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第4話 【千文字短編】ぼろアパート最後の日

 大家さん、こんにちは。

 今月分のお家賃、それからこれ、つまらないものですが…… はい、引っ越しますので。

 というか、お金が無いので河川敷でテント暮らしですがね。


 …… え? 泊まる? お家に?

 いえいいです、ご好意に甘えちゃうとキリがないんで。


 それに、テントも毛布もストーブも知り合いに貰えましたし、河川敷の先輩にも色々教えてもらえそうですし。

 心配するほど、悪くはないんですよ…… 相談? もっと早くに?


 ああーそうですね。

 ひとりで何とかなると思ったんですけど、何ともならずこのザマですからね。

 笑うしかないです、はは。


 不況で会社が潰れさえしなければ…… なんて言うのはやめときます。社長の方がもっと大変なんでね。

 お気の毒に、倒産後やっと落ち着いて病院に行ってみたらね、胃に穴があいてたんだそうですよ。


 …… お人好し? そうかも知れませんねえ、はは…… 笑い事じゃないって? え? どうして私の借金のことまで、ご存知なんですか?

 へぇ、噂に…… 参ったな。


 いやね、あいつは良い奴なんですよ。ただ、どうにもならなくなって逃げ出しただけでね。

 決して踏み倒して私に肩代わりさせようとか、そんな風に最初から計画していたわけじゃないんです。


 …… やっぱりお人好し、ですかねえ? ああ、そんなだから騙される、なるほど。


 けどねぇ、大家さん。

 実は私、元は金持ちの家の出でね。両親から 「騙されるな」 「人を信用するな」 と教え込まれて育ったんですよ。


 ――― よそでは良い顔してるけど、家の中では他人の悪口ばかり。

 そんな家でした。


 確かに、お金目的に騙されたりすることは、なかった。


 でも、楽しくなかったですよ。


 いつも人の考えを先回りして読んで、悪意は上手くかわして善意は利用…… 私は頭が良くなかったんで、完全にキャパオーバーでした。


 人を疑ってかかるのは、重くて…… 全身が得体の知れない何かにコントロールされてるような感じですよ。

 …… 思い出すのも、嫌ですねぇ……


 それでね、キッカケはもう忘れたんですがある時、人を信用してみようと思ったんです。


 何があっても人を信用できれば、何を持ってなくても幸せなんじゃ、って…… 結果?


 少なくとも両親の教えを守ってた頃よりは、寂しくない…… 満たされてると思います。



 ボロアパートだけど大家さんにも良くしていただいたし。

 …… あ、ボロは余計、その通りです。住み心地、最高でした!



 …… え? テントの場所? どうして?





「また、おにぎりでも差し入れてやるよ」

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