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Ex4「四人一組」

 僕は今、平野先輩と二人で喫茶店きっさてんにいる。


 それもこれも四人で遊ぶ予定の集合時間を、僕と平野先輩が一時間勘違いして早く来てしまったからだ。


「いやぁ、まさかアタシと雅彦くんの二人だけ早く来るとはねぇー」


「ヒカリさんと加藤先輩に連絡しましたけど、それでもあと三十分はかかるみたいです。電車の都合もあるから早く来るにも限界があるだろうし、ゆっくりで構わないって伝えておきました」


「サンキュー、助かるよ。ありがとー」


 時間を潰すために喫茶店に入ったものの、意外と平野先輩と何を話していいのかわからない自分がいる。


 もう出会ってから数年の付き合いになっているけど、今思えば平野先輩とはヒカリさんか加藤先輩を経由して話すことが多い。


 僕にとってヒカリさんは恋人で、加藤先輩は部活の先輩だ。じゃあ平野先輩はというと僕の恋人の部活の先輩であると同時に僕の部活の先輩の恋人だ。ややこしいけど、意外と直接の繋がりはなかった。


「お、きたきた」


 そうこう考えていると、僕が頼んだカフェオレと平野先輩が頼んだオレンジジュースが届いた。


「かんぱーいッ!」


「カフェオレ相手にオレンジジュースで乾杯かんぱいする人初めて見ましたよ」


 ニコニコと笑いながら平野先輩はオレンジジュースを堪能していた。


 何か話題を出さなければと思いつつも、こういうときに限って何も思いつかない……。


「……雅彦くん、今何を考えてるか当ててあげよか?」


 机にひじをつきながら平野先輩が上目遣うわめづかいで僕を見つめてくる。


 笑ってはいるけれど、普段は見たことのない妖艶ようえん魅了みりょうされるような雰囲気ふんいきを感じた。


「アタシと何を話せばいいかわからない……って顔してるヨ」


「……!」


 心臓をぎゅっとつかまれたような感覚に襲われる。


 普段はとぼけている平野先輩だけど、時々こういったかんするどい時がある。


「その顔は正解かな? まぁ、アタシも人のこと言えないんだけどねぇ。長い付き合いだけど二人だけで話す機会って意外となかったからさぁ」


「そ、そうですね。いつも大体ヒカリさんか加藤先輩が間にいますからね」


 別に仲が悪いわけではないし、むしろ仲は良いはずだけど、平野先輩と話す時は大体いつも二人のうちどちらかがいる。


「いい機会だし、ヒカリちゃんとハルくんが来るまで改めて親交しんこうを深めようではないかッ!」


 腰に手を当て、ハッハッハという笑い声が似合いそうな笑い方をしている。


 本当にオーバーリアクションな人だなと口角こうかくゆるくなってしまう。


「誤解が有るような無いような言い方になるけど、雅彦くんはアタシの中ではハルくんの次に好きな男子だから、苦手とか嫌われてるって事は無いから安心してくれたまえ!」


 相手が誰であろうと、そして恋人がいようと、改めて面と向かって人に好きと言われると流石に照れてしまう。


「それに関しては僕も同じですね、好きという言葉をどうとらえるかにもよりますけど、ヒカリさんの次に……って、考えたら平野先輩の顔が浮かびますね」


「なるほど、おたがいにナンバーツー同士というわけか、ふむふむ。まぁ、当たり前の話かなぁ」


「不思議ですよね、お互いがお互いに二番目っていう自覚を持ってたわけですし」


「確かにこういう話って一度もしたことなかったはずなのに、アタシは雅彦くんの二番目だって勝手に認識してたからなぁ」


 平野先輩がオレンジジュースをズズズッと最後まで飲み干し、もう氷しか入っていないグラスをストローでぐるぐるとかき回している。


「こういう話をあまり本人達がいないところでするのって、ホントは良くないのかもしれないけどサ。もしヒカリちゃんとハルくんがいない世界だったら、アタシと雅彦くんって付き合ってたと思う?」


 正直、恥ずかしいし答えづらい問いだったけど、平野先輩の眼は真面目だった。


 こういう話は二人で居酒屋に行って酔ってきてから話すような内容な気がするけど、きっと何か答えを出したいものがあるのだろう。


「うーん、どうでしょう。きっと仲良くはなるでしょうし、付き合う可能性もゼロではないと思います。ただ、運命の赤い糸で結ばれたような相手かと言われると、そこまで強い関係ではなさそう……。っていうのが正直な感想ですね」


