目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
Ex3「氷川ヒカリの心情」

 私、氷川ヒカリは男性の身体からだを持ち、女性の見た目で育てられた。


 そんな私の初恋はつこいは今思えば幼稚園の時だったと思う。


 誰にも話したことはないけれど、その相手は加藤春昭かとうはるあきくん……そう、ハルくんだ。


 家がお隣で幼稚園でも家に帰ってからも遊ぶことが多くて、お父さんとお母さんが仕事で遅いときはハルくんの家にあずけられることも多々あった……。


 その頃の私は性別を意識することなんて無くて、一つ一つの事柄ことがらに対して好きか嫌いかだけを考えていた。


 例えば「ウェディングドレスを着てみたい」という事柄は男性や女性という観点ではなく、単に着てみたいという気持ちだけであって、それが女性特有とくゆうの行為だという意識はなく、私にとっては「ピーマンが好き」という気持ちと何ら違いはなかった。


「ヒーローごっこよりもお人形遊びが好き」

「かっこいい服よりもかわいい服が好き」

「ズボンよりもスカートが好き」

「短い髪より長い髪の方が好き」

「他の子よりもハルくんが好き」


 一つ一つは私にとって性別なんて関係のない事柄だと認識していたけれど、周りにとってそれは性別を当てはめる材料になってしまっていた。


 これが周りと自分自身の食い違いを生む原因になった。


 その食い違いは私ではなく、まず私の両親を苦しめた。


 父は男性という身体を優先して育てようとした。一方で母は私が好きというものの属性を優先して育てようとした。


 最初はほんの少しのひび割れが、私が小学校を卒業する頃には我が家を真っ二つに分断ぶんだんするほどの大きさになってしまっていた。


 自分の中ではどうでもよかったもの、何も気にしていなかったもの、それらが外的要因がいてきよういんによってそれは徐々に悩みへと変貌へんぼうしていった。


 どうして自分が好きなものには性別がついて回るのか、一体どのには性別がつかないのか、幼い私には判断がつかなかった。


 そしてとうとう家族が完全に分かたれる日が来た。


 私は人生で最もつらかった日を聞かれたら恐らくこの日をげるだろう。


 でも人生で最も勇気づけられた日でもある。


 ハルくんはもう覚えていないかもしれないけど、ハルくんが引っ越しの別れ際に言った、「ヒカリはヒカリだろ! 男でも女でも無くて氷川ヒカリ! だってヒカリはヒカリなんだから!」という言葉に救われたのだった。


 私という人間は男性でも女性でもなく、だったということを忘れていた。


 今までハルくんは私をからかう男子たちから救ってくれたヒーローだったけど、この時は雁字搦がんじがらめになってとらわれていたくさりから解き放ってくれて本当のヒーローになった。


