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Ex6「浮気の基準」

 その日は喫茶店で平野先輩がヒカリさんに泣きつくところから始まった。


「聞いてよヒカリちゃーん! ハルくんが浮気うわきしたのぉ……」


「えっ!?」


「ご、誤解だって!!」


 驚きよりも悲しそうな表情をするヒカリさん。


 こういう時は下手に弁明べんめいすると沼にハマるって大学の同期どうきが言っていたのを思い出す。


「まぁまぁ、加藤先輩の言い分もあるでしょうし、まずは被疑者ひぎしゃ供述きょうじゅつを聞きましょうよ」


「だれが被疑者ひぎしゃだ! まったく……。別に全然大したことない、俺が先輩と駅で待ち合わせしてたときにたまたま同じゼミの女子と会ってな。研究内容も同じだからちょっと話してただけの話だ」


「やだやーだー! 私以外の女子と仲良くしないでよォー!」


 平野先輩が駄々《だだ》をこねるように手足を振り回す。


「愛さんって思ったより束縛そくばくするというか重い感じなんですね……」


 ヒカリさんに言われた一言で平野先輩もハッとして少ししゅんとしたようだった。


「でもね! いい!? 浮気ってのはね『気持ちがうわつく』と書いて浮気なの! あの時のハルくんは絶対うわついてた! 彼女持ちってのは女子の警戒度けいかいどが下がって逆にモテるんだからね! そこんところわかってる!?」


 なんというか……、平野先輩のこれは浮気で怒っているというよりは嫉妬しっとって感じなのでは……。


「お、俺は浮気って聞いたら、行為というかそういう関係というか……そういうのをしたら浮気ってイメージだったから、ただ話したくらいではならないと思ってたけど……。まぁ、逆の立場だったら浮気だとは思わないにせよあまり良い気持ちではないですね……。すみませんでした」


 自分の思いを話しつつも、相手の気持ちに立って謝れるというのは単純にいさぎよくてすごいと思う。そうだからか、加藤先輩が頭を下げると、平野先輩も納得した様子だった。


「わかればよろしい、わかれば」


◇ ◇ ◇


「ところで……、雅彦くんとヒカリちゃんの浮気のラインはどこなの? この際だからお互いに確認しておいたら?」


 解決したと思ったら予想外にも自分たちにまで矛先ほこさきが向いてきて驚いてしまった。

 さっきまで当事者だった平野先輩は他人事たにんごとのようにオレンジジュースを飲んでいる。


「え、えーっと………、そうですね僕の場合は平野先輩に近いかなぁ。気持ちがうわついたらというか――例えば具体的には手を繋いで歩くとか、気持ちとして身体的な接触に抵抗が無かったら浮気かなぁーって思いますね……」


 自分でもうまく言語化出来たのではないかと思う。人と人との距離感が物理的に無くなったらダメだって感じている。


「なるほどぉ、わかりやすい例えまで入れてくれてありがとー。じゃあ最後にヒカリちゃんの浮気とは?」


「えっと……、大体の部分は雅彦くんと同じなんだけど、少し違うのが手を繋ぐのはダメ、キスするのもダメ、でもその先の行為に関しては別に気にならないかな……?」


「えっ!?」


 三人とも同じリアクションというか、意外な答えに驚いてしまった。


「何か意外で驚いちゃったけど、その心は?」


 氷川さんは少し恥ずかしそうだけど真面目な顔で口を開いた。


「手を繋いだりキスをするのって、相手に愛情が無いとしないと思うんです……。でも、その先の行為って別に愛情が無くても快楽かいらくのために出来ちゃうし、人間の本能的なものだから最初の二つとは少し違うかなぁーって……。いや、もちろん良いか悪いかで言えばやってほしくはないですし、私もしようとは思わないですけど……」


 なんというか、言っていることの理屈はわかるけど理解が追いつかない不思議な感じにおちいってしまった。


 なるほど、世の中にはこんな人もいるのかと、まるで他人事のように自らの恋人のことを考えていた。


「ヒカリは子供の頃から好き嫌いが特殊な部分があったけど、今回の話に関してはそのきわみを見せつけられた感じがするぞ」


「なんか、アタシがハルくんにアレコレ言ってたのが馬鹿みたいな達観たっかんの仕方だなぁ」


「べ、別に達観してるわけじゃ……!」


 その後も結局話が元に戻って加藤先輩がいじられ続けたけど、こんな気心のしれた四人でもまだまだ知らないことや、隠れた一面があるのだと言うことが知れた一日だった。

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