に意義はあるのだろうか。


 日がな、舞い降りる雪を眺める。

 目の前を、たくさんの車と人が通る。僕は何もしない。

 僕を作った子どもが毎日やってきて僕に新しい雪をつけ、メンテナンスしてくれる。僕は何もしない。

 時々、僕の前を通る人たちが 『大きいね』 『すごいねえ』 とほめてくれる。僕は何もしない。


 あるとき、鳥が僕の目のりんごをつついていった。子どもは新しい目をつけてくれた。僕は何もしなかった。


 あるとき、ボロボロのかっこうをした汚いお婆さんが、僕のマフラーをとっていった。子どもは新しいマフラーを巻いてくれた。僕は何もしなかった。


 あるとき、酔っ払いが僕に抱きついて泣いた。溶け落ちてしまった雪を子どもはまた、つけてくれた。僕は何もしなかった。


 子どもは僕の右腕に、りんごの入ったカゴを持たせた。

 左の腕に、マフラーをたくさん掛けた。

 僕の隣に、椅子を置いた。


 僕は何もしなかった。


 鳥がたくさんきて、賑やかにカゴのりんごをつついていった。

 ボロボロのかっこうをした人が何人も、腕にかかったマフラーを嬉しそうに取っていった。

 酔っ払いは僕の隣の椅子に座って、色んなことを喋っていった。


 僕は何もしなかった。


 やがて、寒い日の合間にふと、暖かい日がやってくるようになった。

 暖かい日は少しずつ増えていった。

 僕は溶けだした。

 子どもは、道端に残った雪を僕にくっつけてくれた。

 毎日くっつけてくれるその雪には、次第に泥が混じるようになった。


 僕は、だんだん小さく汚くなっていった。


 日差しがすっかり明るくなる頃。

 もうマフラーもカゴも持てないくらいに崩れた僕の足元から、いくつもの緑が芽吹いた。


 溶けた僕の身体を吸い上げて、芽は伸び、いっせいに花開く。


 すみれ、たんぽぽ、ふきのとう。


 色とりどりの花に埋もれ、僕はついに最後のひとかけらになった。


 子どもが走る足音と、笑い声を聴きながら、僕はゆっくりと消えていった。

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