二週間後に高校の文化祭を控えた十月初旬の今日、わが校では体育祭が催されていた。
ただでさえ文化祭の準備が始まっているというのに、なぜうちの学校は体育祭と文化祭の間隔がこれほど近いのだろうか。
俺にとって両方ともどうでも良いイベントではあるのだが、体育祭のほうが得意分野だからまだマシだ。
「あれ? 加藤先輩、なんでうちのチームの席にいるんですか?」
他のチームの席が並ぶところを適当に歩いていると、ちょうど雅彦がいる一年のクラスに来てしまっていたようだった。
「あぁ、次の部活対抗リレーまでやることなかったから、各チームの応援イラストでも見ようかと思ってな」
うちの高校の体育祭は、各学年のA組からE組までが組単位でチームとなっている。
例えば一年、二年、三年のA組でチームを組み、合計五チームで得点を競うという形だ。
そして、そのチームごとに――計五枚の応援イラストがグラウンドに飾られており、出来栄えも各チームによってバラバラだ。
ちなみにイラストなんて軽く言ったが縦の高さは俺の身長ほどはあり、幅はその倍はある。
素材もベニヤ板を木柱で地面に刺していて、絵もペンキを使って塗られている。校内ではイラストと呼ばれてはいるが、もはや看板といったほうが正しい規模感だ。
「僕は今年が初めての体育祭だからこういうイラストも初体験なんですけど、スゴイですね」
「他所の高校でもやってるのかどうか知らんけど、文化祭と被るような時期にこういう文化的な技術が必要なものはマジで勘弁してほしい。飛んだり跳ねたり走ったりだけにしてほしいわ」
文化部のやつ――特に絵のうまいやつほど文化部で文化祭にかかりきりになるから、絵がそこまで上手くない運動部が駆り出されるんだよ。
……俺とかな。
「あ、ハルくんと安藤くん。チーム違うのにどうしたの?」
ペットボトルのお茶を二本持ったヒカリが少し離れたところから、小さく手を振りながら近寄ってきた。
俺は二年B組、ヒカリは二年E組、雅彦は一年E組、そして平野先輩は三年C組だ。
つまりヒカリと雅彦以外は全員違うチームということになる。
「一年の徒競走が終わったばかりだから、安藤くんが喉乾いてるかなと思って、お茶買ってきたの。ハルくんもいる?」
「自分の分だろそれ、俺はいらねぇよ。それより、何となくわかったぞ、E組のイラストがやたらと気合入っていると思ったら、お前が噛んでるだろ、これ」
E組のイラストは雪月花――ではなく雪の代わりに紅葉が舞い散り、筆の書体で大きく『E組』と描かれ、応援イラストというより美しい絵画といったほうが正しいような代物だった。
「うん、私が案出して実際に描いたんだけど……どうかな?」
「どうかな? じゃねぇよ、バカ。他のチームと実力差を考えろ、部活対抗リレーの陸上部じゃねぇんだぞ。美術部は引っ込んでろ」
いや、文化部が引っ込んだ結果が、我がB組の三本の拳を天に掲げた絵に『B組』とバランスの悪い書体で描かれたイラストか。
ちゃんと計測して下書きしてから文字を書いても難しかったんだから仕方ないだろ。
「そうかなぁ……? ハルくんの組の絵も良いと思うけどなぁ」
「お世辞はいらん。ところで、今走ってるのはなんのレースなんだ?」
グラウンドを見るとさっきから何かわからないけど走っている奴らがいる。
走っているのが女子ということはわかるが。
「今は女子の組対抗リレーですね。この後に運動部対抗リレーと文化部対抗リレーがあって、最後に男子の組対抗リレーの順番です」
「よく覚えてるな」
「僕は運動部対抗と最後の男子の対抗に出るんです。E組の一年生代表なんです」
「なるほど、お前も大変だな」
自分で聞いておいて興味なさげな態度なのはいかがなものかと思ったが、興味ないんだから仕方ない。
『現在トップはC組です! その次はA組で、えーっとそのつぎは――』
スピーカーからは本部で実況をしている女子生徒の声が聞こえてくる。
各組で色の付いたたすきをしているが、結構な差がついているからか、周回遅れがあって順位が逆にわかりづらくなっているようだった。
『はやい! はやいです! えーっと、C組すごいはやさです!! 他よりもはやいです! いま次の選手にバトンが渡りましたが、それでもはやいままトップを独走しています!!』
「――クソみたいな実況だな」
思わず本音が口からこぼれ落ちてしまった。
「ん? でも、これ愛さんがやってるんだよ?」
「えっ」
確かにスピーカー越しだったから分かりづらかったが、よく聞いてみると聞き覚えのある声だし、なんなら本部で力を入れて立ち上がって実況している女子生徒にも見覚えがあった。
「…………」
「僕は聞かなかったことにしておきますね……」
苦笑いをする雅彦は流石に気を遣ってくれたが、珍しくヒカリがニヤついた顔をしている。
「私は、どうしよっかなぁー」
「お前がそういう顔をするときは、ろくな事がない……」
「じゃあ、次の部活対抗リレー、全力疾走してバレー部の優勝に貢献してきてねっ。そしたら忘れてあげる」
笑顔のヒカリが背後から雅彦の両肩に手を乗せ『お前、うちの恋人に恥かかせるなよ』という圧力をかけてきた。
当の雅彦本人はよく理解していないようだったが……。
◇ ◇ ◇
結局、陸上部が高跳びと遠投選手縛りで出走してくれたお陰で、我がバレー部は見事に優勝し、無事に俺がこぼした言葉は本人へ届かずに済むこととなった。
でも、やっぱりあの実況は酷いと思う。