 何も気にしていなかった過去に戻りたいと思ったこともあった。


 もちろんどれだけ強く願ってもそれが叶うことはなかった。


 でも、私はこの言葉にはげまされてその時を生きた。


 そして、私の初恋はこの時に終わり、ハルくんは私のあこがれに変わった。


 いや、もしかしたら私が恋だと思っていたものは最初から憧れだったのかもしれない。



 中学に入ってからハルくんとの交流は減ってしまった。


 憧れのヒーローと会えないのはさみしかったけど、私自身がしっかりしなければならないといういましめになった。


 自由に服装を選べた小学校とは違い、中学では男子の制服を着ることになった。


 男子の制服を着たくないというのではなく、女子の制服を着たかったという気持ちだった。


 同じと言われるかもしれないけど、男子の制服はと女子の制服がというのは私の中では違っていた。


 髪型についても、腰まで届く長髪は男女ともに校則で認められなかったため肩より上まで短くした。


 小学校の頃は母親が極端きょくたん可愛かわいらしい服を怖いくらいに強制してきたから、それに比べたら中学の強制はゆるく感じるくらいだった。


 学校生活は先生方せんせいがたからわかりやすく配慮はいりょされているのが伝わってきた。それくらい私は異質いしつだったのだろう。


 普段から周りにいるのは女子ばかりで男子から敬遠けいえんされているのを感じた。


 だからといって別に女子と一緒に話すのが好きだったわけではなく、たまたま仲良くなったのが女子だっただけの話に過ぎない。


 ただ、それも結局のところ女子からはとして、男子からはとして扱われていたのは流石に私でも察することができた。


 改めて思い返すと、私の中学時代は虚無感きょむかんの塊だったのだと実感する。



 高校は制服を選ぶことができる学校に進学をした。


 そして何より憧れのハルくんと同じ学校に通えるというのが嬉しかった。


 制服を選べるということは女子の制服を着ることができるということでもあったけど、それは逆に私が女子にしか見えないという弊害へいがいが出てしまった。


 入学してすぐ何度か男子に告白されることがあった。


 きっと私を女子と思って告白してしまったのだろうけど、私の身体が男性であることを伝えると告白自体を無かったことにされてしまった。


 告白された相手から交際を断られるという矛盾むじゅんした現象はその後も何度か続いた。


 その度に私は男性なのか女性なのか、改めて悩むようになってしまった。


 男子に告白されるから私は女性なのだろうか、でも私は自分を女性と思っているわけではない。


 男性の身体であることが嫌ではないし、女性の身体になりたいと思っているわけでもない。 


 あの時、ハルくんは「ヒカリはヒカリ」と言ってくれたけど、私は一体何者なのだろうか。


 悩んでいると今度は女子生徒から告白を受けることがあった。


 彼女は私の事情をある程度知っていたようで、私を女性の見た目の男性として交際を求めてきた。


 女性と交際するのは嫌ではなかったけど、自分が男性として交際するのは嫌だったから、この件に関してはめずらしく私の方からお断りをした。


 やはり私は男性として見られたくないんだ、そう認識する大きな出来事だった。


 このことがあったから、私は自分のことをとして認識するようになってしまった。


 この認識のあやまりは自覚のない長引く風邪のようにしつこく私を苦しめることとなった。


 性別をなるべく認識せずに生きてきた私が性別というものを真っ先に意識して生きるようになったのだ。今までという信念で自由に歩いていたにも関わらず、と自ら壁を作り、その壁にぶつかってから曲がるというくらい無茶苦茶な生き方に変わってしまったのだ。


 私は育ってきた環境のせいか、元来がんらい性分しょうぶん卑屈ひくつということもあったが、この高校一年生の時期の私は最も性格が暗くしずんでいたと思う。


 自分でも自分のことが分からず、毎日発生する出来事で知らず知らずのうちにジワジワとストレスを溜め続けていた。


 私が女子の制服を着てしまったからこうなってしまったのか、それとも元々私はこうなのか、その時の私は何が原因かわからないまま悩み続けていた。



 高校二年の七月、私は運命の人と出会うこととなった。


 私に一目惚れしたという後輩の男子生徒で、ハルくんの部活の後輩らしい。


 名前は安藤雅彦くん、優しい顔つきで意志が強くはっきりした子だった。


 彼は私に交際を求めて告白をしてきた。


 私からしたら「またか……」という気持ちがとても強かったけれど、彼は違っていた。


 彼は私に備わっている属性にとらわれず、私自身を――だと言ってくれた。


 私は私、他の何者でもない。氷川ヒカリは氷川ヒカリ……。小学校を卒業するときにハルくんに言われた言葉がよみがえり、きりが晴れるようだった。


 あぁ、私は男性でも女性でもない、氷川ヒカリなのだと。


 雅彦くんと付き合い始めて少しずつそれをめていった。



 結局のところ、私は幼稚園の頃に戻ってきた。


 好きなものは好き、苦手なものは苦手。


 そこに性別の概念は無くて、私は好きなものを自分で選んでいく。


 ということは誰もが行っている行為だと思う。


 私の好きなものは誰かに強制されるものではないし、私が誰かの好きなものを強制するものでもない。


 私が好きならそれでいい、誰かに理解を求める必要なんてない。


 私のを共に分かち合える人に出会えた幸せ、それは何物にも代えがたい。


 他人と違うように思える私も皆と同じだし、それでいて皆とは違う氷川ヒカリという人間。


 私は私、氷川ヒカリは氷川ヒカリ。


 雅彦くん、あなたに出会えて本当に良かった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?