「そっか、意外とドライだねぇ〜。ま、アタシもそんな感じだと思ってるヨ、実際。まぁそもそも、もしもの世界なんて存在しないから、いくら語り合っても無駄なのはわかってるけどサ」


「どちらかというと、僕と平野先輩がいない世界だったら、ヒカリさんと加藤先輩が付き合ってるだろうって方が現実味がありますよ。多分、今の僕らの話も比較対象をあの二人と比べてしまってると思うんです」


「確かにそれはあるかもしれないねぇ。正直、アタシもヒカリちゃんにならハルくんを取られてもあきらめがつくだろうしなぁー」


 僕も平野先輩も本人達がいないところで好き勝手に話をしている。


 でも、お互いに信頼しあって裏切ることがないとわかりきっているからこそ出来る話でもある。


 ……っと僕は思っていた。


「……ごめん、ちょっと嘘付うそついた」


 平手ひらてを突き出し、平野先輩が目線をそらしながらつぶやいた。


「ヒカリちゃんでもやっぱりダメ」


 少し強い口調で改めてつぶやく。


「ヒカリちゃんはさ、この世界の主人公なんだよね……。ヒカリちゃんがいなかったらアタシがハルくんや雅彦くんと出会うこともなかったし、ハルくんと付き合うことも、四人で遊ぶこともなかった。だからヒカリちゃんが世界の中心なんだよ」


 確かにヒカリさんが僕たちの出会いのきっかけという認識はあったから『この世界の主人公』という言い方には妙に納得してしまった。


「もし雅彦くんがいなかったら、ヒカリちゃんはハルくんと付き合っていただろうし、私やハルくんがいなくてもヒカリちゃんと雅彦くんは付き合っていたと思う。じゃあヒカリちゃんがいなかったら、アタシはハルくんとは出会えないだろうし、かと言ってアタシと雅彦くんが付き合う? それはさっき無いって自分たちで否定した。じゃあさ、やっぱり私とハルくんが付き合うためには四人全員がいないとダメなんだよね……」


 そんなこと考えたこともなかった。


 僕たち四人は誰が欠けてもこの関係は成し得なかった。僕たちは二人ずつ二組ではなく四人一組だった。そうでなければこの世界は成り立たなかったんだ。


「……だから、やっぱりアタシは誰かがいなかったりとか、ハルくんが誰か別の人といるとか、そんなこと冗談でも言っちゃ駄目だった。絶対にね……。ちょっと反省反省、もう言わないようにしなきゃ」


 泣きこそしないものの、自分の言葉で自分を傷つけ、平野先輩はいつもとは違って少し悲しげに笑っていた。


「やっぱり、こういう話はするもんじゃないネ。もっと明るい話をしなきゃ!」


「そうですね、何か違う話題にしましょうか――」


 そう言って話題を変えようとしたとき。


「ごめんね! 二人共ー! お待たせしちゃった!?」


「何で時間通り動いてる人間の方が悪いみたいな雰囲気になってんだよ……」


 息を切らせたヒカリさんと加藤先輩が慌てて喫茶店へと入ってきた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「うん、大丈夫だから…! 待たせちゃったら悪いと思って少し急いだだけだから!」


「同じ電車だったから一緒に着いて来たけど、ヒカリのやつが無駄に急ぐもんだから、俺まで走らされる羽目になったぞ」


「す、すみません……」


 確実に悪いのは僕たちなのに、案の定ヒカリさん達に気をつかわせてしまった。


「まぁーでも、お陰でアタシは雅彦くんと親交を深めることができたヨ。ありがとねぇ」


 さっきまで少し影のあった平野先輩は、いつの間にか満面の笑みで加藤先輩の脇腹わきばらを指で突っついていた。


「親交を深めてって、愛さんと雅彦くん、どんな話ししてたの?」


「え? 今日はこのままハルくんと雅彦くんを一日交換してみよっかぁーって話してたところだよ、アハハ」


 その一言で、悲しげな表情をするヒカリさんとイラ立ちを見せる加藤先輩の両方の視線を一手に浴びることとなった。


 本当にこの人は……っと思いながら、今日も四人で慌ただしそうな一日が始まるのを感じた……。

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