大家さん、こんにちは。
今月分のお家賃、それからこれ、つまらないものですが…… はい、引っ越しますので。
というか、お金が無いので河川敷でテント暮らしですがね。
…… え? 泊まる? お家に?
いえいいです、ご好意に甘えちゃうとキリがないんで。
それに、テントも毛布もストーブも知り合いに貰えましたし、河川敷の先輩にも色々教えてもらえそうですし。
心配するほど、悪くはないんですよ…… 相談? もっと早くに?
ああーそうですね。
ひとりで何とかなると思ったんですけど、何ともならずこのザマですからね。
笑うしかないです、はは。
不況で会社が潰れさえしなければ…… なんて言うのはやめときます。社長の方がもっと大変なんでね。
お気の毒に、倒産後やっと落ち着いて病院に行ってみたらね、胃に穴があいてたんだそうですよ。
…… お人好し? そうかも知れませんねえ、はは…… 笑い事じゃないって? え? どうして私の借金のことまで、ご存知なんですか?
へぇ、噂に…… 参ったな。
いやね、あいつは良い奴なんですよ。ただ、どうにもならなくなって逃げ出しただけでね。
決して踏み倒して私に肩代わりさせようとか、そんな風に最初から計画していたわけじゃないんです。
…… やっぱりお人好し、ですかねえ? ああ、そんなだから騙される、なるほど。
けどねぇ、大家さん。
実は私、元は金持ちの家の出でね。両親から 「騙されるな」 「人を信用するな」 と教え込まれて育ったんですよ。
――― よそでは良い顔してるけど、家の中では他人の悪口ばかり。
そんな家でした。
確かに、お金目的に騙されたりすることは、なかった。
でも、楽しくなかったですよ。
いつも人の考えを先回りして読んで、悪意は上手くかわして善意は利用…… 私は頭が良くなかったんで、完全にキャパオーバーでした。
人を疑ってかかるのは、重くて…… 全身が得体の知れない何かにコントロールされてるような感じですよ。
…… 思い出すのも、嫌ですねぇ……
それでね、キッカケはもう忘れたんですがある時、人を信用してみようと思ったんです。
何があっても人を信用できれば、何を持ってなくても幸せなんじゃ、って…… 結果?
少なくとも両親の教えを守ってた頃よりは、寂しくない…… 満たされてると思います。
ボロアパートだけど大家さんにも良くしていただいたし。
…… あ、ボロは余計、その通りです。住み心地、最高でした!
…… え? テントの場所? どうして?
「また、おにぎりでも差し入れてやるよ」